第8話 崩れゆく均衡
21時。駅前の時計が鳴り、時間を伝える。普段は夜間に鳴らないが、今日は大晦日であるため、音が鳴るようだ。
3番線ホームでは、登根が悠夏と警部から鞄を受け取る。登根は受け取った後、中身を確認し、発車標を見る。3番線には、南浦和行きの京浜東北根岸線が入線する。
悠夏は、登根が確認したのを見て、
「人質を無事に解放してください。全員です」
と、言った。一応、登根に向かって。子ども達が解放されたのは、聞いている。しかし、稲月さんは解放されていないし、有塚さんも。
登根は蜉蝣として、
「人質は順次、解放する。ただし、手を出せばその約束は出来ない」
電車のドアが開き、登根と黒埜が乗車する。列車内には、捜査官が何人かいるが、確認できるまでは手出しは出来ない。インカムでは、次の情報や指示が流れる。
悠夏たちは、待機を命じられており、電車には乗らない。電車のドアが閉まり、ホームドアも閉まる。すでに、山手線は全線運転見合わせ。京浜東北根岸線も、品川からの上り以外は運転見合わせ。発車抑止である。
列車の発車を見送り、悠夏は襟に付けたマイクを口に近づけて報告する。
「被疑者と不審な男1名が乗車した京浜東北は、田町駅方面へ発車しました」
すると、これまで捜査会議で発言してこなかった、紅警視長が
「D要請による捜査報告を行う。現在、籠城中のビルが判明。稲月さんと有塚被疑者が監禁状態。商組の幹部がおり、近くには救出を試みようとしている、浅羽被疑者の姿もあると報告を受けている。SITが現場付近に待機中。組対五課も現場へ急行中。まもなく到着見込み。特課と捜査一課の見立て通りだ。商組と蜉蝣が何をするか予想がつかない緊迫した状態だ。登根被疑者と一緒にいるのは、商組の人物である可能性が高い」
SITは、捜査一課特殊班(Sousa Ikka Tokushuhan)の略称であり、突入部隊である。最初は、まさかローマ字の略称だとは思いもしなかったが。しかし、D要請とは一体……。
小渕参事官にバトンを渡し、
「全捜査官に通達。商組の逮捕および、2名を救出せよ。籠城中のビルの住所は――」
悠夏は、その住所を聞き、タブレットの地図アプリに入力すると
「警部、この住所……」
高輪ゲートウェイ駅と田町駅間の線路沿いにあるビルである。今のホームからは見えないが、おそらくホームの先端まで行けば見えるかもしれない。警部が先にホームの端へと向かう。悠夏もそれを追う。
「さっきの電車が止まってますよ!?」
「警部、あれって被疑者が乗っている……」
悠夏は、状況をすぐに、マイクを口に近づけて報告。
「被疑者が乗車している列車が止まっています!」
すると、インカムから列車に乗っている捜査官が
「列車が緊急停車。ドアコックが操作されたとのことです」
さらに、ビルの方でも動きがあった。
「浅羽被疑者が、発煙筒を所持。さらに、2人の少年少女が、警備員に扮装した警官を振り払い、ビル内に入りました!」
別の警官が追加情報として
「2人は宰君と結紀ちゃんです!」
状況は最悪だ。SITが突入の合図を待つが、子ども達がいるとなると、突入方法が絞られる。ただでさえ、監禁された人が2人もいるのに。
さらに事態は急変する。列車の方を見ていた警部は
「誰かが線路に降りましたよ! 人数は……2人?」
悠夏も目を凝らすが、見えない。だが、警部の言うとおり2人っぽい。
インカムから、乗車中の捜査官からの報告が
「登根被疑者と商組の人物と思われる2人が、線路に降り立ちました! 登根被疑者と向き合う形で、商組と思われる人物が銃を所持! 繰り返します。銃を所持!」
捜査会議室。組対五課のひとりが、剛謁組の逮捕を報告しており、リストが小渕参事官に渡された。商組のメンバーリストである。
「商組が所持している銃は、本物である可能性があります。黒埜という国籍不明の男が指揮しており、その黒埜は登根被疑者と一緒にいた人物です」
参事官は、品川駅のホームで撮影された写真と、リストの写真を見比べる。その写真を紅警視長にも見せる。紅警視長は、声を荒らげ、
「至急、広報課に情報展開。発砲や爆発があれば、大混乱になる。すでに、多くの路線が止まっている状況だ。待機中の消防庁へも情報展開。線路内に捜査官が降りられるように、鉄道会社へ確認急げ!」
テレビでは、通常通りの放送が続くが多くの路線が運転見合わせであり、山手線と京浜東北根岸線の運転見合わせのテロップとともに、久保 悟君と鈴本 隆君の無事保護のニューステロップも流れる。が、そのテロップが問題だった。各局は”速報 行方不明だった久保 悟君と鈴本 隆君を都内で無事保護(警視庁発表)”と報道したが、1局だけ違っていた。手違いなのか、伝達ミスなのかは分からない。大晦日ということもあり、各局どれも視聴率は高い。“速報 東京都港区浜松町駅近辺で 行方不明の久保 悟君と鈴本 隆君を無事保護(警視庁)”とを流したことで、多くの人が現在の運転見合わせと関連付けるのは当然だ。そうなると、これまで大晦日特番で賑わっていたSNSも情報が飛び交う。極み付けは、該当列車に乗っていた人物が投稿した動画である。線路に2人の人物が対立しており、拳銃も映り込んでいる。これを皮切りに、マスコミと警視庁、鉄道会社の対応が急変。
広報課から状況報告が上がると、もはや報道規制が意味をなさない。マスコミから、情報を展開しないと危険だと声が上がっているとのこと。
線路に降り立った登根は、黒埜に銃を向けられている。登根は鞄を抱えたまま、
「人質を解放しろ! 言われたとおり、警察から札束と金塊を手に入れた。それに、これだけの目撃者がいる!」
「黙れ。状況は変わらない」
黒埜が片手でスマホを手に取り操作する。どうやら、電話のようだ。登根は、鞄で隠して右手をポケットに突っ込み、スイッチを押す。
すると、線路沿いに停車した登根の車から大きな玉が3つ連続で発射され、フェンスを越えて線路内へ!
着弾するまえに爆発して火花が飛び散る!
それはまるで、花火である。花火職人の登根たち、蜉蝣が用意したのは、線路へ花火の尺玉を打ち込む作戦だった。それが合図となって、飛び散る火花の中、登根は声を上げて黒埜へ鞄をもったまま突っ込む! 黒埜は花火に気を取られたが、すぐにそれに気づき、発砲! さらに、ビルでは浅羽たちがドアを蹴破って乗り込む!
インカムから小渕参事官がすぐに指示を出す!
「突入! 突入だ! 確保しろ!」
To be continued…
SITがローマ字読みの略称と言うことに、衝撃を受けました。
あと、何気に高輪ゲートウェイ駅に設定したけど、ここ止まると結構な路線が止まるのと
かなり広範囲の路線で遅延などの影響が出そうだな。多分、書き切れないな。
追記。一部、誤字を発見したので修正しました。