第79話 錆れた剱
今回は『黒雲の剱 =転生の楔=』第1章と繋がった1話をお送りします。そのため、8月2日更新です。
これは、少し……もしくは、かなり先のお話。
2023年8月2日。アスファルトからもジリジリと暑さがはね返され、少し歩けば暑さで汗を掻く。今日の最高気温は35度超えで、猛暑日となる予想だ。
佐倉 悠夏は、証拠品の返却で都内のオフィス街に来ていた。証拠品と言っても、日傘である。被害者でも加害者でもなく、その場に居合わせた人の所有物だった。逃走する犯人を日傘で殴打したため、証拠品として提出されていた。昼間は職場でしか受けとれないと言われ、直接その職場にお邪魔した。あとは、警視庁に戻るだけだが、スマホに着信があり
「はい。佐倉です」
「証拠品を返却したオフィス街で事件の通報があった。至急、向かって欲しい」
電話は捜査一課の榊原警部からだった。テレビ局の近くで殺傷事件があり、警備員が被疑者を取り押さえているらしい。
現場連絡を受けて6分ほどの距離で、大手テレビ局のテレビ日本放送、通称”テレニチ”の目の前だった。
管轄の警察官とほぼ同時の到着で、南街警部と百草巡査と合流した。
「警視庁の佐倉です」
「港区管轄、警部の南街と巡査の百草だ」
アラフォーの男性警部、南街が手短に紹介し、悠夏と2つ下ぐらいの女性巡査百草とともに捜査に当たる。
「被疑者は、ポケットに入っていた免許証から、藩 当真と思われる。本人は喋りたがらないが」
藩被疑者は、南街警部に手錠をかけられ、男性警備員に取り押さえられている。
「そちらの警備員さんは?」
「はい。テレビ日本放送警備会社の汐海 順一です。テレビ局入り口の警備中に、事件の騒動に気付き、その男性を取り押さえました」
「入り口の警備って、今は大丈夫なんですか?」
百草巡査が心配そうに聞くと、汐海は
「2名体制ですので、もう一名が対処しています。会社に報告してますので、もうすぐ弊社の者が駆けつけるかと」
おそらく事態の報告や事件対処の間、変わりの警備員が来るのだろう。
被害者はというと、安藤 智子という女性。太ももにガーゼと包帯で処置されている。救急隊が処置したのだろうか。遠目だと被害の度合いがわからないが、
「被害に遭われたのは……」
「安藤さんです」
と、隣にいた若い女性が答えた。よく見ると、どこかで見たような気がする。百草巡査は分かっており、
「一条アナウンサーですか?」
一条 恵菜は27歳の女性アナウンサーで、テレニチの朝の情報番組でレギュラーを勤めている。
「そうです。被害にあったのは、ディレクターの安藤さんと」
「他にも被害者が?」
南街警部が割り込み、一条は頷いて同い年の男性の方を見る。男性は、包帯でがさつにグルグル巻きにした右手を挙げて、
「光規 章良です。被害女性に声をかけたら、後ろから犯人にナイフで襲われそうになったから、それを右手で掴んだ」
淡々と説明するが、襲われそうになったからナイフを掴んだとは、手慣れた者だろうか。悠夏は、不思議がる南街警部と百草巡査に対し
「光規さんも一条さんも、報道関係者なので、過去に特課の仕事で会ったことがありますよ」
「そうでしたか」
と、南街警部は光規に対してもつ不信感を捨て、今回の事件について、状況を確認する。
「さて、今回の事件に関して順を追って、整理したいのですが」
安藤は、少し恐怖で震えながら当時の状況を説明する。
「お弁当を買いに、そこのテレビ局の玄関から出た後、こっちに向かって歩いていました。すると、突然すれ違いざまに太ももを……。正直、一瞬気付かず……。ただ、周囲の人々が悲鳴を上げて、自分に向かってだったので……。自分の目で確認したら、急に力が入らず……」
百草巡査は、証言をメモしながら、
「その場に座り込んだわけですか」
続きは、光規が状況について喋り始め
「その悲鳴を聞いて、厳密に言うと、多分サラリーマンの男性が『人が刺された』って叫んだ声だけど。すぐに、その場に座り込んだ女性に声をかけたら、さっき説明した通り、後ろから血の付いたナイフで犯人に襲われそうになり、ナイフを掴んで足を払った」
その続きは、汐海が引き継ぎ
「倒れた犯人は、私が取り押さえました」
「なるほど。つまり、事件の瞬間は通りすがりの人が見ている訳か。百草は当時事件を目撃した人へ確認。そろそろ、うちのメンバーが着くだろうから……」
野次馬が少し集まり始め、テレビ局も近いため報道のカメラもちらほら見えてきた。悠夏は南街警部に小声で
「南街警部、話が主体になってますけど、明確な規制線を張らないと……」
「ただ、バリケードテープを張るためのポールやパイロンがないからな……」
歩道には街灯や植え込みがあるが、現場を囲めるようなポールがない。仕方が無いので、港区の捜査一課のメンバーや鑑識が到着するまで、現場保存を優先して「下がってください」と声かけで、規制線を明確にしつつ、5分ほど凌ぐことになった。
重り付きのパイロンを置いて、黄色い立ち入り禁止のバリケードテープによって、目で見て分かる規制線を周囲に張った。鑑識が入ったため、捜査一課の現場調査は鑑識作業が終わってからになる。被害者の安藤は、救急車で病院へ搬送。光規は「大丈夫。かすり傷だから」と拒んだ。
南街警部は、自分が書いた捜査メモを見て
「被害者と被疑者に面識はなし。……被疑者の証言からも、通り魔の可能性が高いな」
「被疑者が証言したんですか?」
悠夏はその場にいなかった。というよりも、警察署へ連行する際に、証言したのだろう。
「こう証言したらしい。『腹が立ったから』」
「それだけで……ですか」
南街警部は腕を組み、
「詳細は、取り調べで明らかになれば良いが……。一先ず、引き止めていた人は、解散して構わない」
「わかりました。伝えておきます」
悠夏は、待機中の光規と一条のもとへ。街路樹の木陰で、座り込んでいた。
「現場での捜査は、引き上げになります。後日、ご連絡することがあるかもしれませんが、連絡は港区の警察署からとなります」
「警視庁じゃないんだ」
警視庁所属の悠夏がいたため、光規が呟いた。
「管轄は港区ですので。私は、近くまで来ていただけで」
「俺も用事があって、近くに来てただけだしな」
そう言って立ち上がり、ズボンの土埃を手で払う。それを見た恵菜は嫌悪感を露わにしていた。それに気付いた光規は
「そんな顔しなくても、後で流すから」
「そういう問題じゃないんだけど……。包帯が汚れるから」
「あっ」
と、自分の右手を確認した。自分で巻いた包帯が、汚れている。どうやら、無意識だったようだ。呆れる恵菜とは違い、悠夏は心配し、
「救急隊の方が先程戻ってきて、まだいるはずです。私が離れた後、南街警部に被害者の容態を報告していたので」
光規は左手で頬を掻き、回答に悩んでいると、その救急隊の方がこちらに来た。
「光規さんですか? 悪化していないか確認を」
最後まで言い切る前に、汚れた包帯を見て
「折角ですので、包帯とガーゼを新しい物に取り替えますね」
「すみません……」
と謝りつつ、新しい包帯とガーゼに交換してもらい、救急隊の方にお世話になった。
「その後、お体は大丈夫ですか? 少しでも違和感や異変を感じたら、すぐに病院に行ってくださいね」
こうして、通り魔の犯行による事件は幕を閉じた。
To be continued…
規制線はあくまでも、ここから立ち入らないでと決めたラインであり、警察のバリケードテープ(Keep OUTが書かれた黄色いテープ)は、規制線の一種ということになりますでしょうか。
さて、『黒雲の剱 =転生の楔=』の第1章と関連した特別編でしたが、続きは各作品でどうぞ。ただ、『エトワール・メディシン』で2023年8月を迎えるのは、ものすごく先ですね……。果たして、そのときは第何話でしょうか。
悠夏の階級はどうなるか今後が未定なので、触れずに……。悠夏と章良、恵菜が面識あるのは、今後登場予定のある事件で出会うためです。一応『路地裏の圏外 ~MOMENT・STARLIGHT~』で会ってますが、そのときは年が離れてますので。
今週はたまにある2話更新です。第80話は8月6日予定。時系列は戻り、2019年5月下旬。80話以降、どのような展開になるのでしょうか。80話以降を、今から書きます(8/1時点)。




