第78話 誕生日
2019年5月6日。佐倉家の母親、佳澄が、庭で洗濯物を干している。洗濯カゴに入った衣服のうちTシャツを手に取り、首元が伸びないように下からハンガーを通し、皺を伸ばしつつ物干し竿にかける。次の服を取るために洗濯カゴに手を伸ばすと、ポケットに入ったスマホから通知音がした。スマホをポケットからと取り出し、画面をつけると娘の悠夏からのメッセージのようだ。長女の悠夏は、上京して警視庁で働いている。ここ最近、事件捜査で地元に帰ってくることもあるが、いつも急に連絡が来る。警察学校のときは、帰省の連絡が2ヶ月前にあったのだが、今や前日や当日のパターンも。もし帰ってくると分かったら、急いで買い出しに出る。できれば、2日前ぐらいには連絡して欲しいが、娘が帰ってくることは嬉しい。
届いたメッセージは帰省連絡ではなく、弟妹の誕生日プレゼントに関してだ。
悠夏:{プレゼントってもう渡してくれた?)
佳澄:{まだ渡してないよ)
佳澄:{お昼に友達が来るらしいから)
佳澄:{そのときに渡していい?)
メッセージを送り、スマホをポケットにしまうと、中断していた洗濯物を干す。今使っているスマホは、悠夏からのプレゼントである。悠夏が上京するとき前に、バイトで稼いだお金を使って、スマホをプレゼントしたのだ。メールよりも、スマホのメッセージアプリを使いたいという理由で。確かに、メールよりも端的に発信でき、双方のやりとりがしやすい。スマホに買い換えた結果、最初の数ヶ月は分からないことだけだった。これをしたいと、悠夏に度々尋ねていると、ある日悠夏が手作りのマニュアルを作った。これまで聞いたことがまとまっており、我が子ながら器用な子だと思った。
洗濯物を干し終わると、いつもは買い物に出るのだが、昨日買い込んでおり、これから集まる子ども達のためにお昼ご飯を作るつもりだ。アリーちゃんから事前に、オードブルとケーキを買ってから行きますと連絡を受けており、少なめで2品ほど作ろうと考えている。それと、遙真と遙華の誕生日会をしている最中、部屋は違えど、自分はお邪魔にならないように、喫茶店に行くつもりだ。気になったメニューもあったし、喫茶店で優雅に過ごす計画だ。
午前中、遙真と遙華はそれぞれ2階の自室で勉強している。ゴールデンウィークの課題がもう少し残っているらしい。
「さてと」
佳澄が空の洗濯カゴを持ち、家の中に戻ろうとすると、猫の鳴き声がした。足元を見ると、そこには白い猫マシュが座って、こちらを見ている。
「どうしたの?」
と聞くと、マシュはニャーと鳴いて、何か欲しそうに見ている。
「ごはんはもう少ししてからね」
というと、マシュは座り込むのをやめて、掃き出し窓の前に移動して、またこちらを見ている。
「はいはい。今、開けますよ」
佳澄は、掃き出し窓を開けてマシュを通し、庭に出たサンダルを揃えて自分も部屋へと入る。
10時20分。駅前のアニメショップで、瀬名 大悟と奈那塚 アリーは20人ほどの行列を目の当たりにして、立ち止まっていた。時間が無いけれども、遙華へのプレゼントがまだ買えていない。
奈那塚は、外に出ている店員のひとりを見て何かに気づき、駆けだした。理由が分からない瀬名は、困惑しつつもあとを追う。
「助任先輩。バイトされてたんですね」
「奈那塚ちゃん、おひさ」
助任 厚也は、高校2年の先輩男子である。奈那塚とは、助任の彼女である延野 亜夕を経由して知り合った。
助任は持ち上げていた”一列に並んでください。ご協力お願いします。”と書かれた看板を下げると、持ち手の先を地面に着け、看板の上部に肘を置き、休憩スタイルに。
「そういや、サークルは入ったん?」
「いえ。延野先輩から、誘われてますけど……まだ」
高校2年の女子、延野からテニス部への勧誘を受けている。テニス部に入部した友人が、ある日「奈那塚、テニスできますよ」と言ったらしく、勧誘を受ける羽目に。別に嫌ではないのだが……。
「おい、勝手に走るなよ……」
瀬名が走ってきたので、助任は
「何? 彼氏?」
「先輩、違いますよ。今日、友達の誕生日で、みんなで買い物してるんです」
瀬名は延野のことを知らないので、
「どなたですか? アリーの彼氏?」
すると、助任は笑って、
「ちゃうちゃう。俺の彼女の、将来テニス部に入るかもしれない後輩」
「あぁ……、例のテニス部勧誘の」
「”例の”って、言い方はちょっと気になるな」
「いえ、特に深い意味は……」
瀬名は、本当に意味も無く、”例の”と言っていたようだ。奈那塚は、アニメショップの店内の方を見て
「助任先輩。誕プレ買いたいんですけど」
と、店内を指差す。助任は下ろしていた看板を持ち上げ、看板の内容を指差した。”一列に並んでください。ご協力お願いします。”
店の中に入るなら、この列に並んでねと、無言のアピール。
「お客さんの回転率高いから、10分もかからないと思うよ」
*
誕生日会は、佐倉家のリビングで行われた。アニメショップで商品を買った後、予約していたオードブルを購入。さらに、同じくケーキを受け取り、家に着いた。頑張ったが、予定の時間を5分ほどオーバーしていた。瀬名は、これについて「誤差だ」と言い切っていた。
早速、ケーキを出して蝋燭を立てる。すると、瀬名が悪ふざけで、ケーキの側面に2本さす。
「瀬名、おいそれ……」
貴之が止めようとするが、2本は側面にささったまま。このまま点火されるかと思いきや、遙華が冷静に
「それ、蝋がテーブルに垂れて危ないよ」
その指摘に、瀬名は少し考えて
「そうだな。火事になったらシャレにならないし」
と、自分の非を認め、蝋燭をさし直す。貴之がライターで蝋燭に点火し、アリーが部屋の電気を消す。
「遙真と遙華、誕生日おめでとう!」
遙真と遙華は2人で蝋燭の火を消す。双子ということが理由になるか分からないが、合図もせずに2人同時に息を吹いた。
「おめでとう」
と、皆が拍手する。アリーが電気を付けると、貴之からライターを受けとり、出かける支度をしていた佳澄のところへ行き、
「佐倉のお母さん。蝋燭消しましたので」
と、ライターを渡す。
ケーキは最初に出して、大人がいるときにライターを使用する。終わったら、速やかに返却する。小学校の頃から、誕生日会を主役の家でする際に決めたルールだ。高校生になっても、続いている。特に今年の1月に、貴之は放火で家族を失っているため、火の取り扱いについては、より一層警戒するようになった。おかげで、ボヤ騒ぎもなく、何年も誕生日会が続いている。
「分かった。ありがとう。じゃあ、私は夕方まで出掛けるから」
と、出掛けようとしたが、メッセージの通知が届いた。それを読んだ佳澄は、
「そうだ。プレゼントを渡してからにしようかな。写真を送りたいから」
*
同日。スーパーの張り込み前に、悠夏はメッセージアプリを起動する。張り込みの後だと、事後処理でドタバタするのは目に見えている。先に、「おめでとう」の言葉だけでも伝えるために、家族だけのグループメッセージに、「遙華、遙真、誕生日おめでとう」とメッセージ送信して、スタンプも送った。すると、母親から写真が送られてきた。そこには、悠夏が事前に母親に渡していた、ふたりへの誕生日プレゼント。それを受けとって、嬉しそうにしている。悠夏が送ったのは、どちらもワイヤレスイヤホン。正月に母親経由でヒヤリングして、買ったものだ。喜んでいる顔を見ると、こちらも嬉しくなる。他にも、貴之君たちからもらったと思われるプレゼントも写っていた。貴之と瀬名から贈ったバイクのグローブやアニメ”鬼里”のキャラグッズ(クリアファイルとタペストリー)、奈那塚から贈ったのは、モバイルバッテリーだった。奈那塚は、デザイン性と容量、使い勝手を満たしていたものを選びました、と自慢げに話していたらしい。他のメンバーや当の本人も、自分用に欲しいと言っていたそうだ。
「なんか、嬉しいことありました?」
鐃警が張り込みの確認をしに来たが、悠夏の表情を見てそう言った。
「弟妹の誕生日なんですよ。今日は」
「それはそれは。おめでとうございます。プレゼントに、警視庁のマスコットのストラップでもどうですか?」
「もうプレゼントは渡し済みです。そうですね、ストラップは次の機会にでも、考えておきますね」
悠夏は気持ちを切り替え、事件捜査にあたる。
To be continued…
いつもの調子で書いていたら、長くなりそうになり、主役であるはずのが遙真と遙華のセリフやシーンはほとんどないですね。2人とも申し訳ない。次の機会があれば、セリフを増し増しでお送りします。
さて、次回はいつもと違い8月2日更新です。そもそも毎週木曜更新とは、どこにも書いてないんですけどね。ですが、8月6日の更新もあります。たまにある1週間2回更新です。かなり未来の話で扱いは番外編っぽいですが、79話としてナンバリングしてます。なお、80話以降は通常通り、もとの時間軸でお送りします。未来とは言えども、いつもとなんら変わらないんですけど。




