第77話 春の贈り物
2019年5月6日。ゴールデンウィークの最終日。朝の10時。駐輪場に自転車を止めて、開店と同時に3人の高校1年生男女がショッピングモールに駆け込む。
「信じられん。なんで、当日にもなって、買ってないん?」
奈那塚 アリーは、男子2人に呆れていた。
「正直に言うと、楽曲作りで忘れてたから……」
瀬名 大悟は開き直ったような態度で言い、奈那塚は「ありえん……」と、頭を抱えていた。
毛利 貴之は申し訳なさそうに
「ごめん。憶えていながら……、昼夜逆転して日付間違えてた……」
「もう……時間ないよ。急がないと、遅刻確定だからね」
3人は急いで3階を目指すが、目の前にあるのは下りのエスカレーターだ。上りは、裏に回らないといけない。
「階段で」
瀬名が先陣を切り、貴之と奈那塚が後ろを追いかける。ショッピングモールの3階まで上ると、瀬名が立ち止まって振り向き
「で……、何を買う!?」
「あの2人が何を喜ぶかかな……」
貴之は、3階の玩具店と書店、雑貨屋を見渡し
「真面目に選ぶなら、書店で英検とか漢検とか?」
「俺は嬉しくない……」
「大悟が貰うわけじゃないでしょ?」
奈那塚はそう言いつつ、
「じゃあ、大悟の誕生日は資格試験の本をプレゼントするから」
「やだ。音楽系統の本とか、漫画なら大歓迎だけど。な?」
貴之に同意を求める瀬名だが、
「2人同時ってのも、難しいよな」
「無視かよ」
瀬名は頬を膨らませると、奈那塚が
「その癖、昔は可愛らしかったけど、今やると……」
「なんだよ。昔からの癖で直らんからな」
急がないといけないのだが、無駄話ばかりで進まない。瀬名と貴之は、高校生になってから新しいチャレンジとして、楽曲作りに励んでいる。楽曲が作成できる音声合成ソフトを使い、2曲作成して動画サイトにアップロードしたが、手応えは微妙。その後、ストリートピアニストとして動画サイトで活動している”聯”から直接話が来た。その内容は、オリジナル楽曲の依頼であった。
「そういえば、”聯”って人、動画サイトで結構有名な人なの? 私は、初めて聞いたけど」
「商店街のストリートピアノで連弾したとき、連絡先を交換してたけど、当時は知る人ぞ知るって感じだったかな」
貴之が会った当時、動画は70件ほどだったが、今では120件近くになっている。有名チャンネルのピアニストと現地でばったり会い、連弾したことで知名度が上がって、登録者数が鰻上りらしい。本人も投稿頻度を上げて、生配信でリクエスト曲を演奏するようなこともしている。
玩具店に入り、適当に物色しているとゲームソフト売り場で
「ゲームは、何を持ってるか分からないから、リスク高いよな」
と、瀬名は人気ソフトを手に取り、パッケージ裏を見る。その後、価格を見て
「2人で割ったとしても、元が高いからなぁ……」
と、5千円から6千円の新品や安い中古を流し目に見る。貴之は、アリーが持つ紙袋を見て
「アリーは、2人へのプレゼント、何買ったんだ?」
「えぇ……。秘密」
佐倉 遙華と佐倉 遙真の誕生日プレゼントとして、奈那塚は何を買ったのか隠している。それ対して、瀬名は
「なんでだよ。別に俺らならいいだろ?」
「だって、2人に言うと、何かの拍子に言いそうで……」
貴之と瀬名は互いに顔を見合わせて、変な間が。すぐに否定しなかった2人に、奈那塚は
「だから、秘密」
「でも、もしかしたら被るかもしれないだろ?」
瀬名がプレゼントがダブる可能性を示唆したが、奈那塚は黙って首を横に振った。
プレゼントを何にするか、色々と見て回るが、ピンとこない。商品棚に並ぶバイクのフィギュアを見て、貴之はふと思い出したように
「そういえば、遙真はバイクの免許を取りたいって言ってたよな。バイク関連のモノとか、どう?」
「よし、採用。そうと決まれば……って、何処の売り場に行けばいいんだ?」
瀬名の疑問に、おおよその店を把握している奈那塚は、自分の記憶を頼りに
「アウトドアショップとか雑貨屋かな? どっちも3階にあったはず。バイク用品の専門店は、ここにはないから」
「で、遙華には、何を買う?」
貴之が聞くと、瀬名は前回のことを思い出しながら
「去年、アニメグッズ渡して喜んでたよな」
「今期は、何にハマってるんだっけ?」
「”鬼里”じゃない? 卒業するときに、その話を聞いた気がする」
「”鬼里”って、1クール?」
「ちょ……、調べる」
瀬名はスマホでサクッと調べて
「2クール。冬アニメで、夏まで放送するみたい」
2019年1月に放送を開始し、2クール、つまり6月末までの放送予定だった。2人は、楽曲作りに専念していて、最近アニメやテレビを見ていない。瀬名は「あとで、主題歌をチェックしとくか……」と呟きながら、スマホを戻し
「そしたら、駅前のアニメショップで物色だな。推しとか分かれば……」
2人が会話する中、奈那塚は黙ってスマホを操作して
「遙華ちゃんのアイコン、このキャラみたい」
と、メッセージアプリのアイコンがキャラになっていたため、そのキャラに関するグッズを購入することにした。
「”鬼里”って、遙華ちゃんのお姉さんの友達が関わってるって、自慢げに話してたね」
「身内ならまだしも、身内の友達で自慢になんのか?」
「本人が満足ならそれでいいだろ」
時間がないのだが、急いでいるようには見えない3人。
アウトドアショップは、キャンプやドライブ、サイクリング、ツーリングなどの商品を扱っており、バイク用品を見つけるのは簡単だった。
時間が惜しいため、店員に直接人気商品とプレゼントに最適なものを聞いたところ、
「そうですね。グローブはどうですか?」
「じゃあ、それで」
瀬名が即答したが、他のアクセサリーや必需品よりも良いチョイスかもしれない。価格的にも。アクセサリーや必需品は、本人の好みに合わないと、プレゼントする側としても申し訳ない。
2人は十種類ほどのグローブから、夏用の商品を買った。というよりも、季節的に夏用がほとんどだったのと、冬用は2つのみで、デザイン性から2人のアンテナには引っ掛からなかった。
会計を済まし、貴之がラッピングを待つ間、先に瀬名と奈那塚は駅前のアニメショップへ先に移動。
時刻は10時20分。アニメショップの前に行くと、
「なんなん、これ?」
「マジかよ……」
瀬名と奈那塚が見たのは、20人ほどの行列であった。
「新商品とか?」
奈那塚の予想は、新商品を目当てに並ぶ人々だろうが
「祝日だから、それは無いと思うんだけど……。あっ。月曜だから、購入者特典が切り替わった、とか……」
店先の幟を見ると、全国チェーンのアニメショップでキャンペーンを行っており、週替わりで該当商品の早期購入者に対して、人気作の限定商品がもらえるらしい。この行列は、そのためだ。
「これ、店入るまで、時間かかるよな……」
「会計も時間かかるんじゃない……?」
To be continued…
事件ではなく日常を暫し。79話が1話完結なので、言うなれば調整ですね。季節のイベントなどは、タイミング良くやっておかないと、やり損ねて来年ってなると、何話先になるか分からないので。悠夏の弟妹の誕生会です。その割には、遙真と遙華の出番少ないけど。
追記。
劇中作品名が1箇所間違えていたので、修正しました。




