第74話 永遠の謎
午後10時50分。石川県知事の指示により、避難用の船が港に到着した。島民の多くが、すでに待機しており、災害派遣要請をもとに、自衛隊が中心となって、誘導している。
それに混じって、警視庁特課の悠夏と鐃警も島民の誘導をしていた。
「慌てないでください。ゆっくり前の人に続いてください」
乗船の際は、広浦村長が名前を確認して島民のリストにチェックをつける。住民票が五月雨村ではない旅行者や帰省者については、別で用意した紙に記入を促している。
キャンプ場の方面から、爆発音が轟く。そのたびに、皆が不安になっていく。
自衛隊の1人が広浦村長のもとへ駆け寄り
「住民の避難状況は? 逃げ遅れがいる場合、その地区へ隊員を派遣します」
「それが……」
と、広浦村長はリストを捲って
「西の五月雨老人ホームと、その近所に住む住民が見当たらないです」
すると、乗船待ちをしていた住民のひとりが
「そういえば、康弘さんとこ、老人ホームの人たちを避難させるために車を出すって……」
それを聞いた自衛隊の人は
「それはどの辺りですか?」
「西3丁目」
「ありがとうございます」
と、情報提供者に謝辞をし、改めて広浦村長に
「西3丁目方面に、隊員を派遣します」
*
時刻は午後12時を過ぎ、日付が変わる。ニュースでは、犯人が死亡した可能性があると報道している。民放各局も、この非常事態を見て、特別編成でニュース番組を放送していた。
自衛隊によって誘導していた、島民や観光客、帰省者の乗船が完了し、30分ほど前に出港した。
警視庁特課と捜査一課のメンバーは公民館で、SATの状況を紅警視長から聞いていた。
「あれから、長髪の女性と思われていた怪物は暴れておらず、焼死していないか慎重に確認をしている」
「結局、あの異形な被疑者は、何者だったんですか……?」
鐃警は、誰かがその答えを知っていないかと聞くが、
「残念ながら、分からない。こちらで、有識者に確認を依頼しており、報告を待っている状況だ」
妖怪や幽霊、怪物……。一体、何だったのだろうか……。
「万が一に備えて、明け方までは待機だ……」
紅警視長はそう言って、席を立つ。しばらくすると、テレビ電話の画面に、田口警視正が現れて着席する。
「紅警視長は、今回の件について、記者会見の打ち合わせに行きましたよ」
それよりも、悠夏が気になったのは、田口警視正が持つ図鑑らしき厚い本である。
「田口警視正。それは……?」
「これか? 妖怪百科事典。もともとは、息子のものだが、なにか情報があればと。……至って、真面目だからな」
と、小学生向けの妖怪辞典を読む田口警視正。
その後、明け方まで大きな出来事も無く、時間だけが過ぎていった……
*
2019年5月4日の土曜日。明け方のニュースでも、五月雨島の話題で持ちきりだった。朝8時頃から記者会見を行い、被疑者死亡が伝えられた。
実行犯は、身元不明の女性。年齢不詳。20年前の事件の犯行も同じ人物であると考えており、人的被害は20年前の女子中学生1名が死亡。同じく当時、その兄が意識不明となり、次第に回復。その兄が現在の広浦村長であることも発表された。今回の事件では、男女3名の中学生が一時意識不明。現在、3名とも回復している。そのほかの被害として、キャンプ場の一部が爆発により全壊。水道管が破裂。事務所はガラス破損の被害。
捜査員は何名かが軽傷ぐらいで、投光器が数機破損。SITならびにSATにより事件の鎮圧を確認。村長の迅速な対応により、民間人に被害が出なかったと説明していた。
警視庁に戻ってきたころには、夕方で報告の会議に参加した。
広い会議室だが、出席するのは、悠夏と鐃警、榊原警部、藍川巡査、長谷警部補、田口警視正である。
まず田口警視正は、石川県から帰ってきたメンバーに対して
「遠くまでご苦労であった。本件は、すでに発表の通り、被疑者死亡で送検だ。ただし、焼死により、身元特定は困難。自爆テロ事件として決着がついた。被疑者に関して、科捜研や有識者からの報告としては、人間では無いということだけ……。報道発表では、”日本国籍の女性と推測される”といったあたりで、留めている。被害者の証言で、日本語で話しかけたから。判断材料はそれしか無いが……」
榊原警部は現地で聞いた情報として、
「今回の件で、キャンプ場はしばらく閉鎖になるそうです。石川県警が要請を出した大学機関が、当分の間、調査に当たるようですが」
「おそらく、永遠の謎になりそうだな……」
田口警視正は唸りつつ、深く腰掛ける。鐃警が気休めで
「塩でも撒いておきますか?」
それには、誰も反応せず、沈黙が流れた。仮にも”なにか”が死亡しているのだ。下手な発言で、祟られては困る。
「田口警視正、この後についてですが」
長谷警部補が今後の予定を確認しようとすると、田口警視正は咳払いをして
「本件については、こっちと石川県警で引き取る。捜査一課と特課は、明日から通常通りだ。あと、榊原警部は休め。勤務時間が長いからな。あと、特課の佐倉も。帰省先まで捜査して、休んでないだろ?」
と、勤務時間を確認しつつ小声で「榊原はまだしも、特課は自分も管轄外のはずなんだが……」
どうやら、倉知副総監にでも言われたのだろうか。
五月雨島の事件に関して、情報の共有と今後の扱いについて再度説明した後、会議は終わった。
会議室から出ると、鐃警とともに特課のデスクへと移動する。移動中に鐃警は、前置きをしつつ
「一応、伝言しますけど……、動くのは休暇後にしてくださいね。佐倉巡査がいない間に、電話がありました。電話番号と伝言内容は、メールしてますけど、今回の事件で見てないですよね……?」
「確かに、メールは確認できてないかも……」
「確か、用件としては自称中学生探偵が」
鐃警の説明ですぐに思い出した。えっと、名前は
「柊哉君ですかね?」
当時、斑鳩川 柊哉という小学6年の男子。年次が変わって、中学1年生になったようだ。会ったときに、名刺を交換していた。
「名前は……、憶えてないです。メールを見ないと」
「用件は、何でしょう?」
「確か、日付指定でしたね。6日だった気が……」
「戻ったら、メールを確認して、帰る前に連絡してみます」
To be continued…
五月雨島の物語は今回で終了です。次回は久しぶりに短い話の予定です。
作中では5月ですが、この話の執筆時点も5月下旬です。一時期、ストックが無くてギリギリでしたが、時間に余裕ができ、ストック増産中。
通常であれば、被疑者の正体を明かすのが、小説としてはセオリーな気もしますが、そう簡単に分からないと思いますし、そもそも『エトワール・メディシン』は一般的な刑事モノと違って、事件の背景や犯人の供述、吐露は二の次三の次ですので……、たぶん。特課の立ち位置的に、事件に最初から最後まで付きっきりではないので、真相はかなり後に知りそうなイメージです。もしくは、聞けずじまいが多そうですかね。




