第72話 その女、人間に非ず
「どうしますか? ふたりに伝えて……」
長谷警部補は、テレビ電話越しの田口警視正に指示を仰ぐ。
「被疑者が森の中を逃走した場合、確保は困難だろう。ひとりがバケツを置いた後、広場の方へ逃げるように指示。もうひとりは、離れて待機するように。慌てると転けるおそれもあるから、注意しろ」
長谷警部補と湯川警部、SITの指揮官は頷いて合図し、各チームに指示を出す。
「全捜査官に告ぐ。厳戒態勢へ。これからふたりに指示を出す。犯人を広場におびき寄せ、確保へ。ふたりに危害がないよう、状況を見て保護せよ」
「こちら、湯川。厳戒態勢。犯人を広場へおびき寄せ、確保せよ。犯人がふたりの前に現れたら、南へ逃がす。警視庁チームと連携し保護せよ」
「厳戒態勢。捜査員ならびに子どもたちが襲われそうになった場合、威嚇射撃を許可する。狙撃の場合は、事前報告必須。以上」
緊張の時が訪れる……。ネットワークカメラからの映像を見ながら、長谷警部補はふたりに指示をする。マイクをオンにした後、トントンと机を叩いて、これから喋ることを知らせ、
「こちら長谷。これから言うことを聞いて欲しい。和倉君は、当初の予定通り、花火が入った水バケツを持って、洗い場へ。砺波さんは、その場に待機して洗い場へは近づかないで。犯人が現れた場合、広場の南に向かって走ってくれ。これも事前に話したとおりだ。捜査員が保護する」
和倉と砺波は互いに頷いて、
「じゃあ、これを捨ててくるよ」と言って、花火が入った水バケツを持って、洗い場へ。洗い場には、花火の廃棄用ボックスがあり、そこに捨てる。
和倉は、洗い場で水だけを捨てる、心臓がバクバクと鳴り、花火も一緒に落とさないように注意する。すると、女性の声で
「花火をしてたの?」
と声をかけてきた。すると、インカムから
「広場方面に走れ! 捜査員は犯人を確保!」
女の方を見ずに、広場の方へ駆け出す。すでに、目の前では砺波が走り出していた。
「なんで逃げるの?」
女の声がする。だけど、事前の打ち合わせで、返事をするなと強く言われた。女の方を見ずに走ると、突然黒い影が足元に現れ、足を引っ掛ける。
しまった。このままだと、喰われる。そう思っても、為す術が無く、このまま地面へと倒れ込む。間髪入れずに、SITが威嚇射撃。
「大丈夫か!」
誰よりも早く飛び出した内灘巡査が、和倉の腕を掴み、地面に転倒する前に支えて、すぐに後方から氷見警部が「走れ!」と叫び、内灘巡査が和倉と走る。
インカムからすぐに、田口警視正が
「発砲許可!」
指示と共に、各捜査官が拳銃を犯人に向け、続けて長谷警部補がさらに指示
「照明!」
すぐに、藍川巡査は迷彩柄の布を掴んで、隠していた投光器の電源を投入。ほかの捜査官も同様に行い、暗闇を光が照らす。さらに、遠くで待機していたパトカーとともに、投光車が何台も広場へ乗り入れて、犯人と周囲を照らす。
砺波は、悠夏と鐃警が保護し、パトカーの車内へ誘導する。
「内灘巡査! こっちです」
悠夏は、和倉君とともに走る内灘巡査へ手を振り、到着を待つ。到着すると、ふたりは息切れで、悠夏が
「和倉君も車に乗って」
と、パトカーの後部座席に乗せ、ドアをしめる。鐃警は汗だくの内灘巡査を見て、
「内灘巡査、大丈夫ですか? 助手席に乗って、離脱しても……」
「いや、大丈夫だ」
そう言って、後部座席に乗るふたりに、
「ふたりとも、よく頑張ったな。ここからは警察の仕事だ」
と、格好いいことを言って、運転手の刑事に
「深津。ふたりを頼んだぞ」
「もちろん。内灘も気をつけて」
「あぁ」
やりとりのあと、パトカーは広場から事務所の方へと走る。
「同期なんだ」
と、聞いても無いが、答えた。
悠夏はインカムですぐに報告。
「こちら特課。ふたりを保護し、深津巡査とともにパトカーで離脱」
その後ろでは、銃声が何発も轟く。振り向けば、火の手が上がっており、黒煙が……。
インカムから状況確認が飛び交う。
「サーモグラフィーで被疑者の反応あり」
「捜査員は距離を取れ!」
「森に逃がすな!」
火の手の中から、燃える黒い腕が伸び、ぐるりとまわる。黒い腕は、加速して洗い場の柱に当たり、破壊して屋根が落ちる。さらに、花火の廃棄用ボックスを破壊すると、引火して爆発!
「距離を取れ!」
爆発音とともに、指示が飛ぶが聞こえない。火の粉が周囲の森へ引火するのも時間の問題だ。インカムから慌てて指示する声が聞こえ
「至急、消防へ連絡!」
「ヘリを飛ばせ!」
被疑者は怪物である。非現実的な光景を目の当たりにし、
「警部。これ……現実なんですよね……」
「現実ですよ。信じがたいですが……。我々も待避した方がよさそうですね……」
鐃警もどうすればいいのか分からず、内灘巡査も
「た……、待避しましょう……」
広場から事務所方面へ待避開始。森の方を見れば、捜査員が同じように避難している。様々な言葉が飛び交うインカム。
「全捜査員に次ぐ」
落ち着いた声で聞こえ、インカムで飛び交っていた言葉が止まった。
「こちら、警視庁の紅。村長より災害派遣要請が出た。捜査員は、キャンプ場から離れ、市民が近づかないように規制を行う。配置を告げる。待避しながら聞いてくれ」
紅警視長が直接指示を出す。キャンプ場周辺の道路封鎖のため、5箇所の配置を指示する。
「本件は、これよりテロ事件として対処する。自衛隊は直接関与できないため、災害派遣要請をもとに活動する。これより、待機させていたSATを投入する」
悠夏達がキャンプ場の事務所に着くと、特殊部隊SATが配置へ動いていた。
事務所から出てきた人影を見つけ、
「長谷警部補」と、声をかけると、
「……少し手伝ってくれ。ここから機材を搬出する」
キャンプ場の事務所もこのままでは危険であり、捜査会議用の機器を搬出して、総出で車へと運ぶ。
To be continued…
なにやら壮大な展開になってきました。紅警視長は、村長が災害派遣要請をしたと言っていますが、補足として、災害派遣は都道府県知事に対して要請をする流れとなります。ただ、そんな細かいことは、この非常事態において、あまり重要ではないと思われ、本編では触れてません。災害派遣要請と言いつつ、自衛隊がすでに現着している状況でもあり、気にしない方向で……。あと、自衛隊が駆除できるかと言うと、たぶん救援活動ぐらいなのかな。ってことは、SATが頑張るのかな




