第71話 暗闇のおとり捜査
2019年5月3日の金曜日。午後8時半すぎ。石川県の離島、五月雨島。真っ暗なキャンプ場から少し離れたところに、花火ができる広場がある。そこで、中学生の男女2人が花火をしていた。
キャンプ場には事務所があり、電気が消えている。窓はカーテンが閉まっており、外から人影は見えない。それもそのはず、カーテンだけではなく、パーティションで仕切りを設けて、捜査本部の明かりが外から分からないようにしていた。
キャンプ場の駐車場に、車は数台のみ。パトカーやSIT、自衛隊の車両は全く別の所に止めているらしい。
キャンプ場でキャンプをしている2組の客は、全て捜査員であり、一般客はいない。キャンプ場周辺の森には、捜査員やSITが2人1組で息を潜めて張り込んでいる。
花火の最中、不審な人物は見当たらない。女子中学生の砺波 鈴と男子中学生の和倉 堤は、最初手が震えていた。
砺波は手持ち花火に火を付けると、
「綺麗だね」
と、話しかけた。和倉は砺波に「怖くないの?」と問いかけると
「まだ皆に言ってなかったけど、私、女優目指すから」
「えっ?」
「中学に入って早々、先生から進路について話があったけど、私なりに考えた結果、女優になろうと思う。もともと、内気で人見知りだったけど、みんなと過ごす日々で自分は変わったと思う。こっそり、演技の練習をしてたんだ」
「そうだったんだ……」
「堤君はどうするの? 将来」
思わぬ話に、和倉が黙っていると、砺波は
「知樹君と同じ高校に行くの? それとも、ふみちゃんと同じ高校?」
和倉は驚いて、自分の手持ち花火ではなく、砺波の方に視線を移動すると、砺波は花火ではなく自分の方を見ていた。
しばらく沈黙が続くと、砺波が先に
「ふみちゃんは、県内の女子校だって。まだ第一志望にするか決めかねてるらしいけど」
「そうなんだ……」
「堤君は、ふみちゃんのこと、好き?」
和倉は、慌てて持っていた花火を落とした。図星だったようだ。
「やっぱり。なんとなくそんな気はしてた」
砺波は、点火用の蝋燭を使い、次の手持ち花火に火を付ける。和倉は照れながら
「でも、沢崎さんは」
「大丈夫。どうせ、知樹君は鈍感で気付かないから」
「……本人居ないからって、ストレートに言うよね」
「私は今、演者だから」
「何、それ?」
と、緊張と恐怖の中で全然笑えなかったけれど、初めて笑った。
身を隠している特課の鐃警と悠夏は、周囲を警戒しながらインカムから流れてくる話を聞いていた。
鐃警は、悠夏にだけ聞こえる小さな声で
「あの子達、強いですよね。どっちも、本当は怖いはずなのに」
「それだけ、ふたりを救いたいとも思ってるだろうし、砺波ちゃんは和倉君のことを好いてるみたいだし」
「そうなんですか?」
「……警部。こういうのには、鈍感なタイプですか」
「だって、恋したこと無いですから。佐倉巡査は、そういう場面に遭遇したことがあったのかもしれませんが……」
と、冗談で鐃警が言うと、悠夏は「さて……」と話を切り上げ
「不審な人物がいないか、捜索しないと……」
「あれ……?」と、思わず悠夏の反応に引っ掛かった鐃警だが、今は触れずに黙っておくことにした。
ちなみに捜査員の声は、和倉と砺波のふたりには聞こえていない。常に報告が入り、不安にさせないためだ。
真っ暗な捜査本部。明かりは、輝度のレベルを落としているモニタぐらいだ。あとは機器の小さなLEDランプや非常口マークの光だろうか。
モニター越しの田口警視正は、長谷警部補に報告として
「自衛隊から連絡が入った。最悪の場合は、広浦村長から災害派遣要請を出し、対象を駆除する方法も考えている」
「それ……大丈夫なんですか? 後で騒ぎになりますよ」
「人を喰う時点で、どうせ騒ぎになる。すでに、一部のマスコミが嗅ぎつけているらしく、状況によっては、石川県警もしくは警視庁から、報道協定を説明することになる」
自主規制で報道を控えるように依頼することになれば、警察として事件を認めることになるだろう。
「それと、先ほど海上保安庁から報告があったが、行方不明だった漁船と乗員を発見したそうだ。エンジンが壊れて海流に流され、漂流していたそうだ。どうやら、本件とは無関係のようだ」
「そうですか。では、一層今回の作戦が重要になりそうですね……」
「SITも待機だけで、無事に終わることを祈るばかりだ……」
時刻は、午後8時55分。あとは線香花火が残っているのみ。インカムで「残りの花火は4本です」と、本数を定期的に報告する人がおり、「どうやって見てんだ……?」と、ボソッと呟く声が聞こえた。
「この暗闇だと、本数なんて分からないと思うんですけど……」
悠夏もそう呟くと、鐃警がその点について
「たぶん、SITの人ですよ。ただ、実際に数えている人と報告している人は別だと思いますが……」
「へぇー」
と言いつつ、まだ納得していない悠夏だが
「暗視スコープで確認してるんでしょうね」
と鐃警に言われて気付いた。数えているのは、暗視スコープを覗く狙撃チームであり、情報を共有しているのは、そのチームから報告を受けた人だろう。
「もう間もなく……ですかね……」
鐃警が気を引き締めると、インカムから報告が上がる。
「こちら、榊原。人影らしきものを発見」
その報告を受けた長谷警部補は
「特徴は?」
「距離があり、不明。進行方向は南。広場方面。速度はゆっくり」
「了解。全捜査官、気を引き締めろ。犯人が現れた可能性がある」
長谷警部補はすぐに立ち上がって、ホワイトボードに貼ったキャンプ場の地図を確認する。榊原警部の待機位置から被疑者の居場所を推測し、石川県警の指示を担当する湯川警部へ
「このあたりに待機させてますよね?」
「あぁ。氷見警部と内灘巡査の待機位置だ」
「至急、確認をお願いします」
長谷警部補からの指示で、湯川警部は石川県警の捜査員に対して
「こちら湯川。被疑者は、昨夜と同じ場所に向かって南下している。すでに榊原警部から目撃情報が出ている。一番近い、氷見警部と内灘巡査。状況は?」
「こちら、内灘。被疑者、確認」
さらに、SITの指揮官から
「こちらも狙撃チームが被疑者を確認した。画像が来た」
長谷警部補と湯川警部が、その送られてきた写真を確認すると
「長髪の女……」
To be continued…
SITが登場するのは、大晦日の事件(8話とか9話)以来ですね。その割には、SITの指揮官の名前を決めてないな……。警視庁のSITが応援に来ているので、一応、同じです。SITは他の警察署にもあるそうですが、ところによってはSITっていう名称では無いみたいですね。今後出すのであれば、注意しないといけないのかな。出番あるか分からないけど。




