第70話 張り込みの長い夜
悠夏がキャンプ場の事務所に戻ると、榊原警部が藍川巡査からの電話連絡を受けていた。
「引き続き、氷見警部と頼む」
電話を切ると、長谷警部補が
「どうだ?」
「藍川巡査からの報告では、予定通りで、19時半には合流できるかと。また、加害者に関する情報は得られず、とのことです。被害者に関する情報は集まっていますが……」
被害者家族から直接聞いているのだ。被害にあった中学生3人と、体調を崩している1人に関する情報は、山のように集まるだろう。
長谷警部補は続々と戻ってくる捜査員を見て、
「今晩、張り込みを行うから、捜査会議を行う。席に着いてくれ。あまり時間が無いから、指示と注意事項を中心に伝達する」
夜7時から捜査会議が始まる。
悠夏は、A3用紙4枚で、キャンプ場の地図を拡大印刷したものをテープで貼り合わせ、ホワイトボードに張り付ける。駐在所に行く際に、長谷警部補から依頼されていた。キャンプ場の事務所には、プリンタがあるものの先週末からインク切れらしく、使用できなかった。
指揮は長谷警部補が執る。
「まず今夜の目的から。事件発生当時を再現し、被疑者をおびき寄せる。被疑者は、人間であれば確保するが、熊などの動物であれば、こちらの指示で麻酔銃を撃ち込む。もし……それ以外なら、捜査員は速やかに待避し、SITおよび自衛隊が対処する」
「じ、自衛隊ですか?」
リアクションが大きかったのは、大倉駐在巡査である。想像以上に事件規模が大きくなり、驚いたのだろう。
「もしもの場合だ。そもそも、自衛隊が関与できないのはご存じの通り……。さて、班員を振り分ける。事件再現時は、基本的に全員配置につき、そこで現れなかった場合は、時間交代制で張り込む」
「長谷警部補は、今晩現れると踏んでいるんですか?」
石川県警の内灘巡査が、手を挙げて発言した。
「広浦村長からの話だと、20年前の事件当時と今晩の状況は似ており、砺波さんも昨夜と同じようだと話している」
「同じというのは?」
「気候条件が同じだ。どちらも当時、雨天や晴れでは無く、曇りだった。気象庁にも確認済みだ。それと、キャンプ場に客は少ない」
「それだけですか?」
「20年前も昨夜も、花火をしていた中学生が狙われた。被害を免れたのは、当時18歳だった広浦村長と、被疑者から『ふたり分で十分だ』と告げられた、砺波さん」
長谷警部補は事務所の時計を確認し、時間が迫ってきているため話を切り上げ
「警視庁のチームは、こちらで配置を決めた。石川県警のチームは、捜査一課の湯川警部から配置の説明がある。詳細は、別途それぞれから指示する。ここでは、全体の流れを説明する。昨夜の状況を作るため、3人2組のキャンプチームがキャンプ広場で客を装う。流石に家族連れは再現できないが、本命は花火広場だ。当時と同じ時間、20時半ごろから花火を行い、終わるのは21時。その片付けの際に、被疑者が出現する可能性が高い」
悠夏が手を挙げ、花火をする被害者役について
「すみません。花火は誰がするですか?」
「条件に当てはまる人物に、協力を依頼している。藍川と氷見警部が、車に乗せてこちらに向かっている。頼むのは心苦しいが……、彼らも『助けたい』と自ら名乗り出てくれた」
長谷警部補の説明で、誰が花火をするのか理解した。
*
約4時間前。長谷警部補から連絡を受けた藍川巡査は、氷見警部に相談していた。和倉 堤君の母親、稔江に断りを入れ、耳打ちすると
「あまりにも危険では……」
「長谷警部補によると、被害者を救う上で、必要ではあるんですが……」
どう母親に説明すれば良いだろうか。藍川巡査は腹を括り、
「実は、捜査協力をお願いしたいのですが……」
「私が、ですか?」
母親は驚いた顔で、また首を傾げた。氷見警部は
「いえ、お母様ではなく、堤君に」
「堤にですか?」
身辺調査のみだったため、ここまで事件詳細は話さずにいた。ただ、母親もなんとなく察していたみたいだ。
「実はですね……。なぜ、このような聞き込みを行っているかと言いますと……。昨夜、五月雨島のキャンプ場で、3人が事件被害に遭い……。意識を戻したのは砺波さんのみで、良川君と沢崎さんが、意識不明のままという状況です。現在、警察としては、犯人を捜索に尽力しております」
「3人が……」
母親は、息子の友人の状況にショックを受け、口元を押さえた。
「犯人逮捕と良川君たちのために、堤君のご協力をお願いします」
氷見警部と藍川巡査は、深々と頭を下げた。母親は返答に困り、言葉が見つからない。廊下から
「僕、行くよ。知樹たちを救えるなら」
「堤」と、体調を心配して駆け寄る母親だが、
「一晩寝て、落ち着いたよ。それに、風邪なんかでは無かったから、行っても良いよね?」
堤の症状は風邪では無かった。午前中に行った内科で診察したところ、アレルギー性疾患だった。医師によると、「おそらく、キャンプの準備をされていたとのことですし、物置や倉庫などで塵や埃、ハウスダストに反応したのでしょう。花粉症のときと同じお薬を飲んで、安静にしていればすぐに良くなりますよ」と。
さらに30分前。五月雨島の診察所にて、砺波 鈴に当時の再現を行うための協力依頼をした。とはいえ、氷見警部と藍川巡査から依頼するよりも、堤君から積極的に話しかけていた。なお、良川 知樹と沢崎 ふみはドクターヘリで搬送しており、診察所にはいなかった。
*
再現開始まであと10分。捜査員が全員配置につき、SITの指揮官も、キャンプ場の事務所から指示を出す。
警視庁では、田口警視正を中心に捜査本部を設置し、この事務所とテレビ電話が繋がった。
「キャンプ場の各所に設置したネットワークカメラは、いずれも稼働を確認済みです」
報告を受け、長谷警部補はマイクをONにし
「10分前だ。捜査員ならびに、捜査協力の2名に告ぐ。和倉君と砺波さんは、花火広場へ移動を開始してください。不審な人物を見かけた場合は、即時報告をお願いします。これより、事件当時の再現を行う。捜査員はふたりを全力で守るように」
捜査員たちのインカムを通じて、指示が飛んだ。
隣では、SITの指揮官が作戦開始を告げる。
To be continued…
どう対処すべきか考えつつ、自衛隊までも出そうとしたけど、そもそも事件に関与できないので出し損な気もするな……。警察で解決しないといけないから、SITと出すならSATか?
この話、6月に終わらない気がするな……




