第7話 小さな探偵君
2018年12月31日20時55分。高輪ゲートウェイ駅 3番線ホーム(京浜東北根岸線 上り)。悠夏と警部は、重い鞄をベンチに置き、立ち上がる。鞄の中身は、蜉蝣が指定した紙幣と金塊である。当然ながら、紙幣は番号を全て記録しており、もしものときに備えてはいるが、できればここで確保したい。しかしながら、蜉蝣にも、組にも、それぞれ人質がいる。下手に手は出せない。
インカムでは、さらに情報が舞い込む。
『浜松町駅近辺にて、悟君と隆君の2名を保護。保護の際、宰君と結紀ちゃんと思われる少年少女から、受け渡されるも、2人は田町駅方面へ走って行ったとのこと。現在、警察官10名で、捜索中です』
『浅羽被疑者は、いなかったのか?』
小渕参事官の問いかけがあると、
『姿は見ていません。しかし、駅周辺に被疑者のものと思われる車を発見しました。ナンバープレートで照合済みです』
悠夏と警部は、インカムの会話に集中していたが、視界に登根被疑者の姿が見え、会話に割り込む。
「こちら、特課。被疑者の姿を確認。予定通り、受け渡しを行います」
*
遡ること12月25日。特課は、捜査一課と合同で捜査を行っていた。捜査一課は、悠夏の第一希望であったこともあり、捜査一課に必死について行く。事件現場周辺の聞き込みが一通り終わったあと、自販機で温かいコーヒーを買って飲む。日に日に寒くなって、吐く息は白い。事件現場周辺は、人通りは多くはない。だから、目撃証言は期待できなかった。
悠夏がコーヒーで手を温めながら、ゆっくりと飲んでいると、警部が何かを見つけたようで
「さっきから、あの男の子……、何してるんでしょうね?」
「ん? どこですか?」
「向かいの道路、植え込みあたりです。しゃがんでます」
悠夏のところからは、見えないため警部の近くに移動し、警部の指差す方を背伸びして、見てみる。ただ、背伸びの必要はないけれど……。
「何か、探しているのかな?」
悠夏は、捜査一課の榊原警部に一言だけ伝えて、少年のもとへ。おそらく、小学6年生ぐらいだろうか。
「そんなところで、何してるのかな? 捜し物?」
すると、少年は悠夏の方を見て、服装から警察だと分かったようで
「頼まれたから、探してるの。手伝ってもらえる?」
「何を探しているのかな?」
「マスコットの人形。たぶん、月の輪熊」
「つ、ツキノワグマ?」
「そう。依頼者曰く、車に連れ込まれるときに、この辺りで落としたらしい。……あ、連れ込まれるって、言葉は忘れて」
少年の言い方的に、まるで
「まるで探偵みたいですね」
警部は、感じたままに言った。"依頼者"とか、"たぶん“とか、探偵っぽい。
「斑鳩川 柊哉。兄ちゃんの影響で、探偵やってる。お姉さん達の名前は?」
「私は、警視庁特課の佐倉 悠夏。で、こっちが」
「警部です」
「それ、階級でしょ?」
流石に柊哉くんにツッコまれ、悠夏はわざと咳払いして、
「彼は、鐃警です」
「その名前じゃないとダメですか?」
警部は、まだ自分の名前で気に入るものが定まっていないみたいだ。ただ、悠夏はそれを無視して話を進める。
「もしかして、柊哉くんの依頼主って、猪坂 結紀ちゃんって名前の女の子?」
「残念だけど、依頼者の名前は出せないね。"しゅひぎむ"ってやつ」
守秘義務のアクセントが微妙に違っていたけれど、それには触れず
「実は、22日にこのあたりで、誘拐事件があったんだけど、それについて調べていて……。なにか知っていることはない?」
悠夏は、柊哉くんへの質問を変えた。直感だが、この子は事件のことを知ってそうな気がした。その直感を信じて、ダメ元でも聞いてみた。すると、
「警察は、どこまで知ってるの?」
まるで、相手は子どもじゃないみたいだ。さて、どこまで公表されていたっけ……。公表されてない情報は、おいそれとは言えない。
「22日に誘拐されたのは、小学6年生の下地 宰君と猪坂 結紀ちゃん。2人とも、その後の行き先は分からなくて……」
「本当に? 芝浦とか海岸は調べたの?」
「港区の?」
被疑者達の住所や事件現場とは全く関係のない場所である。捜査がまだ途中で、完了していない地域かもしれない。
「まだ調べてる途中かな。捜査しているのは、私たちだけじゃないし」
「ふーん」
柊哉くんの反応が子どもっぽくない。変に大人びているというか、何というか……
悠夏は、どうすべきか聞こうかと思ったが、警部は視線をあちこち動かして、ある一点で視線が止まり、
「ツキノワグマって、あれですか?」
警部の指差す先を、2人が見る。雑草をかき分けると、土と同化して分かりづらいが、ツキノワグマのマスコット人形が落ちていた。キーホルダーだったようだが、チェーンが壊れている。
「すごい洞察力と観察力だな」
君は、本当に小学生か? と疑いたくなるような言葉が出たが、それはさておき、
「このキーホルダーの持ち主に、会えませんか?」
警部がそう言うと、柊哉くんは「分かった」と、答えた。見つけたのは、警部である。断る理由もないだろう。
悠夏は、榊原警部に芝浦と海岸の調査の件を話すと、確証はないが調べる価値はあるだろうと言って、信じてくれた。結果、それがスーパーの防犯カメラの映像に繋がるのだが。
*
12月31日20時50分ごろ。
線路沿いのとあるビル。エレベータの前にある案内を見ると、すべて空いているようで、募集の広告が貼られている。エレベータはランプが消えており、使用できないようだ。例え使えたとしても、階段を使うのだが。
音を立てずに、3階まで上ると、身を潜める。予定にはなかった。上手くいくか保証はない。でもこれしか思いつかなかった。強行突入である。登根の作戦が遂行された時、それがチャンスである。何人いるだろうか。無傷ではすまないだろう。
予定では、登根が身代金を受け取った後、京浜東北根岸線に乗って車内で黒埜に渡す。そうすると、2人を解放してくれる。そう約束しているが、本当に解放してくれるのだろうか。念のため、線路付近に止めた登根の車から、もしものとき用の仕掛けが作動する。それが突入のとき。登根に詳細は伝えてはいない。
2人がこのビルに監禁されているのは、黒埜からの定期連絡で送られてきた映像を解析した結果、分かった。解析と言っても、子ども達が気付いただけだが……。映像内の音に、電車の走行音があった。しかも、何種類もあり、回数も多い。まるで探偵のように、結紀ちゃんが推理を披露したのだ。全く、子どもたちは、時折凄いな。そんな彼女らを危険な目から避難させるためとはいえ、何日にも自由を奪っていた。
浅場は、扉に聞き耳を立てる。声が聞こえる。悠未奈の声以外に、3人の声がする。そのうち1人は稲月さんだろうか。
少なくとも、2人は無事に救出する。自分がどうなってもいい。救出できたとしても、今回のことでもう平和な日常は戻ってこないだろう。職場からは解雇されるだろうし、社会的に制裁を受ける。ならば、いっその事……
To be continued…
斑鳩川君は、蜉蝣の話以降でも活躍ありそうなキャラだな。
人物名の振り仮名を再度振るタイミングは、わりと適当です。