第67話 説明はディナーの後で
レストランの窓からは、駅前が見える。江口巡査と海部巡査長は「夜景が綺麗だね」と、ワインに似せたノンアルコールのジュースを乾杯する。夫婦を装い、最低限の会話をしつつ、様子を見る。
平原と被疑者の城戸は、運ばれてきた料理を食べながら、談笑している。どうやら、平原が昼間のバーベキューの話をしているようだ。平原の話に、城戸は相槌を打ち、聞き手として振る舞い、話の区切りがくれば、自分の話をしている。傍から見れば、仲睦まじく見える。
ついには、メインディッシュが運ばれ、時間がどんどんと過ぎていく。この間、客室で待機している悠夏は、詳細が分からずに不安な気持ちで連絡を待っていた。
動きが無いまま、あとはデザートを待つだけだ。城戸はワインを飲む。平原は黙って見ていたが、話を切り出し
「それで、こんな風にディナーに誘われたのは初めてなんだけど……、話したいことって?」
すると、城戸はワイングラスをテーブルの奥に置いて
「……その話なんだけど、このディナーの後でいいかな?」
「そう。分かった。あとはデザートだけだし」
客室で待機している悠夏は、何もできることがなく、1人で考え込んでいた。
(ホテルでディナーってことは、多分、ワインとかを飲むのかな? その場合、車では帰れないから、代行なのか泊まるのかだけど……)
ホテルの宿泊予約状況については捜査できず、悠夏の推理に対する明確な回答は分からない。
デザートを食べ、平原は城戸から話を切り出すのを待っていた。事前に、良い話ではないことは、なんとなく察していた。だから、少し心配していた。それが表情に出ていたのか、城戸は
「君には筒抜けみたいだね……。本当は、良い話をしたかったんだけど……」
「いいよ。言って」
「それが、ちょっと困ったことになって……。ここ最近、母親の体調があまり良くなくて……。もともと、体が弱かったんだけど」
「信太さんのお母さん、大丈夫なの?」
「場合によっては、手術が必要って話なんだけど……、そんなお金がなくて」
この流れ、完全に詐欺の常套手段ではなかろうか。海部巡査長は、スマホで城戸の母親に関しての情報を求めるメッセージを送信する。相手は、徳島県警捜査二課の洲本警部であり、そこから警視庁刑事部捜査二課の新野警部へ連絡が入る。
しばらくして、情報が送られてきた。海部巡査長は、
「この前、猫を見かけたんだけど」
と、全く違う話をしながら、江口巡査に画面を見せる。写真には、城戸の母親に関する情報が書かれており、4年前に交通事故で死亡と書かれていた。さらに、話は手術費用に関して、2人で借りて出せないかという、怪しげな展開になっていた。
状況が変わったため、待機中の悠夏にも連絡が。知らない番号からだったが、
「はい。もしもし?」
「徳島県警捜査二課の洲本といいます」
「こちら、警視庁特課の佐倉です。ご連絡いただき、ありがとうございます」
と、連絡に関してお礼を言い、本題へ
「現状として、被疑者が平原さんに対して、自分の母親が手術する費用の支払いに関して、協力できないかと話をしているそうや。すでに、被疑者の母親は他界しとるから、虚偽の可能性があるけん、支払いのタイミングで事情聴取から、逮捕に踏み込もうと思とる」
「そうですか……。ただ、昼間の話で、平原さんはあまり貯金がないって話を……」
「借りる方向で話をしとるみたいやな」
と、洲本警部は手元の資料を見ながら電話している。悠夏は平原が応じるかどうか判断がつかないため
「平原さんが応じない場合は……?」
「いや、海部巡査長からの情報によると、周りから固めて、借りるしかない状況に仕立て上げとるらしい」
知り合いだからこそ、悠夏は複雑な気持ちだった。平原には、詐欺に応じて欲しくないけれど、応じないと詐欺の容疑でしょっ引くことができない。いや
「被疑者には、すでに別の容疑がありますよね? それで逮捕できないんですか? 平原さんが応じる前に……」
「できんことはないけど……、確実に逮捕するには、現行犯逮捕で言い逃れできないようにした方がええ」
「それは、そうですけど……」
友人が被害に遭うのは見たくはない。この考え方は、公私混同になっているのだと分かっているのだが……
「ちょっと待ってくれ」
洲本警部がそう言って、何かを確認しているような声が聞こえ
「状況が変わった。佐倉巡査は、指示があるまでそのまま待機願う」
悠夏がそれに対して反応する前に、電話が切れ
「えっ……」
このままだと蚊帳の外となる気がする。けれども、自分に何が出来るだろうか。指示に叛く訳にはいかない。
(ドラマならこのときって、絶対に友人を救おうと飛び出すよな……)
悠夏はそう思いつつ、冷静に待つことにした。ドラマは脚色されている。その通りに動くのはリスキーでしかない。
今度は、知っている番号から電話が掛かってきた。
「はい。もしもし」
「佐倉巡査。まさか飛び出したりしてないですよね?」
「ドラマや警部じゃあるまいし……」
「……そうですか」
「……あれ? 否定しないんですか?」
冗談で鐃警のことを含めて言ったのに、受け止めてしまったのか、聞き流されたのか。
「……誰かを救おうと……?」
鐃警の喋るトーンが落ち、それが気になった悠夏は声をかけず、黙って待った。直感で、鐃警の記憶に関わると思ったからだ。今のやりとりをキッカケに、何か思い出しそうな状況では無いか、と。確証は無い。臆測でしかない。黙っている時間が長くなりそうなので、悠夏は
「警部は昔、誰かを救おうと飛び出したんですか……?」
ストレートに聞いてみた。鐃警からの返事はなく、一言
「誰だったんだろう……」
と呟いた。鐃警の記憶も気になるが、平原のその後も気になる。すると、割り込みで電話が掛かってきた。最近のスマホだと、通話中にも割り込みで着信が出来るらしい。ただ、オプションや設定が必要な場合もある。逆に言えば、設定でオフにも出来る。
悠夏は鐃警との通話を保留にして、割り込みの着信に出て
「はい。佐倉です」
「こちら洲本。ホテルのATMコーナーで被疑者を確保した。詳しくは、後ほど。海部巡査長と合流願う。では」
洲本警部からの電話は一方的に切れて、悠夏は保留にしていた鐃警との電話に出る。
「警部。被疑者を確保したとのことで、これから合流します」
「……あっ。お気を付けて」
悠夏の報告で、鐃警は我に返ったようだった。
To be continued…
結婚詐欺ってこんな感じなんだろうか。特に調べず、流れで書いたところ、ATMの振り込みに行き着いてしまった。逮捕時の状況は次回へ。
さらに、次回から物語は石川県の五月雨島へ。第65話の続きです。
作中は、しばらく2019年のゴールデンウィークが続きそうです。




