第63話 怪奇薬品
捜査会議が続いている。組対五課の田端巡査が”怪奇薬品”に関して、説明していた。
「以上から、”怪奇薬品”を取り締まるための手段が無く、所持や使用について処罰することが出来ない状況です。開発や生産に関しても、倫理違反などでの処罰は難しく……」
続きは、榊原警部が
「警視庁の考えでは、当分の間、犯人蔵匿及び証拠隠滅の容疑で捜査せざるを得ないかと」
すると、愛媛県警の中萩警部が手を挙げて
「”怪奇薬品”を証拠隠滅の目的で使用した、と考えるわけか。記憶を消すと言うことは、証拠隠滅であり、犯人蔵匿にもあたる……。催眠だと思ったが」
「中萩警部のおっしゃるとおり、催眠なども含め、様々な観点で考えたものの、合致するのものは難しく、それこそ新たな法を整備する必要があると、上層部は考えています」
「新たな刑法を策定するにしても、その内容が問題じゃないか。何しろ、我々の常識を逸脱する代物だぞ。……とは言え、今ここで我々が議論しても、無意味だな……。すまない。次へ、頼む」
中萩警部は、場違いだとすぐに切り上げた。ここで議論することは、事件に関してであって、”怪奇薬品”の罰則に関して話す場では無い。捜査会議の流れを脱線させたことを謝罪し、次の報告へ。
「罰則に関して異論があれば、申し訳ないのですが、上の人と話してください。自分は決まったことだけを伝えていますので……」
田端巡査は、全員が分かっていることを真面目に説明し、
「今回の事件に関して、”怪奇薬品”の処罰は難しいことと、被疑者は多数の容疑にかけられていることから、入手経路などの捜査のみで、犯人蔵匿及び証拠隠滅容疑での逮捕は行わない方針です」
捜査員は全員が黙って、意見しない。前例のない事象に、それが正しいのか間違っているのか、自分達の意見が言えない。今回の処遇が、今後、同じケースにおいて基準となる。
「とはいえ、組対五課としては、今後の取り調べで”怪奇薬品”の所持に問題があると判断した場合、罰則を設ける必要があるかと。結局、取り調べをしない限り、どちらとも言い切れないです……」
高知県警の吾桑警部が手を挙げ、次の話へ進行する。
「さて、午後からの予定について。まずは面通しだ。被疑者の顔を見て、新たな情報を思い出すかもしれない。担当は、警視庁メンバーで願う。学校関係者との会議は、阿北が。被疑者への取り調べは、面通しが終わるまで、こっちと予讃で行う」
すると、中萩警部が
「できれば、伊上被疑者への取り調べをしたいが……」
「調整します」
と、吾桑警部が応えて、捜査会議が終わった。
*
午後2時過ぎ。取調室の隣の部屋は、犯人の顔が見えるようにマジックミラーになっている。部屋は暗い。理由は、明るいとマジックミラーが機能せず、被疑者から見えてしまうから。
全員を一度に入れず、まずは対面したことのある2名、毛利 貴之、瀬名 大悟のみ。他は廊下で待機させず、別室のまま。
榊原警部は、2人が犯人を見て急変しないか注意しつつ
「奥にいるのが、伊上 彰代。間違いないか、確認して欲しい」
「間違いないです……」
貴之はそう言って、特に喋ることも無く、大悟も頷くだけで特には喋らない。
「何か、思い出したことや気になったことがあれば、遠慮無く言ってくれ」
その後、廣村 達夫、碩 成敏の2名に関しても同じように確認を取った。口数は少なく、新しい情報は得られなかった。
*
4月22日月曜日。警視庁特課。四国から戻ってきた悠夏は、今日届いた事件資料を読んでいた。鐃警は別件を対応しており、手を止めずに
「四国の事件、どうなりました?」
「新しい情報は、取り調べの供述ぐらいで、放火犯は変わらず、被告人の裁判は、そのまま再開になりそうです。検察と弁護士によると、廣村からの指示があったかどうか。そこが次の争点になりそうです」
「廣村ですか?」
「もともと、貴之君が証言していた部分……。廣村が貴之君に、伊上への報告も含めて、こう話したと。”山口で起こした事件を聞いた奥さんが、孝根さんに襲われた。うちのメンバーが止めようとしたのですが、あっという間のことで……”」
「それって、恵美さん殺しの犯人について、重要な証言のところですね」
「当初から、”うちのメンバー”という表現が、埴渕被告ではないかと考えられていましたが……、取り調べで廣村が認めたそうです。合わせて、”他に現場に居合わせたのは誰がいるか”と聞いたところ、”いない”と話したそうです」
「ということは、放火殺人犯が複数人である可能性が無くなったわけですか……。証拠が無いから、立証はできないですし。証拠がない以上、単独犯で決着ですかね」
鐃警は手を止めて席を立ち、悠夏の隣へ移動する。事件資料を見るためだ。
「資料を見せてください」
「どうぞ」
悠夏は資料を鐃警に渡す。パラパラと捲り、一読すると
「”怪奇薬品”の入手ルートや盗難車に関しては未解決ですが、放火事件と略取誘拐は、解決ですね」
「腑に落ちない部分はありますが……」
「ここから先は、検察に任せましょう。我々、警察が出来るのは、ここまでです。再捜査になれば、話は別ですが……」
そう言って、鐃警は壁際に置かれた5つのダンボールの方へ。ダンボールには、警視庁と書かれている。悠夏は、気になって
「あの……。そのダンボールって、何ですか?」
「今月、検挙直前の事件資料ですよ」
「全部ですか……?」
「公安部から各部署に転任し、特課に協力要請が来ているものの、佐倉巡査はその事件に注力してましたから。特課の新しいメンバーでも捌ききれずに、土日で溜まった分です」
「ちなみに、一箱で1件ですか?」
「前に開けたダンボールは、複数混ざってましたね」
「分かりました……。頑張りすぎない程度に頑張ります」
そう言って、悠夏はダンボールをひとつ運び、デスクの横で開く。中には、事件資料がいくつも入っている。鐃警もひとつダンボールを運ぶと、ふと思い出したように
「そういえば、依頼のあった件」
悠夏が首を傾げたので、鐃警は
「金曜日にショートメールで依頼しましたよね?」
「えぇ」
「城戸 信太に関してですが、どこから聞いたんですか? かなりの大物みたいですよ」
「警部、どういうことですか?」
「二課が追っている事件に、なにやら関係しているみたいですよ」
捜査二課は、詐欺や脱税などの金銭犯罪や知能犯罪、汚職を担当している。
「まさか、結婚詐欺師……?」
「詳細は、二課の新野警部に聞いてください」
To be continued…
面通しで1話かなと考えていたら、黙り込んだことで短くなり、一気に終わってしまいました。
さて、次回は作中で令和元年の5月に突入……の予定。




