第62話 復学と進学
2019年4月20日土曜日。高知県渡川警察署。
道路運送車両法違反容疑で逮捕した伊上被疑者たちを、当時の関係者に実際に見せる。つまり、面通しを行う。なお、48時間を経過すると、別の罪状で再逮捕をし、身柄の拘束を延長している。
この春、高校生になった瀬名 大悟と、瀬名の家で居候中の被害者、毛利 貴之。貴之君も、なんとか同じ高校へ行けることになった。3月10日に事件が区切りが付いた後、大悟と奈那塚 アリーがいろいろと調べ、高校が三次募集をしていることを知った。アリーは県外の高校へ進学が決まっており、同じ高校には行けないが、友達として何ができるか考え、率先して動いていた。なお、大悟以外は、貴之に関する記憶がまだ戻っていない。悠夏の弟妹、佐倉 遙真と遙華も、協力的だ。
担任教諭の西原 木岐は、3月10日の夜遅く、事件の詳細を徳島県警阿北警察署から聞き、かなりショックを受けていたらしい。仮令”廃忘薬”という未知の薬品の影響だからとは言え、教え子の名前や存在を忘れていたことに……。卒業式まで数日しかないが、学校も前代未聞の出来事に真摯に対応し、貴之は無事に復学した。
学校としては、毛利 貴之がいなかった期間を退学とせずに休学とし、足りない出席日数よりも、どちらかというと勉学に関して、春休みに補習を実施することにした。ただ、貴之に関する記憶がないクラスメイトや、その保護者たちにどのように説明するか。10日の深夜に校長の小勝を交えて会議を行い、特別支援学級に在籍していたことにして、生徒の記憶が戻れば、その生徒にのみ事情を話すことで決定した。決まると早いもので、11日月曜日の午後から、もとのクラスで授業に参加することに。この素早い対応が出来たのは、10日の夕方時点で、阿北警察署から学校へ連絡し、対応協議のお願いをしていたからだ。そのため、小勝校長や他の教諭も夜遅くまで学校に残っていた。
”廃忘薬”という未知の薬品に関しては、名称ならびにその効果について、警視庁や徳島県警、愛媛県警、高知県警、中学校も世間に公表せず、一部の関係者のみが知る程度で伏せられた。特に、名称に関しては、”怪奇薬品”という別名で扱っている。
「”廃忘薬”に関しては、”怪奇薬品”として事件資料に記載し、”廃忘薬”という名称自体、ごく一部の関係者しか知りません。”廃忘薬”という名称およびその効果に関して、安易に口にしないようにお願いします」
中規模の会議室に座るのは、阿北警察署刑事課および鑑識課の6名(鯖瀬巡査、佃巡査、坪尻鑑識ほか)と、愛媛県警予讃警察署刑事課および鑑識課の3名(中萩警部、五十崎鑑識ほか)、高知県警渡川警察署刑事課および鑑識課の2名(吾桑警部、香我美警部補)、被害者とそのクラスメイト5名(毛利 貴之、瀬名 大悟、奈那塚 アリー、佐倉 遙華、佐倉 遙真)、保護者1名(瀬名 克則)、学校関係者4名(西原 木岐中学担任教諭、小勝中学校長、平谷高校担任教諭、北岐高校校長)、そして警視庁特課および捜査一課、組対五課の3名(佐倉 悠夏巡査、榊原警部、田旗巡査)。
廃忘薬に関して知るのは、上記参加者以外だと、瀬名の母親と警視庁刑事部捜査一課と組対五課のごく一部。あとは警視庁のトップぐらいだ。
学校関係者に説明するのは、当然ながら貴之君が特殊な立場にあるためである。貴之に関する記憶を有する者があまりにも少なく、それが弊害となることを危惧して、情報を共有している。
「さて、事件の詳細に関しては、別の場で行うこととして……」
会議を進行するのは、吾桑警部である。ここが渡川警察署であり、参加者においては渡川警察署のトップであるからという理由で。事件詳細をこの人数の前で言うわけにはいかない。特に、高校生になったばかりの子ども達がいるし、貴之君の家庭事情をべらべらと喋るわけにもいかない。
「事件関係の取り扱い注意については、先ほど榊原警部が説明した通りで、決して他言しないでください。今回の事件において、”怪奇薬品”は我々の想像を絶する代物であり、これを公表することになると、社会的影響は絶大であり、犯罪組織の思う壺になるのは絶対的です。漏洩した場合の処遇について……、あまり言いたくはないのですが……、ここにいる若い人は高校生ですし、その辺りについて、ご理解いただきますようお願いします」
と言って、吾桑警部は深々と頭を下げた。高校生になったこともあり、子ども扱いせず、全体へのお願いだ。
「さて、ここから個別にお話をさせていただきます。先に、捜査員で全体の捜査会議を行います。ですので、みなさまは昼食を用意しておりますので、別室でお待ちください。捜査会議後、面通しおよび今後の対応に関してお話しさせていただきたく。よろしくお願いします」
捜査員以外は別室へ移動してもらい、警察のみの捜査会議が始まる。吾桑警部が引き続き、進行を務め
「最初に、渡川警察署から被疑者の供述に関して。車両盗難の件は、否認と黙秘を続けており、彼らに指示している人物に関しては、未だに分からないのが実情です。現場で監禁されていた不動産経営の図子さんに関しては、すでに退院しており、以前通知した通り、管理している建物の清掃で立ち入ったところ、被疑者たちと接触。拘束されたとのこと。建物の施錠はされていましたが、被疑者に壊され、別の鍵に変わっていたそうです。前回の清掃は年末の12月26日で、被疑者たちは西阿波市での事件以降、少なくとも2月から潜伏していたことが考えられます」
愛媛県警の中萩警部が手を挙げて、質問する。
「鍵は、業者が?」
「いえ、ホームセンターで購入して、被疑者たちが取り付けたようです。また、それに関しては供述しており、隣町のホームセンターの防犯カメラで映像も確認しています。なお、映っていたのは碩 成敏のみでした。日付は2月24日。午後8時の閉店間際です」
他に質問はないようで、吾桑警部は次へ進める。
「本日から、徳島県警管轄の未成年略取誘拐と監禁、放火、殺人の容疑に関して取り調べを開始します。なお、愛媛県警管轄の占有物離脱横領容疑だった埴渕 真妃が関係しており、ご協力願います」
愛媛県警の五十崎鑑識が手を挙げたあと、発言する。
「愛媛県警としては、厳重注意で釈放していますが、放火事件に関連していたため、徳島県警よりも先行して捜査していました。その後、身柄を徳島県警に引き渡した後も、協力要請があり共同捜査を実施しましたが、毛利 貴之君の生存が確認されるまで捜査は難航していました。ですよね、中萩警部?」
「その通りだ。当時、毛利君の両親に関しては、焼死体で発見されており、貴之君は行方不明。しかし、貴之君を誰も憶えていない。当時は、全く訳が分からなかった。正直、今も半信半疑なぐらいだ」
「焼死体に関しての捜査は、阿北警察署が行っていますので、こちらはその結果のみで」
五十崎鑑識が徳島県警へパスし、坪尻鑑識が咳払いをして応える。
「2名の焼死体のうち、母親の恵美さんには、刃物と思われる殺傷の形跡が見つかっており、伊上被疑者の証言通りなら、父親の孝根さんによる犯行かと。鵜呑みにするつもりはありませんが、現状ではそういうことになるかと」
「伊上被疑者の供述が、貴之君を経由しての証言と一致するかどうか、この後の取り調べ次第かと」
そう発言したのは、鯖瀬巡査の上司である辺川警部である。貴之が監禁時に伊上から聞いた話だと証言しており、その事実確認は、まだこれからである。
To be continued…
今回、第60話からの続きです。貴之君のその後について、明らかになりましたが、復学して卒業式に出席できていたようです。春休みの補習を経て、現在は高校に進学。
そして、いつもの捜査会議に突入。登場キャラがいつもより多いですね。面通しは次回かな。
ちなみに、悠夏と鐃警が”廃忘薬”を他言したのは『MOMENT・STARLIGHT』にて。4月上旬のため、強い口止めをされる前だったみたいです。
あと、鐃警が東京にいるのを忘れて、予約投稿する際に削除しました。
別に、19日に東京にいたというだけで、20日に合流ということで問題は無いのですが……。
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「”廃忘薬”に関しては、”怪奇薬品”として事件資料に記載し、”廃忘薬”という名称自体、ごく一部の関係者しか知りません。”廃忘薬”という名称およびその効果に関して、安易に口にしないようにお願いします」
会議室に座る関係者一同に榊原警部が釘を刺した。すると、後方に座っている悠夏と鐃警が小声で
「”廃忘薬”って単語、今後は禁止ですね」
「すでに、どこかで言ったような気もしますが……」
言った言っていないは、もはや憶えていない。ただ、今後は気をつけねば。
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以上、カットされた会話でした。




