第58話 警部はロボット
会議室から悠夏たちが退室し、宇野沢警部も戻った。長谷警部補と小渕参事官だけが残り、待っていると田口警視正が現れた。長谷警部補と小渕参事官が立ち上がろうとしたので、
「そのままでいい」
と言い、自身も着席する。机の上の資料を手に取り
「エルシーズの件、紅警視長の指示通り進んではいるようだが……。困ったものだな……」
「彼のためとは言え、回りくどいやり方ですし……。下手をすると、被疑者が逃亡を図るおそれもあります」
「田口警視正。直接、特課に協力依頼するかたちでは駄目なんでしょうか? 榊原警部から連絡が途絶えたという小芝居をしてまで……」
「一時的に、連絡が取らなくなったことは事実だ。嘘では無い。何がキッカケになるか分からない以上、小芝居だろうが、茶番だろうが、パターンを試すしかない」
「流石に、小芝居は、勘づかれているかと……」
*
リニアの車内で、隣に座っていた鐃警が独り言のように、
「本当に榊原警部たちが消息不明なら、扱いが違うんですよね……」
悠夏は、シートポケットにあった雑誌を読んでいたが、途中で止めて
「警部? 何か言いました?」
「いえ。佐倉巡査は、どう思いますか? まるで、特課を動かすための口実を作っているように感じられますが……」
悠夏は、読んでいたページを指でおさえたまま雑誌を閉じ、
「……警部が言いましたよね?」
「何を?」
「”上層部の目論見は何らかあるかもしれませんが、我々がすべきは事件の早期解決です”って」
「言ったような……、言わなかったような……」
鐃警が憶えていないのは、無意識で言ったためなのか。悠夏は自分が感銘を受けた言葉なだけに、鐃警が惚けた顔をしていると受けとったが、反応を見るに、本当に無意識だったのでは……
「警部のメモリに残ってないんですか……?」
「残ってないですね……」
「たまに思うんですが……、警部って本当にロボットなんですか? まるで人間みたいなときが、ちょくちょく見受けられるんですが……」
悠夏は冗談交じりに言ったつもりだが、鐃警がすぐに返答せずに
「どのあたりが人間っぽいですか……?」
想定していなかった言葉が返ってきて、悠夏は「えっ……」と戸惑いながら、何て答えようか考え
「正直なことを言うと、私は最初から中に人が入ってると思ったぐらいですよ。被疑者や被害者が、警部のことを見て、ロボットだと言ったり言わなかったりしますが、普通に会話してますし……」
鐃警は笑ったり否定したりもせずに、黙って聞いている。見た目はロボットだと分かる。たぶん。少なくとも、人間だとは思わないだろう。
「AIとか言われても、自分が知っているスマートスピーカーとかAIアシスタントとかと、全く違うような……。なんと言いますか……、逸脱しているというか……、何と言うか……」
「……昨今の科学技術との乖離ってことですか?」
「乖離……、ニュアンスが違うような気がするんですが……」
自分の感じていることを表現するのに、適当な語彙が見当たらず、しどろもどろになっている。悠夏は、一度息を整えて
「簡単にいえば、違和感を感じたんですね」
「”頭痛が痛い”みたいになってますよ」
よく聞く重言で、同じ意味の言葉を重ねた言い方である。ただ、それは今問題では無い。
「そういうのは、今関係なくてですね……。私が違和感を抱いたのは」
悠夏はちゃっかりと言い直し、ロボット警部の鐃警について、自分が思っていたけれど、今まで一度も口にしなかったことを言葉にする。
「普通の人間っぽいんですよ。それも、どちらかというと……、気分を害したら申し訳ないんですが……。自分より幼いような、青年?」
悠夏の話に、鐃警は特に割り込まず、最後まで聞くようだ。
「特課配属時、倉知副総監はロボット警部としか説明してないですし、警部のロボットっぽいところって外見だけで、内面は人間と大差ないんですよね……。何なんでしょうね……。一時期、遠隔操作とかを疑ったんですが、真相は分からず……ですね」
鐃警の反応があまりにもないので、悠夏は思いきって
「警部って、人が操作してます? もしくは、実は人間とか……」
「もしそうだったら、どうします?」
鐃警の回答が否定では無かった。それで、悠夏は少し遅れて理解し、鳥肌が立ったのか、自分の腕を摩り
「……えっ。冗談ですよね?」
すると、鐃警は首を傾げる。はっきりしない返答だ。悠夏は、手に持っていた雑誌をシートポケットに戻し、整理する。
「すみません。もしかして……、聞いてはいけない質問でしたか……?」
悠夏としては、触れてはいけない領域に足を踏み入れた気がしてならない。警部が全く否定しようとしない。これほど恐ろしいことは無い。いや、警部が面白がって揶揄っている可能性が無きにしも非ず……。……そんなことをする雰囲気だろうか。悠夏は思いきって、
「覚悟を決めます。ここで聞かなかったら、ずっと気になって捜査に弊害が出そう、なので。警部は本当にロボットなんですか? 人間じゃないんですか……?」
鐃警は何て答えるだろうか。
「時期に分かると思いますし、そのうち誰かから聞くと思いますので、先に言いますね」
鐃警の前置きに、悠夏は何が来ても驚かないように息を整え、「はい」と言い、鐃警の言葉を待つ。
鐃警は自身について、
「分からないです」
「……ん?」
思っていた回答と違う。てっきり、鐃警の回想とかがあるのかと思ったのに、たった一言「分からないです」と。
「えっと……」
流石に、「そうなんですか」なんて言えるわけが無い。しかし、否定しなかったことから察するに
「1つ、確認ですが……。ロボットじゃ無いってことですか……?」
「いや、見た目は完全にロボットだと思いますよ。でも、中の人は、ロボットやAIといったコンピュータじゃないみたいです」
「みたいです……?」
引っ掛かる言い方だったので、気になって確認すると
「僕、記憶喪失なんですよ。警視正や警視長、副総監は、僕のことを元人間だとして、調べているらしいんですが……。はっきり言って、コンピュータなのか元々人間だったのか、よく分からないです」
鐃警がそう言って笑うが、悠夏は笑えなかった。やっぱり、踏み入れていけない領域だったみたいだ……。この前、電車賃について聞いた際に、「結論から言うと、タダではないですよ。だって、タダになったら、みんなサイボーグになるでしょ?」と言われたが、これを聞いたあとは、意味合いが変わってくる。
「気になるなら、倉知副総監か田口警視正に聞いてください。もしかしたら、他にも知っている人がいるかもしれませんが。ちなみに、この件は裏取りができていないのと、言ったところでジョークとして受け入れられるでしょうし、特にこれといって口止めはしてません」
「……あの。聞いた後に言うのも、どうかと思いますが……。車内で言って良かったんですか?」
「見たところ、この車両に乗ってる人、いないですから」
運良くなのかどうか分からないが、確かに乗客は少ない。リニアは遅延しており、ひとつ前のリニアにでも乗客が集中したのだろうか。あとは、新幹線の方を選択したか。
デッキで電話を終えた田旗巡査が戻ってきた。その後、次の到着駅に近づいたアナウンスが流れる。駅に着くと、思ったよりも乗客が増えた。
それ以降、この件については、悠夏も鐃警も触れなかった。
To be continued…
更新が危うい。前日に1話丸々書き上がったので、なんとか。
1話は「警部がロボット」だったので、今回のタイトルは「警部はロボット」にしてみました。話の内容的に、1話は"警部がロボットです"といった断定ですが、今回の58話は"警部はロボットなのか"と、半疑問か完全な疑問形ですかね。
この話を聞いて、悠夏の鐃警に対する関わり方が変わりそうですね。実際に変わるかどうかは、今後の悠夏を見ていただければ。(作者としても、ギリギリの執筆なので先が見えてないです)
まぁ、とはいえ、上司というのは変わらないんですがね。




