第57話 アフターストーリー ~平成31年3月10日~
特課から話を聞き、長谷警部補は捜査一課に戻ってから、高知県警の渡川警察署に電話をしていた。5分ほどして電話を切ると
「……特課に協力要請をしたい。高知まで行ってくれるか?」
そう言われて、悠夏は断る理由も無く、一先ず話を聞くことにした。
「詳しく教えていただけますか……?」
「あぁ。ただし……」
長谷警部補は、藍川巡査をまるで睨み付けるかのようにして
「藍川は別件だ。公安から戻ってきた、文田巡査の捜査に同行してこい」
「ですが」
「命令だ」
藍川巡査は、つまらないような表情をして、その場を後にする。あからさまな態度に、長谷警部補は
「返事は!?」
「はい……」
と、こちらを向かずに返事らしき言葉を発した。藍川巡査が立ち去るのを見届けてから、本題へ。
「まず事件資料を渡す。とは言え、よく知っている事件だろうから、追加捜査の部分だけ見ればいいだろう。事件の詳細は、組対五課と合同で話す。場所を移すぞ」
組対五課。昨年末の事件で、見たことはある。警視庁組織犯罪対策部組織対策第五課、通称組対五課は、銃器薬物関係の事件を扱う。
組対五課。10人程度が入れる会議室には、6人が着席している。特課より、佐倉 悠夏巡査、鐃警(警部)。捜査一課より、長谷 貞須惠警部補、小渕 創哉参事官。組対五課より、宇野沢 己奈警部、田旗 平巡査。唯一、田旗巡査とは初対面である。小渕参事官が出席するとは思わなかったが。宇野沢は女性警部であり、田端は若そうな男性巡査である。若そうとは言え、悠夏よりも年は上だと思うが。
田端巡査が事件資料をそれぞれに渡し終わると、小渕参事官が「揃ったな」と言って、
「事件に関しては、すでに知っているだろうから、簡潔に説明する。先月の10日に、知っての通り、徳島県の行方不明事件が解決した」
そう言われて、悠夏は思い出した。毛利 貴之君の行方不明事件である。当時、自分の弟妹のクラスメイトであり、つるぎ西商店街で貴之君を発見し、確か、瀬名君の家に居候している。
「あの後、公安が捜査して、名前の挙がっていた被疑者を発見した。詳細は、捜査資料に記載されている。被疑者は、伊上 彰代、廣村 達夫、碩 成敏の3名。潜伏先は、高知県の渡川警察署管轄区域。四万十川沿岸の山奥で生活をしていた。潜伏先が判明したのは、先週のことだ。担当してた公安部の捜査官は、異動で渡川警察署に転属しており、捜査一課の榊原と川喜多が現地に向かった。しかし、現在連絡が付かない状況だ。誘拐事件と殺人容疑としては、捜査一課と渡川警察署の担当だが、例の”廃忘薬”という未知の薬物については、組対五課が担当することになった」
小渕参事官は、長谷警部補に大きめに印刷された地図を渡し、長谷警部補がホワイトボードにマグネットで張り付ける。ここからの説明は、長谷警部補が喋り始めた。
「榊原警部と川喜多巡査が所持している、携帯電話のGPSが最後に途絶えたのは、この辺りだ」
そう言って、地図上に既に書かれている場所を分かりやすく、太い赤ペンでマークする。次に、青ペンで被疑者の潜伏先もマークする。
「距離は500メートルほど。被疑者と接触している恐れもある」
「それは、つまり……、最悪の状況が考えられるってことですか?」
鐃警が表現した”最悪の状況”とは、被疑者の手に掛かった可能性だろう。生死を問わず……
「その件に関して、吾桑警部から連絡があった。現場付近は、争ったような痕跡は見当たらない。潜伏先の建物にも近づいたが、外からだと物静かでおかしな所はなかったそうだ。無論、地面に血痕がないか、……といった話も含めて」
「特課の2人と田端巡査は、吾桑警部に合流して、捜査をしてくれ。宇野沢警部は」
小渕参事官が言い切る前に、宇野沢警部は「承知しております」と言い、
「”廃忘薬”の服用者は、現在のところ、毛利君のみです。過去に服用した者がいないか捜査を進めていますが、残念ながら1件しか見つかっておりません」
「1件あったんですか?」
悠夏が気になって聞くと、宇野沢警部が事件の詳細を話す。
「1年以上前に、富山県で発生した事件でした。服用の疑いが出たのは、女子高校生の黒宮 波。捜査は、越中警察署が担当。捜査資料や担当警官の話によると、両親が亡くなって1人で暮らしていた。第一発見者は、アパートの管理人。部屋に入ると、天井から垂れ下がったロープがあり、黒宮さんが床に倒れていた。首元にはロープの痕があり、自殺だったそう。抵抗の痕も無く、何らかの理由でロープの結び目が緩んで、重さに耐えられずに解けて床に倒れ込んだ。管理人が駆けつけたのは、その下の階に住む住民から、大きな音がしたという相談がキッカケだった。机には遺書もあり、ドアや窓は施錠されていた。遺書によると、高校生活で激しいいじめに遭い、登校を拒否。半年して、自殺した。ただ、捜査の際に彼女のことを憶えている人がおらず、遺書を決定的な証拠として、聞き込みは無駄に終わって、自殺で処理された」
「貴之君のときと同じですね……」
悠夏が正月に1人で捜査したとき、担任教諭の話や予讃警察署、阿北警察署での捜査も同じような状況だった。
「他にも類似の事件は、時間はかかるものの、出てくる可能性はある。見つけるのはかなり難しいが……」
長谷警部補の言うとおり、当事者の記憶が他人から抹消されるのであれば、取っ掛かりが難しい。それこそ……
「それこそ、行方不明事件を片っ端から調べるしか無いような……」
悠夏は自分でそう言って、あることに気付いた。
「あれ……。もしかして、榊原警部は」
小渕参事官は、別に隠す必要は無いと判断し、頷いて
「佐倉巡査。君の想像通りだ。榊原警部には、多くの行方不明事件の捜査をお願いしている」
そうだったんだ。と、昨今の事件を思い出して納得した。年末の誘拐事件や西阿波市の行方不明事件。悠夏は後から聞いたが、葉陽君のクラスメイトが行方不明だった事件もそうだ。
宇野沢警部は咳払いをし、
「話を戻しますが、”廃忘薬”に関しては、実際のブツがない以上、何が含まれているかについてはおろか、副作用や入手経路も分かりかねます」
小歩危山の自然公園において、倉庫を阿北警察署の鑑識が捜査したけれど、伊上達の指紋や毛髪などは見つからず、”廃忘薬”らしき薬品や怪しいものは見つからなかった。ダンボールに入っていた食糧や衣服なども捜査したが、特段これといった手がかりは見つからず、公安部が潜伏先の情報を提供するまでお手上げの状態だった。なお、公安部がどういう捜査をして、情報を入手したのか、刑事部としては分からない。公安部の捜査に関して、ドラマやフィクションで過激に描かれることもあるが、本当のところはどうなのか。謎である。
その日、悠夏たちは四国の高知県へと向かう。
To be continued…
『エトワール・メディシン』もストックが無くて、前日更新になってしましました。
さて、今回からアフターストーリー(33話~44話)のアフターストーリーが始まります。
廃忘薬に関しての事件に進展が。今回は短めでやりたいけれど、そういうときは大抵長くなる気も。




