第56話 多数の検挙
2019年4月15日。特課に置いてあるテレビで、午前8時の朝ドラが流れている。別の部署で余ったテレビを譲り受け、4月からは早く来て朝ドラを見るのが、ルーティンになっている。
4月から始まった新しい朝ドラは、昨年の朝ドラで主題歌を担当した日浦 マサが作詞と作曲をしており、主演女優の籠咲 早耶が歌っている。調べてみたら、籠咲は悠夏と同い年だった。
朝ドラの内容は、架空の街”織戸”を舞台に、映画女優を夢見る女子高校生の主人公”サツキ”が、芸能界で荒波にもまれながらも、立ち向かっていくストーリーである。現在、主人公の友人が見つけた地元CMのオーディションにチャレンジしている。過去2回は、早々に落選したが今回は出身地が強みになり、好感触である。しかし、オーディションの最中に、母親が倒れたという連絡が入り、先週の放送が終わった。主人公の母親を演じるのは、初回から登場している大物女優の名村 琴恵である。また、主人公の弟を演じるのは、保志野製薬のテレビCMで、人気に拍車をかける子役の浦山 沁君である。可愛らしさと格好良さの両面を持ち、バラエティー番組でも見かけるようになってきた。
主人公に連絡したのは、救急車の音を聞いて慌てて外に出た近所のおばあさんである。娘が主人公と同じクラスで、連絡先を知っていたようだ。一方、主人公の1つ前の人が、控え室で呼ばれてオーディションへと挑む。主人公は、母親のことが気が気でなく、携帯電話を片手に右往左往している。
ドラマに集中していると、特課の扉が開き、
「おはようございます」
と、鐃警が入ってきた。ドラマに夢中の悠夏を見て
「もしかして、今いいところですか?」
「サツキが数少ないチャンスのオーディションに挑むか、倒れた母親のところへ駆けつけるか葛藤してるところです」
「そりゃ、母親のところに行くべきでしょ」
「でも、このチャンスを逃すと女優への夢が絶たれるから……」
「それなら、オーディションの開催者に事情を説明して、順番を後回しにしてもらえないか打診するとか……」
「警部。この子は、パニック状態なんですよ。相談すれば、落とされるかもと思い込んで、2択しか頭にない状況なんですよ」
鐃警と悠夏が言い合っていると、ドラマでは新たな展開が。主人公の父親から連絡が。急いで電話に出ると、「こっちのことは、心配するな。母さんがさっき目を覚まして、”サツキ、頑張って応援してる”と言っていた。父ちゃんも応援してるぞ」
主人公には見えていないが、母親が集中治療室へ運ばれている。父親の言葉に嘘はない。ちなみに、父親の職場は搬送された病院から近く、弟からの連絡で駆けつけたそうだ。
主人公が倒れても自分を応援してくれる母親に、覚悟を決めてオーディションに挑むところで今日の話が終わる。
しかし、最後のシーンで、画面上部にニュース速報が流れる。内容は、”警視庁が女優の名村 琴恵容疑者を麻薬取締法違反容疑で逮捕”。
「えぇっ」
悠夏は思わず声に出た。今まさに見ていたドラマに出演している女優が、まさかの逮捕された。ドラマの直後のニュース番組になったが、朝ドラの感想を言う暇も無く、速報を読み上げる。朝ドラについては触れず、詳細な情報が入り次第という表現で、次のニュースに映像が切り替わる。またもや、ニュース速報のテロップが流れ、今度は”警視庁が人気漫画家の臥龍斗を脱税容疑で逮捕”。
「臥龍斗って、昨年映画化されてた作者ですかね?」
あまり憶えていない名前だが、作品を聞けば分かるだろう。流れているVTRが終わると、速報に触れて「昨年映画化もされ、今年の2月まで連載していた『呪い……。失礼しました。『呪いの吸血鬼』が有名です」と、言い間違えながらも説明していた。900万部を突破しており、完結後の最終巻が3月末に発売され、かなり売れているらしい。
速報はなおも続く。様々の疑いで、有名人や会社員、さらには会社までも。
「鴨井監察官の言っていた通りになりましたね」
鐃警はパソコンを起動して、メールを確認すると、
「早速、依頼が大量に来てますね……。おや。警務部人事の人がひとつひとつ捌いて、返信してるみたいです。にしても、返信、早いなぁ……」
4月15日から30日の期間限定で、特課は増員している。とはいえ、兼任であり、それぞれの部署で対応している。特課の会議室はいつもと変わらない。
「佐倉巡査。もう8時半ですよ」
テレビの速報に驚いていた悠夏は、ふと我に返り
「あっ、すみません。業務、始めます」
特課は、基本的に8時半から17時15分までの勤務である。事件によっては、勤務時間が変動するものの、公務員であるため、1週間に38時間45分を超過してはいけない決まりだ。
最初にやることとして、悠夏はメールを確認する。かなりの未読があり、今日のメールは多い。
「メール、多いですね」
「メールもそうですけど、佐倉巡査は人事異動の一覧を確認しました?」
「まだですね」
「公安部からかなりの人が、各部署に転属してますよ」
鐃警に言われて、人事異動の内容を確認すると
「公安部からの異動で、刑事部、組対、生活安全部、地域部……。あと、地方の警察署への出向も多いですね」
公安部と合同で捜査した絡みはなく、いずれも知らない人ばかりだ。出向とだけ書かれている場合と、警視庁への出向の任を解くと書かれている場合もあった。
午前10時過ぎ。特課にノックなしで、藍川巡査が慌てて入ってきた。
「藍川巡査?」
鐃警が指摘するよりも、藍川巡査が一方的に
「今日、榊原警部を見ませんでした?」
「いえ。……何かあったんですか?」
「川喜多巡査を連れて、13日から捜査に出てるらしいんですが、今朝、長谷警部補からの連絡にも応答が無くて……」
「捜査中で、それどころじゃない、ってことは?」
「最初に連絡したのは、昨日なんですよね……」
つまり、日曜日から音信不通。しかも、榊原警部と川喜多巡査のどちらにかけても出ない。折り返しの電話ができないなら、ショートメールなどで連絡できるが……
特課の固定電話が鳴り、悠夏が出る。
「もしもし、警視庁特課です」
悠夏は電話相手に「はい。はい」と繰り返し、最後に「分かりました」と言って、電話を切った。
「どこからですか?」
鐃警が連絡相手について聞くと、
「長谷警部補が不在だから、こっちにかけたそうです。至急、長谷警部補へ連絡してくれと」
悠夏は鐃警に相手の名前まで伝えるつもりだったが、藍川巡査が割り込んで
「榊原警部からですか?」
タイミング的に、そして内容からもそう考えるのもあり得るが
「……高知県警の吾桑警部から」
「高知県警ですか?」
鐃警は直近のメールを”高知”で検索するが、ヒットしなかった。過去に特課への依頼はないようだ。
「藍川巡査。長谷警部補は、どちらに?」
「席を外しているってことは、参事官のところですかね?」
小渕参事官と会議中だろうか。吾桑警部からは、急ぎだと言われたので、悠夏達は小渕参事官のところへ向かう。なぜか藍川巡査も一緒に。
To be continued…
『エトワール・メディシン』2年目へ。これまでと変わらず、同じような感じで進んでいくかと思います。『小説家になろう』で、1年間毎週更新した作品はこの作品が初めてですね。『黒雲の剱』は何週間か間を開けていたので。ただ、最近は『MOMENT・STARLIGHT』同様にストックが無く、厳しい状況です。一時期、1ヶ月半以上ストックがあったのに、いつの間に……。
あと、現在56話なので、2周年よりも100話を先に達成できるのかな。余裕があれば、何かしたいけれど(『黒雲の剱』を追い抜きそうだな……)
今後もよろしくお願いします。




