第54話 詐欺の詳細
2019年4月8日、月曜日。警視庁特課。朝から、デスクに広がる書類を掻き分け、今日するべきものとそうでないものと、優先度を決めて取りかかる。まずはパソコンを開き、5日の経費を申請する。
「ふと思ったんですが。警部は、交通費がかからないんですか……?」
悠夏は、電車代を調べて入力しつつ、警部に聞いてみた。この前のあざみ野駅やおぎ野駅では、自動改札を抜けずに、駅員に何かを見せていた。
「結論から言うと、タダではないですよ。だって、タダになったら、みんなサイボーグになるでしょ?」
「……いや、それは極論かと……。交通費がタダになるからと言って、機械の体を求めるのはちょっと……」
「それは、佐倉巡査の考え方ですよね? 世の中には、いろんな人がいます。交通費や入場料、そしてなにより、サイボーグなら食費もかかりません」
「メンテナンス費は、必要ですよね?」
度々、鐃警をメンテナンスするシーンを見てきた。メンテナンスや部品交換の費用は、馬鹿にならないと思われる。そんな無駄話をしていると、扉がノックされて開き
「今、大丈夫か?」
と、捜査一課の長谷警部補が資料を持ってやってきた。
「先日の事件、高齢者を狙った詐欺による被害総額の試算が出た。言うまでも無く、殺人事件は一課だが、詐欺事件の担当は二課。新野警部を中心に、詐欺被害について捜査を進めている」
捜査一課は基本的に、殺人や強盗、誘拐などの凶悪犯罪を担当しており、詐欺や脱税などの金銭犯罪や知能犯罪、汚職は捜査二課の担当である。ちなみに、捜査三課は窃盗事件を担当するが、地方によっては捜査一課が担当していることも。
「二課の報告によると、これだ」
長谷警部補から資料を受けとると、悠夏は何枚か捲り
「推定1千万……。件数は100を越えており、詳細な捜査が必要」
と、資料に記載されていた一文を読んだ。
「若葉警察署の二課も捜査中だが、被疑者の供述によればさらに増えるかもしれない。それと、詐欺に手を染めた理由は、ピザ屋の経営難がキッカケだったそうだ」
長谷警部補がいう被疑者とは、首謀者のピザ屋の店長と副店長のことである。おそらく、全貌が明らかになるのは、かなり先になるだろう。それと、当初は若葉警察署の二課が単独で捜査する予定だったが、人手が足りず、警視庁刑事部捜査二課も協力している。
「資料にもある通り、君島 光也の父親についても、借金というよりも詐欺に近しい事が分かった。とは言え、光也君のしたことが許されるわけではない。店長や副店長からの指示を、受け子に伝えていたのは光也であり、詐欺罪の方でも裁かれるだろうな」
「それで、妹さんはどうなったんですか?」
鐃警が資料を見に、自分の席から移動してきた。聞いておきながら、資料を数枚捲って
「これには書いてないんですね」
「それは二課の捜査資料だからな。詐欺に関することしか、書いてない。妹に関しては、若葉警察署に一任されている。とはいえ、憑依体質をどうすればいいかなんて、そんなオカルトじみた話を受け入れて、治療ができるかどうかだが……」
病院や駅のホーム、墓地など、いかにも集まりそうなところには、連れて行くわけにもいかず、ここ数日は若葉警察署と隣の区役所で過ごしているらしい。カウンセラーや精神科医が担当して、改善しないかどうか試しているそうだ。
「今朝、被害者、辻埜 直斗さんの遺族から連絡があったんだが、土曜日に通夜を行い、昨日、葬儀を執り行ったそうだ。その際に、お坊さんが興味深い話をしていたそうだ」
「興味深い話ですか……?」
「4月1日から5日まで、被害者の妹にお世話になった、と」
「本当に、そんなことを言ってたんですか?」
鐃警が疑いの目で長谷警部補を見るが、
「あくまでもお坊さんによると、だからな。ただ、妹への憑依に関しては公になっていない。そもそも、そんなことを公にするつもりなど、これっぽっちも無いが」
ということは、どうやってお坊さんはそのことを知ったのだろう。お坊さんは、家族にしか知らないことも当てることもあり、やはり、仏さんと話が出来るのだろうか……?
それ以上、その話には触れず、長谷警部補は「ところで、話は変わるんだが」と前置きをして
「特課に依頼が来ている……。とはいえ、先ほど、廊下で頼まれただけで……、警務部からお呼びがかっている。人手が云々と言っていたが……」
「警務部ですか……?」
悠夏は首を傾げて、鐃警にどうしましょうか、と確認しようとしたが、先に
「用件だけ聞きに行きますか?」
「聞いたら、断れなくなりそうですが……」
よくある話である。用件だけ聞くつもりが、相手は手伝ってもらえると思い、気まずい雰囲気になり、断れなくなる。
警務部。構成は、人事第一課、人事第二課、訟務課、給与課、厚生課、教養課である。一般企業でいう人事課である。推測だが、人手が欲しいと言われたと思い、ここまで来たけれど、どこの課だろうか?
「警部。我々は、どこの課に聞けばいいんでしょうか?」
「勘ですけど、給与課と教養課、人事第一課は除外して」
「そうですね。給与に関わるお手伝いって言われても、手出しできないですよ。指導室や警視と警部の人事を担当するとか頼まれても……」
指導室とは、柔道指導室のほか、剣道、逮捕術、拳銃といった指導室が教養課にある。
「特に、術科訓練はロボットには、厳しいかと」
そんな風に、警務部近辺で探していると
「特課の警部と佐倉巡査ですね。お待ちしておりました」
と、丸眼鏡をかけた小柄な女性、上田警部がペコペコと頭を下げている。軽く自己紹介をして、上田警部は
「では、ご案内します」
一体、どこに案内されるのだろうか。そういえば、警務部の担当は他にもあったが、完全に忘れていた。人手が云々と言っていたので、おそらくお手伝いだと思い、軽い仕事だと勘違いしていたのだ。案内された先で、悠夏と鐃警は愕然とした。部屋の扉に書かれていたのは……
「上田警部。何かの間違いじゃないですか……?」
「いえ、こちらです」
悠夏の確認はすぐに返され、鐃警は無言で指を指して上田警部を見るが、
「こちらです」
と、同じ返答だ。
「警視庁警務部監察室……」
そう、悠夏たちの目の前にある扉、その先には、警視庁警務部監察室がある。所属する監察官の階級は警視正である。一般的には、署長経験者が多いらしい。そして何より、その業務は、警察官を捜査する。謂わば、警察内部の警察である。
もはや、お手伝いというレベルの依頼なのだろうか……
To be continued…
先週の後書きで、”次回の冒頭でもう少しだけ話がありそうです。”と書きましたが、思ったよりも長く触れましたね。タイトルを「アフターストーリー」にするか悩んだぐらいです。
さて、”人手が云々”としか伝わってないので、お手伝いの依頼というのは、悠夏と鐃警の思い込みでしょうか。特課は基本的に依頼されて動く部署ですし。




