第52話 取調べ
悠夏と鐃警が取調室へ入る。取調室では、君島 光也が俯いて座っていた。鐃警は、正面では無く、机の横へ移動し、必然と悠夏は正面に座った。
「ひとつ。光也君にご報告があります。舞彩ちゃんは、警視庁で無事に保護しました。意識も取り戻したみたいです。本来の、舞彩ちゃんの意識を」
先ほどまで俯いていた光也が、少し顔を上げる。落ち着かないようで、視線があちこちに移動している。表情は変わらず、口も開かない。悠夏はさらに続けて、
「舞彩ちゃんは、憑依体質で何者かに、ここ最近自由を奪われていたみたいですね……。俄には信じがたい話ですが、それを裏付けるようなことがいくつかあり、認めざるを得ないでしょう……。改めて、聞かせてください。光也君に何があったのか」
しかし、これまでと同様に、光也は喋らない。黙っていた鐃警は
「売り子を強制させられていた仲間達は、すでに保護しています。ですが、磯貝 潤一という詐欺師の所在は、まだ掴めていません。拠点としていた住居を捜索しましたが、住んでいたような形跡が見当たらず、もぬけの殻でした。ただ、その際にパソコンを押収。解析の結果、被害者リストとメンバーの情報がパソコンに残っており、保護に至ったわけです」
光也の様子は変わらない。喋らないのなら、喋るまでこちらから話す。鐃警は「事の発端は」と言って、今回の事件を振り返る。
「半年前まで、光也君はピザ屋のアルバイトをしていたそうですね。ある日、配達先のお客が言いがかりをつけてきた。ピザ屋の店員が、当時のやりとりを証言してくれました。どのお客さんか、記録を調べた結果、ちゃんとクレームリストで管理されていました。お客の名前は、仁志銘 債。配達時に、挨拶や姿勢といったその時しか分からないような文句を言われ、対応に追われて時間がかかったらしいですね。店に戻ってから、それを報告し店長がお客に電話をして、当時のやりとりを聞き、謝罪へ向かった」
鐃警は、光也の様子を見ながら続ける。あまり変化は見られない。
「磯貝という詐欺師に接触したのは、その配達のとき。その後、妹の舞彩ちゃんを使って脅され、受け子として報酬を受けとっていた。しかし、妹が探偵に、このことを相談しようとしていた。それに気付いたものの、誤って無関係の辻埜さんを刺してしまった」
「舞彩ちゃんは、3月25日に探偵への依頼の手紙を、喫茶店の店員に託していました。でも、その手紙は探偵に渡らず……。4月3日、いつも探偵が座る席に、偶然座った辻埜さんがそれを受けとった。辻埜さんが探偵だと思い込んだ結果、4月4日に殺害を実行した」
最新の情報を含めても、ここまでは若葉警察署も特課としても、同じ結論だ。鶴川巡査部長と羽沢巡査長は、取調室をマジックミラー越しに見守っている。鶴川巡査部長たちの声は、取調室に聞こえない。
「鶴川さん。特課でも口を割らない場合、どうしますか……」
「別のヤツに任しても、口を割らないのであれば、黙秘で進めるしかないだろう。仁志銘が所有する、別の住居に向かわせている捜査員から、何かしら連絡があれば、また状況も変わってくるだろう。磯貝という名前で探しても、該当するような人物が存在しない。もともと、偽名の可能性なんて、百も承知だ」
犯人が受け子たちの前で本名を言うことは、リスクが高すぎる。そもそも、ピザの配達先の名前は磯貝で登録されていた。しかし、届け先の住居は、仁志銘という名義で契約していた。仁志銘と磯貝が同一人物である可能性もある。
小さな音でノックして扉が開くと、栗平警部が入ってきた。鶴川巡査部長は
「栗平警部。被疑者は、まだ口を割らず」
「ひとつ分かったことがある。受け子達からの証言によると、磯貝という名前の人物に、直接会ったことはないそうだ。指示はそこにいる光也から受けていた。仁志銘についても聞いたが、全員が首を横に振った」
「つまり、知っているのは光也だけ、ってことですか……」
ガラス越しに光也を見るが、状況は変わらない。羽沢巡査長は、次の方法を考え、警視庁で保護している舞彩に関して、栗平警部に確認をする。
「栗平警部。被疑者の妹はいつこっちに?」
「先ほどの連絡だと、こちらに向かってはいるが、本人は眠っているらしい。到着して、すぐに話が聞けるかどうかは分からないな」
「そうですか……」
「それと……」
栗平警部は咳払いをして、
「被害者のご家族は、少し落ち着いたみたいだ。改めて、直斗さんに関して確認するが、被害者側から辿るのは難しいだろうな……」
取調室に入ってから20分ほど経過した。被疑者から聞き出すという大役を任されたが、特課は、取調室で被疑者と対面して取り調べを行うのは、初めてだ。自分の話した言葉は、筆記係によって、そのまま記録として残されている。光也が黙ったまま、どうすればいいだろうか。考えていると、鐃警が一応断りを入れて
「事件とは関係ない話をしてもいいですか……?」
光也は黙っている。悠夏も何も言わず、鐃警が思ったことを話し始めた。
「妹が憑依体質って、いつ知ったんですか? なかなかできることじゃない、と思うんですよね。特に担任の先生は知らないみたいでしたし、舞彩ちゃんのお友達も知らないって言ってましたよ」
「妹の、関係ないところまで巻き込んだのか」
それまで黙っていた光也が、急に食いついた。理由は分からない。鐃警は話題をそのまま
「訊いたのは、自分では無く、別の捜査官ですがね。憑依って、あまり分からないんですが、当の本人が全く別人の霊に取り憑かれるって事ですよね。かなり危険なことで、それこそ映画や漫画の話のようですが、場合によっては死に至る恐れも……。協力者もおらず、取り憑かれてしまっては、1人でどうにかするつもりだったんですか? アルバイトをしていながら」
「癇にさわる言い方だな」
どうやら、妹のことに関して強く言うと、光也は反射的に否定しているようだ。自分のことはとやかく言われても、妹のことを悪く言うと怒るのだろう。やはり妹思いな兄なのだろう。だからこそ、
「妹さんのことを、悪く言うつもりはありません。ただ、妹さんのことを思ってのことならば、話してもらえませんか……?」
悠夏は舞彩のことに触れて、自供するように促すが、再び口を噤む。もしや、逆効果だったか……。折角、上手く聞き出せそうな雰囲気になったのだが……
鐃警は話を戻し、舞彩に関しての話を続ける。
「机の上に、偽装した日記を予めセットしており、憑依した人物がその日記を見て、人物像を知る。しかし、偽りの設定のため、記載内容を話すと、霊であると判別できる。それって、憑依した霊が字が読めて、理性があれば……ですよね? よくある悪霊はそんなことせずに、復讐に走ったり、身を滅ぼすようなことをしたり、いちいち読まない気がするんですよね。実際、どれくらい憑依されたんですか? それに、除霊までできるとは」
霊にも様々なものがある。勝手なイメージだけど、律儀に日記を読むことがあるのか。今回の場合は、日記によって憑依が判明したが、毎回とは限らないだろう。
特課の取り調べが続く。
*
若葉警察署へ向かう警視庁のパトカーが2台連なって走行していた。1台目の運転席には、長谷警部補。助手席には、川喜多巡査が乗っている。後部座席には、眠った君島 舞彩が横になっている。後ろを走るもう一台のパトカーは、現場から帰ってきて早々に駆り出された、藍川巡査の運転である。
川喜多巡査はカーナビを操作して、
「若葉警察署まで、あと20分ぐらいですかね」
すると、後部座席から背伸びをするような声がして、長谷警部補がバックミラー越しに確認すると、舞彩が起きたようだ。
「目を覚ましたか? 少し前まで、霊に憑依されてたんだ。あまり無理しない方がいいぞ」
起きてすぐに車の中にいる状況を知って、パニックにならないかと心配したが、舞彩は思ってもみないことを言い出した。
「あれ? お姉ちゃんは……?」
長谷警部補と川喜多巡査は互いに見て、
「姉なんていたか?」
「いえ……。若葉警察署からの資料には、姉の表記はどこにも……」
To be continued…
運転中のため、互いの顔を見たのは短い時間でしょう。
さて、そろそろこの長編も区切りがつくのではないでしょうか。最初はタイトルをわざと長くしたけれど、5話目から2~3文字になり短くなりました。全部長いタイトルにはできなかったね。




