第49話 犯人は憑依していた子の兄
2019年4月4日木曜日。午前11時。神奈川県横浜市若葉区おぎ野。君島 舞彩に憑依した間、調べてみたけれど、結局、犯人の目星はつかなかった。
おぎ野駅の近くの交差点で待たずに、少し手前から、自分を尾行する。数日間続けているが、他人の姿で、自分を尾行するのは、不思議な感覚だ。しかも、これから目の前で自分が襲われることを知った上で……。
交差点の歩行者用信号が、一斉に青に変わる。車の信号は全て赤だ。少し離れた後ろから、周囲を見渡す。犯人を逃すわけにはいかない。すると、勢いよく走ってくる人影が。顔を隠し、本来の自分、辻埜 直斗の方へ向かって、ぶつかった。いや、俺には分かる。だって、この前、あっちの体で刺されたから。
周りに悲鳴は聞こえないが、俺はすぐに犯人を押さえ込み、
「お前は、誰だ!?」
フードを外すと、今朝見た顔が……。舞彩の兄、光也だった。本来の自分、直斗は地面に倒れ、それで周囲の通行人が気付いたらしく、悲鳴を上げる。
俺は、まさかの犯人に驚いて、少し気が緩んだ。その瞬間、光也が抵抗し、このままだと逃げられる。そのとき、
「大丈夫ですか!?」
助けが来た。事態を確認した助っ人は、
「警察だ。おとなしくしろ」
すると、光也に突き飛ばされて、俺は地面に尻餅をつき、その弾みで帽子が落ち、長髪が視界を狭める。すぐに、帽子を拾い、髪はそのままにして、光也は警察に任せて、横断歩道をダッシュで渡り、路地へ身を潜める。
「違う……、なんで……」
自分を襲ったのは、光也だった。気分が悪くなり、気付いたら走っていて、現場から離れていた。
*
横浜市若葉区警察署。休憩室で、悠夏と鐃警は、藤沢巡査から当時の話を聞いていた。
「事件当時、自分は、いとこの家に行った帰りで、悲鳴と騒ぎを聞いて、駆けつけました。被疑者は、女子中学生と揉めており、自分が加勢して、被疑者を捉えたのですが、気付いたらその女子中学生はどこかに行ったみたいで……。女子中学生は、被疑者の妹だと思います。帽子を被って長髪を隠し、デニムのパンツにジャケット姿で、最初女の子だと分からなかったのですが、写真を見て、確認したので、自信を持って言えます」
悠夏は、まず確認として
「その……、帽子を被って、長髪を隠してたって、どうやって分かったの?」
「被害者を襲ったあと、被疑者は妹に押さえ込まれいました。自分が確保する際に、突き飛ばされて、帽子が落ちたんです。まさか妹だったとは……。あと、悲鳴が聞こえるよりも前に、押さえ込んでいたようです」
「ん? つまり、妹の舞彩ちゃんは、誰よりも先に気付いていたってこと?」
「そうなりますね」
「警部、どうやら……」
と、悠夏が意見を聞こうとしたら、鐃警は自動販売機に硬貨を入れようとしているが、認識されず、おつりのところにそのまま落ちている。
「なにやってるんですか……?」
「お水……」
ロボットだけど、水分補給は必要だ。って、ミネラル水だと塩素が含まれておらず、機械の循環水には駄目だと思うんですが。最悪、黴びるのでは……?
「やめてください。黴びますよ?」
そう忠告したのは、警視庁サイバーセキュリティ課の瀧元 瀧一君である。なんでここに?
「アラートが上がったので、来ました。水分不足と聞いて」
そんな仕組みがあるの?
「ミネラルウォーターと浄水器を通したお水は、塩素が入ってないため、やめてください。水道水なら、塩素が入ってますから」
と、警部に怒るようにいうと、鐃警は
「いえ、自販機にこれがあったので」
と、指を指した先には、
「東京都の水道水……?」
そう書かれたラベルのペットボトル飲料が売られている。ちなみに、販売元は大手の飲料メーカーみたいだ。
「硬貨が認識されないんで、代わりに買ってください」
さて、鐃警の水分補給を終えて、話を戻す。
「どこまで話しました……?」
と、藤沢巡査は唐突に話が切られたため、直前の話を忘れたみたいだ。
「えっと……」
悠夏が説明しようとすると、慌ただしい足音が聞こえてきた。その足音の主が、休憩室の扉を開けて、すぐに
「被害者と被疑者、そして妹が前日に同じ喫茶店にいたことがわかりました! それと、他にも……」
駆け込んできたのは、栗平警部から命じられて報告に来た鴨志田巡査である。悠夏と同い年ぐらいで、刈り上げの男性巡査である。
「これから、捜査会議を行うので、会議室まで案内します」
*
捜査会議は、急遽行うみたいで、現場に出ている捜査員が多く、空席が目立った。
「現場の捜査員へは、あとから通達する。少人数だが、捜査会議を行う」
捜査会議の指揮を執るのは、栗平警部である。その隣には、取り調べをしていた鶴川巡査部長の姿も。
「被疑者の高校生、君島 光也は、依然として黙秘を続けている。舞彩という妹の消息は不明。被害者の辻埜さんは、意識が戻らないまま」
栗平警部は、隣のモニターを見て
「事件前日に、現場近くの喫茶店で、被害者と加害者、妹の3人がそれぞれ離れた位置にいた」
そう言って、静止画に丸が3つ点けられると、店の奥の方に座るのが被害者の辻埜さん。窓際の席に座って勉強しているのが被疑者の妹、舞彩。被疑者の光也は、さらに離れた位置に座っている。
「このほかにも、情報として、舞彩ちゃんが辻埜さんを尾行しているような映像も、コンビニのカメラから確認されている。しかも、4月1日から毎日だ。そして、4月3日のみ、光也がさらに尾行していた」
ということは、考えられることとして、
「被疑者の光也は、妹を不審に思って尾行したところ、辻埜さんを知った可能性が高い。つまり、鍵を握るのは、妹の舞彩ちゃんだと考えられる。そして、さらに分かったことがある……」
次の資料がモニターに映り、響めいた。
「君島 光也と君島 舞彩は、血の繋がった兄妹ではない。現在の君島 舞彩は、別人だ」
To be continued…
ミネラルウォーターと浄水器は、塩素が含まれておらず、黴びやすいそうです。加湿器などは、水道水の方が良いかと。自動販売機の硬貨が認識されないのは、汚れや摩耗して検知できなくなるって理由じゃなかったかな?
自分は、認識されなかったら、硬貨を回転させながら入れることもあるけれど、それで認識する確率が上がるかどうかは、不明。たぶん無意味な回転。