第44話 今後
小籏 もとみ会長に相談し、空き店舗を借りた。飲食店だったらしく、机と椅子が残っていた。定期的に掃除されており、近々休憩スペースとして開放する予定らしい。
狐面の少年は、椅子に座って仮面を外す。外したあとの顔を見て、瀬名は「久しぶりだな」と改めて言った。毛利 貴之、本人だった。
「なんで、思い出したの……?」
貴之が瀬名に聞くと、
「正直なところ、俺にも分からへんけど、今日、色々と思い出したよ」
思い出した切っ掛けは、瀬名も分からないらしい。榊原警部が何度か聞いても、忘れていたことが不思議なぐらい、最近のことは綺麗に思い出したらしいが、昔のことはあまり憶えていない。おそらく、”廃忘薬”による影響前に戻っただけで、そもそも曖昧な記憶については、同じかさらに曖昧になった感じらしい。平常に戻ったという認識だと思えば良いのだろうか。あと、貴之君に関する記憶が戻った直後は、特に混乱していない。椅子から崩れ落ちて、後頭部は撲ったけれど。
榊原警部が咳払いをして、
「さて、いろいろと話を聞きたいんだが、おおよそは瀬名君から聞いたが、伊上という男達について、詳しく教えてくれないだろうか?」
「タカ。あと2人の名前って憶えとうか? 廣村と碩って名字だったと思うんだけど……」
瀬名がフルネームを忘れた2人の名前について言うと、貴之は
「廣村 達夫と碩 成敏だった。他にも仲間がいると思うけど、直接見たのは、3人だけ……」
「廣村 達夫と碩 成敏か。教えてくれて、ありがとう。後日、瀬名君と一緒に似顔絵の協力をお願いしたい。そのときは、鯖瀬巡査からお願いすることになると思うが」
阿北警察署が管轄のため、以降の捜査は阿北警察署に引き継ぐ予定だ。警視庁刑事部捜査一課と特課としては、応援要請があれば協力可能だが、一段落したため一旦引き上げる。あくまでも目的は、毛利 貴之の捜索までだ。
「事件に関する詳細は、阿北警察署で話してもらうのだが……」
無論、今日は遅いので後日である。とくにここでは事件のことを聞かないため、瀬名が気になったこととして
「タカは、あの日以降、どうやって生活しとったん?」
「1月は、廃倉庫でずっと過ごしたよ。伊上たちが食糧を置いていったから、それを食べて生活してた。何週間か経ってから、外に出たら、家が火事になってたことを知って……」
食糧や衣服などは、ダンボール箱に半年分入っており、いずれも伊上たちが置いていったらしい。金銭も入っていたが、それには手を出さず、廃倉庫で過ごし、お風呂は登山客用に開放されているシャワー室を利用していた。
「2月になって、どうしようか悩んでいたら、やっぱりピアノが弾きたくなって、商店街のピアノを1週間に1回だけ弾きに。そしたら、だんだん人が集まるようになって、曜日や時間を変えたりしたけど、でもやっぱり増えて……」
商店街のピアノは玩具店の営業時間のみ。さらに、平日の昼間に弾きに行けば、学校はどうしたのと言われるかもしれない。それで、夜にピアノを弾いていた。夜なら、曜日は関係ないだろう。さらに、回を重ねるうちに、皆から拍手を貰うのが嬉しくなり、コンクールのときを何度も思い出していた。
「で、狐の仮面は、初詣のヤツだな」
瀬名は自信ありげに言うと、貴之は「うん」と頷いた。
「鞄の中に入ってたから。あの日、初詣に行ったときと同じ鞄やったから……」
瀬名が初詣に一緒に行ったメンバーが、誰ひとり思い出さないので、
「あのとき、射的でゲーム機を狙ったけど、外れて仮面に当たって、鞄の中にしまってたのを思い出したぞ」
でも、奈那塚や遙真、遙華は「うーん」「えーっと」と、全く思い出せないようで、廃忘薬の効果が続いているようだ。
瀬名と貴之が昔のように、といっても2ヶ月前だが、以前と同じように会話する。その傍らで、悠夏が榊原警部たちに相談していた。
「ところで、貴之君はこれからどうなるんですか?」
「すでに、徳島県警が焼死で処理しているが、生存が確認できたため、戸籍を復活させる必要がある。ただ、事務的なことは、県警と役所の仕事だ。警視庁として、特段何かすることはない。失踪宣告して、丸7年経過すると死亡したことになり、戸籍上死亡している人は、ごく稀にいる。ただ、実際には見たことはないけどな」
最近、榊原警部が失踪事件を捜査していることが多いように感じるが、こういったケースは初めてらしい。鯖瀬巡査は、貴之君の今後に関して
「貴之君が進学予定だった高校は、死亡により合格が取り消されています。戸籍が戻れば、中学には戻れるとは思いますが……」
とは言え、中学3年もあと1週間ぐらいだろうか。戸籍が戻る前に、卒業式を迎えそうだ。この時期になると、高校受験も終わっているだろう。もしかすると、まだ受け付けている高校もあるかもしれないが……。
「これからを決めるのは、貴之君自身ですが、時期が時期だけに、できる限りのことは協力したいですね」
鯖瀬巡査も何とかしたい気持ちではあるが、できることにも限りがある。
「本人に聞きましょうよ」
と、鐃警が率先して、貴之君に
「貴之君はこれから、どうしたいですか?」
あまりにも直球で、流石に貴之君も困り
「タカが困ってるじゃねーか」
と、瀬名が鐃警に対して怒った。あまりに困っているので、瀬名は
「俺の家に来るか?」
それはそれで、また貴之は困って……。でも、瀬名は冗談ではなく、本気のようで
「俺の父親は作曲家だし、母親も音楽関係の仕事しとるし、県のコンクールで最優秀賞をもらったタカなら、喜んで受け入れてくれると思うけんな。……まぁ、俺にはピアノの才能無くて、剣道やってる身だけどな」
瀬名は笑ってタカに救いの手を差し伸べる。ピアノの才能は無くても、瀬名は剣道の県大会で個人戦第5位だし、作曲の感性はあると、貴之は思っている。結局、貴之は考えるのを辞めて、笑って、
「なにそれ。養子になるってこと?」
「あー、そっか。そこまで考えてなかったわ。その場合、どうなんの? 刑事さん?」
瀬名が榊原警部の方を向いて聞いたので、榊原警部は
「そうだな。普通養子縁組という制度を使えば、法律上、養親と養子は、親子関係になる。原則、養親の名字を名乗るから、瀬名 貴之君になるな。ただ、いろいろと条件があって、家庭裁判所の許可がいる。まぁ、この場合は正式に手続きすれば通るだろうな。まぁ、あとは、戸籍が復活すると、貴之君が筆頭主になる。世帯主も貴之君だな。だから、養子とせずに、同一の住居に世帯主が2人として、過ごすのも問題ない」
と、真面目に回答しているが、悠夏は難しい説明をする榊原警部に対して
「榊原警部。中学生に分かるように説明しないと、伝わらないですよ」
「……確かに、そうだな。難しい話だったか」
榊原警部は素直に非を認め、悠夏が噛み砕いて、再度説明する。
「瀬名君と瀬名家として家族にもなれるし、家族にならなくても、毛利家として瀬名家と一緒にも過ごせるから。それに、将来が決まれば、一人暮らしになるんだし、堅苦しく考えなくても良いよってこと」
考えてみれば、貴之君の祖父母のもとで過ごすのが普通だろうが、廃忘薬により記憶が無いため、危うい。ただ、あとから孫がいましたと発覚して、引き渡すケースもあるだろう。それと一緒と考えれば……。なお、父方の祖父母は富山県在住で、貴之君は会ったことがないらしい。理由は、事件資料に記載されていた。超絶的に仲が悪かったとのこと。母方の祖父母はすでに他界していた。
榊原警部は、最後にひとつだけと、瀬名君と貴之君にだけ
「山口県警の再捜査は、あれ以降行われてないし、伊上という男や匿名での再捜査依頼は来てないらしい。それに、孝根さんが殺人犯だと告発するようなものは、山口県警にも徳島県警にも届いていない。無論、警視庁にも」
それだけ伝えた。本当は「貴之君のお父さんは、殺人犯ではないよ」と、言い切りたかったが、母親の殺人容疑については、徳島県警の再捜査によりはっきりするだろう。だから、言えなかった。
引き上げの際、鐃警が最後に気になったことを鯖瀬巡査に確認していた。
「再捜査って事は、すでに埴渕 真妃被告の初公判の日程が決まってますが、どうするんですか?」
放火容疑で逮捕され、起訴された人物である。伊上たちに関することを聴取する必要もある。初公判は、起訴から2ヶ月ほど。初公判は来週である。
「埴渕被告は拘置所に移送されず、留置所で身柄拘束中ですので、聴取は問題なくできるかと」
原則、法務省管轄の拘置所に移送されるが、近年は警察施設の留置所で身柄拘束されたまま、初公判になることも多いらしい。埴渕被告は、まさにそれに該当していた。
「また、何かあれば、佐倉巡査経由で聞くかもしれませんので、そのときはよろしくお願いします」
と、鐃警は会釈して、榊原警部が運転するレンタカーへ。悠夏は、弟妹と一緒に、実家で一泊してから警視庁へ戻る。榊原警部の計らいだ。榊原警部と藍川巡査、鐃警はこのまま終電で警視庁に戻るらしい。
こうして、長かった一日が終わった。
To be continued…
お疲れ様です。長編がここで終了です。追加捜査等々、アフターストーリーが後々あるかと思いますが、一旦区切りになります。今回、いつもより長いです。これもあれもって書いたら、予定より多かった。
さて、次回は久しぶりに短編の予定。短編の後、また長編になります。以前から言っていた年内にやる予定だった長編です。もはや年越し。




