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第43話 思い出の曲

 2019年3月10日 午後7時前。すでに、日没から50分ほど。商店街はアーケードの照明で明るく照らされ、悠夏たちは玩具店の店内から、ピアノを見ていた。

「来ないですね……」

 悠夏がそう呟いて、スマホで時間を確認する。店主の穴吹は、

「確かに、いつもより遅いようじゃが、おそらく今日は来るようじゃな」

 まるで確証を得たかのように言ったので、榊原警部が

「どうして分かったんですか?」と、聞くと

「”ふぉろわー”からの目撃情報があった。こちらに向かっているそうじゃ」

 鯖瀬巡査は、穴吹店主がSNSをやっていることを聞いていたので、驚かなかったが、悠夏と榊原警部は、声を出してはいないものの、驚いていたようだった。すると、ピアノの近くから拍手が起こった。どうやら、ストリートピアニストである狐面の少年が到着したみたいだ。

 狐面の少年は、ピアノの鍵盤を触り、演奏前の一呼吸をして、本日1曲目を弾き始めた。最近流行りのJ-POPである。確か、大手が発表する音楽販売ランキングを2週連続で1位に輝いており、CDと配信ダウンロード数ともに高く、テレビや外でもよく流れて、耳にしたことがある。

「最近、この曲、よく聞くな。車でラジオから流れていたし」

 あまり音楽に詳しくない榊原警部が曲名も歌手も分からず、そんなコメントをすると、奈那塚が曲に関して

「去年の朝の連続ドラマで主題歌を担当してから、大人気になった、日浦(ひうら) マサの新曲『黄昏れるキミ』ですよ」

 日浦 マサは、20代男性のシンガーソングライターである。広い音域の持ち主で、1人で男性ボーカルと女性ボーカルのデュエットが出来るほど。SNSを通じて、自身のオリジナル曲やカバーを音楽ソフトで作り上げ、歌った様子を動画サイトにアップしていた。すると、その歌詞や音楽に共感した人が、自分も歌ってみた動画をアップしたり、演奏してみた動画をアップするなど、一気に火が付いた。去年の公共放送局が放映した朝の連続ドラマで主題歌に抜擢され、さらに有名になった。現在、狐面の少年が弾いている『黄昏れるキミ』は、民放の人気ドラマの映画主題歌であり、販売開始は映画公開に合わせて2週間前。しかし、宣伝等で、何ヶ月も前から何度も流れて、特にサビの部分は知らない人は少ないだろう。聴いたら、この曲かと気付くだろう。

 榊原警部は、子ども達を悠夏と鯖瀬巡査に任せ、ギャラリーに混ざって、狐面の少年に近づく。瀬名たちは、玩具屋から聴いており、演奏中は背中の方になるため、狐面の少年からこちらに気付くことはそうそう無いだろう。

 ギャラリーは13人ほどにまで増えた。通りかかる人も多くが足を止めて、少し聴いてから歩き出す。

 1曲目が終わり、拍手が起こる。狐面の少年は、拍手がやむのを待ち、一呼吸して2曲目へ。2曲目は懐かしい選曲で、5年前の年間売り上げ第一位となった国民的グループ5人組の曲だった。

 演奏を聴きながら、鐃警は穴吹店主に質問で

「穴吹さん。彼は、いつも何曲ほど弾いてるんですか?」

「連弾したときは、2人で交代しながら1時間ほどは弾いておったな。基本的には、30分くらいじゃな」

「ということは、6、7曲ぐらいですかね」

 つまり、あと4曲弾き終わると、ここから離れるだろう。話を聞くなら、そのタイミングだろうが、それをすると、警戒して今後ここに来ないかもしれない。なるべく確実に、今回で、狐面の少年と毛利 貴之が同一人物か確認したい。ただ、群衆の前で本名を聞くわけにはいかないだろう。

 気付けば3曲目が終わり、4曲目、5曲目を演奏。ギャラリーが多くなってきた。段々と、玩具店からだと姿が確認できないように、立ち止まる人が増えた。店の外に出て、ギャラリーのすぐ後ろにまで移動した。2列になっており、こっちを向いても気付かないだろう。ただ、本当は気付いて欲しいけど。

 5曲目演奏中に、鯖瀬巡査と悠夏は呼ばれた気がして振り向くと、そこに

「藍川巡査?」

「発見したヘッドホンと手紙を持ってきました」

 藍川巡査が、廃倉庫で発見した、瀬名のヘッドホンと手紙を見せた。瀬名も気付いて、

「俺のヘッドホン……」

 藍川巡査はヘッドホンを瀬名に渡し、

「それと、そのヘッドホンと一緒にこの手紙があった。差出人も宛名も無いけれど、おそらく君に向けたものだと思う」

 二つ折りの手紙も差し出し、瀬名は黙って受け取った。すると、拍手が起こり、丁度5曲目が終わった。そっちに気を取られたけれど、6曲目の演奏が始まり、瀬名は受け取った手紙を読む。

 手紙には手書きで、”ごめんな。本当は もっと一緒にいたかったけど こっちを選ぶよ”。短い文章だった。最後の”よ”の文字が震えて書かれており、当時の心情が伝わった。

「タカ、あいつ……」

 瀬名は、あの日と同じように、ヘッドホンを首から提げ、ギャラリーの隙間から最前列へ。ど真ん中だ。悠夏や榊原警部は黙って見守る。野暮なことはしない。

 奈那塚や遙真と遙華は、まだはっきりと思い出せないみたいで、悠夏と鯖瀬巡査のところで瀬名を見守る。

 6曲目が終わって、拍手の中、狐面の少年が立ち上がる。演奏曲は以上のようだ。ギャラリーの方を振り向くと、目の前に拍手をしていない少年に気付いた。瀬名である。瀬名に目が合い、拍手が段々と小さくなる。瀬名は、狐面の少年に対して

「1曲、リクエストしてもええかな?」

 狐面の少年は、コクリと頷いた。

「『エヌ・ワァルプゥ』を弾いて欲しい」

 アドルフという歌手が昨年リリースしたJ-POP曲である。あまり有名な曲ではないが、転調が多くて盛り上がる曲である。深夜アニメのエンディングテーマ曲を収録したCDのカップリング曲であり、何より思い出に強く残っている曲だからだ。

 狐面の少年は、またコクリと頷いて、ピアノの前へ。多分、ギャラリーは曲を知らないだろう。女子高生は「何やろ?」と言って、スマホで曲名を調べている。

 最初はゆっくりとした曲調から始まり、段々と速度が上がっていく。サビ直前で、1拍おいて強く弾き、以降は、最初のゆっくりとした曲調までには戻らないものの、転調を繰り返して、サビの部分が耳に残る。4分間の演奏を終え、再び拍手の渦だ。狐面の少年が振り向くと、瀬名が拍手をしながら、

「35小節目の1カ所だけ、また間違えたな?」

 と笑い、すぐに訂正として

「いや、わざとか」

 瀬名は右手を前に出すと、狐面の少年がそれに気付いて握手する。ピアニストは手先が大事である。だから、ハイタッチやグータッチとかはあまりしない。

「2ヶ月ぶりだな」

 瀬名がそう言うと、狐面の少年の頬を涙の雫が流れたように見えた。『エヌ・ワァルプゥ』は、作曲家である瀬名 克則(かつのり)が手がけたひとつである。そう、瀬名の父親である。さらに、当時中学2年の夏休みに、瀬名と貴之が作曲した部分も8小節だけ使われている。剣道とピアノ稽古の傍ら、2人が夜通しで考え、2日おきペースで「これどう!?」と、見てもらっては「もう一歩だな」と言われ、何度も楽譜を書き直した。すると、8月末に見せた楽譜を見たとき、高評価を受けて、その一部、8小節だけが採用されたのだ。完成した曲を聴いたのは、中学3年の6月にCD発売された後。前後の繋ぎの部分は調整されたが、2人して盛り上がった。思い出に強く残っている曲とは、そう言う理由だ。

 作曲家の克則は、曲の完成前に、8小節の件を歌手アドルフに相談すると、快諾してくれた。息子の作曲した部分を使いたいと言うと、親馬鹿かと思われるかもしれないが、そのような話は出なかった。むしろ、絶賛していた。

 2人の握手が終わると、ギャラリーが段々と減っていく。普段なら、写真や握手をお願いされることがあるけれど、雰囲気を察したのか、あまりいなかった。


To be continued…


1曲目は設定を考えたけれど、2曲目以降は考える時間がかかりそうだったので、曲名等はカット。こういう、ちょこっと名前が出てきたキャラは、後々出てきそうな感じもしますが……

ちなみに『エヌ・ワァルプゥ』は、N渦。流れが速くなったり、渦を巻いたりして、海面が変化するので、転調が多いのかな。

そして、次回が区切りになります。長かったな。

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