第42話 ヘッドホン
2019年3月10日 午後6時。小歩危山の自然公園。藍川 桑栄巡査のほか、阿北警察署の捜査員と鑑識が数名同行。瀬名 大悟からの情報をもとに、この近辺の建物に、犯人達が潜伏していたと推測。虱潰しに探していると、登山道から離れたところに、今は使われていない倉庫を発見。ただ、轍の痕があり、数ヶ月以内に出入りしていたような雰囲気だ。
シャッター横の扉を開く。犯人が潜んでいる恐れもあるため、慎重に踏み入れる。15分ほどかけて捜索したが、誰もいなかった。
阿北警察署の佃巡査は、藍川巡査に報告で
「誰もいないみたいですね」
「だけど、話にあったヘッドホンがあった」
藍川巡査は、折りたたみ式のテーブルの上に置かれた、ヘッドホンを確認する。持ち上げてみると、紙が一枚ひらひらと落ちた。
「落ちましたよ」
佃巡査が落ちた紙を拾って、二つ折りを開くと
「これ、手書きの手紙みたいですよ」
「宛名は?」
「書いてないですが、内容的に」
佃が言い切る前に、鑑識の坪尻が
「おいおい、指紋採る前に勝手に触るなよ。ただでさえ、2ヶ月以上経過して、指紋が採れるか分からんというのに……」
「このヘッドホンと手紙ですが、再会前に渡したいんですが」
藍川巡査が坪尻鑑識に言うと、坪尻鑑識は少し考えて
「ヘッドホンの指紋を採るにも、本人の同意なしには出来ないからな。もしかすると、あとでお願いするかもしれないが、それはそのときだな」
「ありがとうございます」
藍川巡査はお礼を言って、車へと戻る。ちなみに、藍川巡査が運転する車は、追加で借りたレンタカーである。
佃巡査は、坪尻鑑識に
「いいんですか? 被疑者の指紋が付着している可能性があるかもしれないのに……」
「これは、俺の勘だが、あれには被疑者の指紋は付いてない。それに、埃を被っておらず、綺麗だった。おそらく、何度かここに来ては、ヘッドホンの埃を拭いていたんだろうな。拭かれてしまっては、指紋も残らないだろう」
坪尻鑑識は、そう言って周囲を見渡し、鑑識作業を始め
「そうだ。あとで、鑑識の応援をお願いしてもらえるか? 流石に、この広さを1人じゃ捌ききれないからな」
「わかりました。本部に連絡します」
*
つるぎ西商店街。鯖瀬巡査のもとに、徳島県警本部の科捜研から連絡が入った。内容は、動画サイトに投稿された動画から、狐面の少年がストリートピアノを弾いているとき、コンクールの映像から演奏中のとき、その2つを比較して、かなりの確率で一致している考えられるとのこと。おそらく、骨格や動きの癖などを解析したのだろうか。
ストリートピアノの周りに、少しずつ人が現れ始めた。最初は素通りする人ばかりだったのに、数分で7人ほどがピアノの方を見て、待っているようだ。買い物中の主婦が会話しながら、女子高校生2人がスマホを操作しながら、小学生の男女4人組がヒーローごっこをしながら。目的はおそらく、狐面の少年だろう。
玩具屋の店主、穴吹が店の外にまで出てきて、鯖瀬巡査に声をかけ
「どうやら、動画を見た人やファンが少しずつ増えておるみたいじゃな。ストリートだというのに、待っておる。彼が来るとは限らんのにな」
と言う、穴吹もファンの1人だろう。自分の娘が使っていた曽てのピアノが、こんな形で新たなピアニストが現れ、度々、商店街で小さなコンサートが行われる。
辺りが暗くなってきた頃、集団の足音が近づいてくる。佐倉 悠夏巡査や瀬名たちが、走ってこちらへ向かっており、それに気付いた鯖瀬巡査は手を振る。
「間に合った!?」
一番到着の早かった、佐倉 遙真が、鯖瀬巡査に聞くと、
「急がなくても、まだ始まってないですよ。彼は、まだ来ていないみたいですし」
「ギャラリーが多くなってきたから……、てっきりもう始まっているのかと……」
と、悠夏が息切れしている。短い距離だが、中学生と全力で走ると息が切れる。鯖瀬巡査は顔ぶれを確認して、
「あれ? 榊原警部と藍川巡査は、どちらに?」
「榊原警部は、レンタカーを駐車場に移動させてます。藍川巡査は、事件に関係する場所の捜査に」
悠夏と鐃警、子ども達は、撫養塾教室からここまで走ってきた。榊原警部は、撫養塾教室の駐車場から、商店街近くの駐車場まで車を移動させ、こちらに合流する予定である。
「なんで、みんな走るんですか!?」
と、鐃警がかなり遅れて、到着した。
「てっきり、間に合わないかと、思ったので」
悠夏が申し訳なさそうに言うと
「僕は、そんな速く走れないんですから、置いていかないでくださいよ」
鐃警はロボットだが、タイヤとか変形なんてするわけもなく、どんそ
「今、鈍足って言いました!?」
「警部、誰も言ってないです」
悠夏が冷静に言うと、鐃警は「ホントに?」とむすっとした表情をしていた。
*
同刻。警視庁の捜査一課にて。川喜多 拓駕巡査が担当した事件資料をダンボールにまとめていると、長谷 貞須惠警部補に呼ばれ、
「川喜多、ちょっと時間あるか?」
「はい。事件資料の整理していたぐらいで、時間なら大丈夫ですが」
「ちょっと調べ物の依頼があって、お願いできるか?」
長谷警部補は、付箋の手書きメモを見せて、
「伊上 彰代。あとは、フルネームが分からない、廣村と碩という人物について、調べて欲しい。俺は、参事官に現状を報告してくる。分かったら、携帯に電話してくれ」
長谷警部補は、小渕 創哉参事官に、現在進行中の捜査状況を報告に行く。場合によっては、警視庁か徳島県警で会見を開く可能性もある。なぜなら、2ヶ月も行方不明だった少年を発見するかもしれないのだ。マスコミから取材が殺到するのは、明らかだ。事前に何らか考えておかなければ。ただ、それなら広報課の仕事だろう。別の理由があった。
長谷警部補は、小渕参事官が休憩室にいると聞き、休憩室へと向かった。小渕参事官は、休憩室で手作りのお弁当を食べていた。どうやら、奥さんの手作りみたいだ。
「参事官。お食事中、すみません。上の方が不在のため、直接お話が」
「四国で捜査している事件に関する、D要請か?」
「おっしゃるとおり、その件です。ただ、通常ならばすぐに指令が出るはずですが、そうではなかったので……」
長谷警部補が要請を受け取り、すぐに上に相談するも反応がいつもより悪く、疑問に思っていた。ただ思い当たる節はあり、それを小渕参事官に単刀直入で、
「これって、公安の案件ですか?」
公安とは、警視庁公安部のことである。なお、道府県の公安課を含有して聞いたが
「残念ながら、分からないな。知っての通り、刑事部が公安の事に関して、知ってることはあまりない」
捜査一課は警視庁刑事部。公安は警視庁公安部。特課もこれまで公安からの依頼は1件もなかった。刑事部の人間からも、謎の部署と言うことだろうか。
長谷警部補の考えでは、伊上のバックに組織的な何かがあり、そこで公安が潜伏捜査しているため、D要請が通らないのではないか。D要請が通らないことは、ほとんどない。過去にあったとしたら、上が要請に気付かず、遅れたときぐらいだ。なぜ気付かなかったのかは、知らない。多分、私情だと思われ。
To be continued…
12月になりました。作中は依然として3月10日ですが。さて、今回は登場人物のフルネームを出しました。普段、名字か名前だけのことが多いので。
さて、12月1日は全作品の同時刻更新日です。12月1日はブログの開設日で、自分の作品を初めてネットに公開した日なので、記念日として去年に引き続き、全作品が更新されます。
なお、本日より『路地裏の圏外 ~MOMENT・STARLIGHT~』が連載開始です。去年の『龍淵島の財宝』と同様に、『エトワール・メディシン』のキャラが登場です。そちらもよろしくお願いします。
(ただ、この後書きを書いている時点だと、『路地裏の圏外』は着手前です)