第41話 友達として
鯖瀬巡査からリンクが送られ、悠夏はそのリンクを開いた。投稿日時は、数日前。投稿者は聯という人物。動画タイトルは、”つるぎ西商店街で少年と聯弾-れんだん-して驚いた!”。再生時間は、6分。
顔出ししている聯という青年が、ストリートピアノを発見し、それを弾いている人物に驚き、賞賛するところから始まった。聞いたことのある曲で、アレンジしているようだ。賞賛された人物は、狐面を付けた少年だ。
ここまで再生して、悠夏と榊原警部は、鯖瀬巡査から送られてきた意味を理解した。
「榊原警部、この狐の少年は……」
「阿北警察署の鯖瀬巡査がだったな。これが、貴之君ならば、大きく進展するぞ」
貴之君の部屋の写真には、ピアノのコンクールで獲ったトロフィーがあった。ピアノを弾いているのが、貴之君である可能性があるため、鯖瀬巡査が送ってきたのではないだろうか。悠夏は、動画のリンクのあとに送られたメッセージを確認し、
「徳島県警本部の科捜研にも、同じリンクを送って、確認検証を依頼しているみたいです」
どのような確認依頼で裏付けをとるのかは分からないが、念のため科捜研に送ったのだろう。すると、先ほどまで黙っていた瀬名が、
「タカに会えるのか!?」
少し前まで、貴之君のことを忘れていたのが、不思議なくらいの反応だった。すると、榊原警部は
「もしかすると、会えるかもしれない。些細なことでも良い。なにか思い出したことは無いか?」
榊原警部は、瀬名が体勢を崩したのは、何か思い出したのが原因だと考えていた。有益な情報が得られるかもしれない。だが、瀬名は迷うような表情で、俯いて黙り込む。
何か言えない理由があるのだろうか。悠夏もその理由を考えるが、背景が分からず、本人しか分からないだろう。
奈那塚が、瀬名の肩を優しく叩き
「ひとりで抱え込まんといて……。私や、遙華ちゃんと遙真君もいるから」
すると、会議室の扉が開き、
「悠夏姉! なんで、ふたりと話してんの!?」
と、威勢のある声で、遙真が言い、遙華は遙真の服を引っ張り、
「悠夏姉の邪魔しちゃ駄目!」
と、遙真を止めようとしているが、止めきれなかったみたいだ。鐃警が、悠夏の方を見て、
「佐倉巡査の弟妹も、この塾の生徒さんだったんですね」
双子の弟妹、遙真と遙華はそのまま会議室の中へと進む。遙華は申し訳なさそうにしているが、遙真はハブられたと思っているらしく、当たりが強い。
悠夏が榊原警部に謝ろうとすると、榊原警部が先に
「丁度良い。君たちも、貴之君の友達なら、協力してもらえないか」
そう言われ、遙真と遙華は、それ以上強く言わず、悠夏も黙った。榊原警部は、再び瀬名に対して、
「瀬名君。こんなにも、友達がいる。貴之君も友達なら、友として、彼に何があったのか話してくれないか? 我々も、貴之君を助けたいんだ」
みんなが見守る中、瀬名は「分かった。言うよ……」と言い、思い出した範囲で、1月2日から3日にかけてのことを話し出す。榊原警部に話すため、可能な限り標準語で話していた。
「あの日、スーツを着た男達が現れた……。タカからは、男から『複数人でもいいから、明日来い』って言われたら、アリーと3人で相談した結果、剣道やってたから大丈夫だって言って、2人で行くことにしたよ……。遙真と遙華ちゃんは、東京から姉が帰ってくるって言ってたから、声はかけんかった。山奥の廃倉庫に連れて行かれ、タカが捕まった。護身用に持っていた棒は壊れたし、助けられなかった……。男は、危害は与えてないって言ったけど、タカは背中で手錠されて、身動きできない状態に。男は、伊上 彰代って言ってた。未成年だと思う。そばにいた男は、廣村と碩って言ってたけど、下の名前はなんだったか忘れた。碩って男はハゲてたし、かなり年とってる思う。で、伊上ってヤツは、山口県の事故の犯人が、タカの父親で、殺人犯呼ばわりしてた。タカの家に行った、別の仲間から、タカの父親が母親を殺したって連絡があって、タカの体調を崩し、伊上って男たちは手錠を外してベッドに運んだ。あくまでも、タカの父親への復讐が目的で、母親とタカには危害を加えずに助けたいって言ってた。ホントかどうかは知らないけど。タカの様子を見ながら、渡された水を飲んでから、気を失ったらしく、今思えば、睡眠薬か何かが入ってたのかもしれない。で、気が付いたときには、交番の前だった」
瀬名が話した話は、事件資料にも書かれていない、新しい情報だった。榊原警部は、順番を考えて、
「廃倉庫の場所は憶えているかな?」
「詳しい場所は分からないけど、俺のヘッドホンが落ちてると思う。あの日以降、ヘッドホンが見つからなくて……。ニット帽は、この前行ったハイキングで見つけたんだけど……」
瀬名の言うヘッドホンとニット帽は、事件当時に身につけていた物だ。おそらく、ニット帽が落ちていた場所は、廃倉庫の近辺ではないだろうか。そう考えた榊原警部は、
「ニット帽はどこにあったんだ?」
「小歩危山の自然公園」
瀬名が行った場所で分かった遙真は
「先月行ったとこか。確か、2月24日の日曜」
榊原警部が経緯を聞く前に、遙華が説明を始め
「自然公園の管理人さんから、瀬名君の名前が書いたニット帽が落ちていたって連絡があって、それでハイキングついでに取りに行ったの。あまり人通りの少ないところだけど、雨に濡れないところに落ちてて、それを登山客が拾ったって」
それを聞いた榊原警部は
「ありがとう。じゃあ、早速、外にいる藍川に連絡して、小歩危山の自然公園に向かってもらい、我々はつるぎ西商店街のストリートピアノへ向かうか。佐倉巡査は、この子達の親御さんに連絡してくれ。撫養さんには、俺から話をするから」
指示を出して、電話をかけ始めた。悠夏も瀬名と奈那塚の両親へ連絡しようとすると、
「あの、僕は? 指示をもらってないんですけど」
と、鐃警が寂しそうな目でこちらを見ている。
「警部は……えっと……、指示される立場では無く、先陣を切って行動する方ですので……」
悠夏は言葉を選びながら言うが、それ以上思いつかず、逃げるように電話をかける。鐃警は
「なんか、のけ者にされてません? 一応、警部ですよ?」
「ロボットなのに、警部なのかよ」
と、遙真が笑いながら言うと、鐃警は
「あなたの姉の上司ですよっ!」
「えっ、こんなのが悠夏姉の上司なの……? 悠夏姉、可哀想……」
遙華にまで言われたが、鐃警は怒らず、
「全く、最近の子は……」
とだけ言った。とりあえず、それを言っておけばいいだろうみたいな感じで、特に深い意味も無く。
電話を終えた榊原警部は、ひとつ疑問として、瀬名に確認すべく
「ところで、貴之君に関する記憶が戻ったのは、何が切っ掛けか分かるかな? 他の似たような事件の時に、参考にしたいんだが……」
「はっきりとは分からないけど、忘れていたのが不思議なぐらい、一気に思い出したけど、多分、全部じゃない。まだ、あの日のことしか思い出せない……」
さらに、奈那塚や遙真、遙華にも、貴之君について聞いたが、3人とも「思い出せない」や「分からない」と答えた。何か切っ掛けがあるのだろうか。ただ、一先ず、事件関係者の名前や当時の状況が分かってきた。これだけでも、大きな進展だ。
悠夏が親御さんに電話をし終えると、榊原警部は山口県警に連絡して、当時の事故に関する情報を質問していた。
To be continued…
本編に「聯弾-れんだん-」って表現して、振り仮名を付けていないのは、動画タイトルって振り仮名は付けられないし、括弧を使うと、投稿の仕様で振り仮名判定になるので、思ったようにならなかった結果、ハイフンにしました。
次回は、12月1日8時に更新しますので、よろしくお願いします。なお、12月5日の更新も通常通りあります。