第40話 商店街
撫養塾教室の小さな会議室。瀬名は撲った後頭部を冷やしながら、黙り込んでいる。
榊原警部は、瀬名が自分から喋るまで待ち、奈那塚から話を聞く。質問は、交番に駆け込んだ前後について。
「あの夜は、好きなメンバーが生放送に参加しとったから、夜通しで視聴して、朝を迎えて……。瀬名君から、朝連絡がなかったら、警察に通報してくれって言われてたから……。全然、連絡がないから、心配して、交番に駆け込んで、瀬名君がいないって」
「なるほど。事前に、話していたのか。何かあったときのために」
榊原警部は、聞いた話を警察手帳に書き足した。瀬名は依然として、黙り込んだままだ。
「事前に話していたって、いつ話したんですか?」
鐃警が質問すると、奈那塚は少し考えて、
「お昼に会ったけど、他にもおったような……」
おそらく、一緒にいたのは貴之君だろう。覚えていないみたいだが。その後も、話をするが貴之君に関する新しい情報は出ない。
*
同刻。つるぎ西商店街で聞き込みを行っていた鯖瀬巡査は、商店街の人に、貴之君の写真を見せても分からないと回答され、落胆していた。1月の捜査のときも、同じように情報が出ないまま、焼死として処理された。しかし、今回は生存の証拠が出てきた。
精肉店を営む見能林に聞き込みをしていると、小籏 もとみ会長が歩いてきた。榊原警部たちが神社を捜査する際にお世話になった人だ。会釈すると
「どうなん? 見つかりそう……?」
と、心配してこちらの状況を聞きに来たみたいだ。鯖瀬巡査は、
「まだ、発見には至ってませんが、引き続き、捜査を、継続している状況です……ね」
捜査に関する詳細は言えないが、小籏会長は鯖瀬巡査の表情から、捜査が難航していると感じたようだった。
買い物客が現れ、見能林が対応する。お肉のグラムを計っている際に、ふと
「そういえば……」
と、つぶやき買い物客の会計後、鯖瀬巡査と小籏会長に
「中学生と言えば……、ピアノが上手な狐の少年。ほら、あの子も中学生やと思うけど……」
「狐の少年ですか?」
鯖瀬巡査が警察手帳に書き記そうとしたが、どう書こうか悩む。小籏会長も知っているようで
「あの狐面を付けた子ね」
「狐面って、神社の祭りで付けるような?」
神楽や能楽とかで、狐の顔を象ったようなお面だろうか。見能林は、
「少し今時のアニメチックというか、可愛らしい仮面だったけど」
鯖瀬巡査は、その少年の写真が無いか確認すると、小籏会長が
「穴吹さんが、もしかしたら……」
どうやら、ピアノの正面に店を構えている玩具屋の店主らしい。ピアノは、商店街のシンボルとして、穴吹さんが置いたものらしい。詳しくは、小籏会長が説明してくれた。
「もともとは、穴吹さんのお嬢さんが使っとったもので、上京する際に処分することになったものの、結局、捨てられずに、なんとか使えへんかと相談を受けて、商店街の一角にピアノを置いたわけ」
商店街はアーケードを備えており、濡れる心配は無い。玩具屋の営業時間内だけ、自由に弾けるように開放している。子供たちが帰宅途中に弾くこともあり、地元に定着しているみたいだ。
玩具屋は、ゲームやおもちゃ、プラモデルなど、古今の玩具が売られている。ひょっとすると、掘り出し物もあるかもしれない。
鯖瀬巡査は、小籏会長とともに、穴吹から話を聞く。穴吹は、65歳のおじいさんで、顔にしみがいくつかあった。笑顔の絶えない人らしく、子供たちに人気みたいだ。話を聞いている最中でも、「このおもちゃってどうやって遊ぶの」と、いろいろな子供たちから質問されていた。ほかにも、「これ、面白かったよ」と大きな声で、わざわざ報告に来る子も。
本題の狐面の少年に関して聞くと、
「残念ながら、写真はないな。ただ、彼がピアノを弾くと、忽ちギャラリーが10人ほど増えて、スマホで撮影する人もおるから、ネットに写真があるかもな」
「SNSに投稿されている可能性があると?」
「うちの”ふぉろわー”とやらに聞けば、分かるかもしれんな」
どうやら、穴吹さんはインターネットに詳しいみたい。お店のアカウントを持っており、度々つぶやいているらしい。
「あと、2週間前に、別の青年が動画を撮っておったな。そのとき、仮面の子も一緒だったはずじゃな」
「確認ですが、その動画を撮っていた青年と、狐面の少年は知り合いですか?」
鯖瀬巡査が穴吹に聞くと、穴吹は右手で”違う違う”とジェスチャーし、
「青年は、街中にあるピアノを弾いて、その様子を動画サイトに投稿するストリートピアニストと言っとったし、わざわざ撮影許可の確認をしに来た限り、地元のもんじゃないだろうな」
詳しく聞くと、青年は動画サイトで”聯”と言う名前で投稿しているらしい。実際に、スマホで検索すると70件を超える投稿がされており、全国各地でストリートピアノを弾いている。都庁のピアノやショッピングモールの一角に設置されたピアノ、学園祭の野外ピアノを弾いている動画などがある。
最近投稿された動画を見ると、香川県の瀬戸内海記念ミュージアムのピアノを演奏した様子と、
「これですかね?」
鯖瀬巡査が”つるぎ西商店街で少年と聯弾-れんだん-して驚いた!”というタイトルの動画を見つけた。連弾の”連”の字は、自身の名前とかけて、異字体の”聯”を使っているのだろう。再生し、確認すると
「間違いない。そこじゃな」
穴吹は店の前にあるピアノを指さして言った。
動画では、商店街のピアノを弾く少年が、とても上手く、聯が弾く前に驚いて感激するようなシーンから始まった。なお、少年のことは、動画内の字幕で”きつねけんさん”と紹介されている。情報通り、狐面を付けており、顔が分からない。ただ、ピアノの実力は素人でも分かるぐらい上手い。
字幕で、黒い画面に白文字で”一緒に連弾できないか相談し”、大きな文字で”連弾が実現!”と表示され、青年の聯と狐面の少年が連弾する。2曲演奏して、動画が終わった。ギャラリーは14人ほどだろうか。
鯖瀬巡査は、動画のリンクをコピーして、すぐに佐倉巡査へのメッセージに、貼り付けて送信する。さらに、科捜研へ同じ物を。
「狐面の少年は、いつも演奏しに来ているんですか?」
鯖瀬巡査が2人に聞くと、穴吹はカレンダーを見て
「前は土曜日の昼間だったが、最近は日曜日の夜が多いの。土曜日はギャラリーが集まりだして、日付を変えたみたいじゃな」
鯖瀬巡査が同じカレンダーの日曜日を確認すると
「3月10日……。今日!?」
今日、3月10日は日曜日だ。時刻は午後5時半。あまり時間が無い。鯖瀬巡査は、佐倉巡査に電話をかける。もしかすると……、もしかするかもしれない。
To be continued…
今更だけど、佐倉巡査、榊原警部、鯖瀬巡査と、”さ”から始まる人多いな。今更、気づいた。それが原因で、たまに間違えたことも。で、特に今回の鯖瀬巡査のところが、何カ所か榊原警部と表記ミスしてて、予約投稿前に何度か直しました。佐倉巡査は、専ら悠夏で表記するので、間違えにくいけど、今回は鯖瀬巡査視点になったので、悠夏では無く、佐倉巡査という表記にしました。”悠夏にメッセージを送信した”って、表記にすると、なんか馴れ馴れしく捉えられそうだったので。あくまでも、同級生ですから。