第4話 メンテナンス
救急車が一台、到着した。歩道では、4人がカーテンを持って、視線を遮っている。カーテンは、目の前にあるカーテンを取り扱う店の商品だが、店員の判断により使用されている。カーテンの囲まれた中には、女性が意識不明で倒れており、AEDが作動していた。カーテンは、他人からの視線を遮った状態でAEDを使用するためだった。
救急隊員は、急病人の彼氏から事情を聞き、担架を準備する。女性は意識が少し戻ったようで、AEDにより九死に一生を得たようだった。
悠夏と藤花が駆けつけたときには、救急車のバックドアが閉じられる直前だった。
「待ってください! これを」
救急隊員が受け取り、彼氏に確認すると、
「彼女のものです。ひったくりに遭って……」
「犯人は逮捕しましたので」
と、悠夏は一番伝えるべき事を伝えたつもりだ。救急車のバックドアを閉まり、救急車がサイレンを鳴らして発車する。
悠夏と藤花は、すぐに周囲に聞き込みを行う。特に、被害者女性の救助に協力した人を中心に。
犯人はすでに、パトカーで区の警察署へ連行されている。また、例のごとく、若い兄ちゃんが警部をメンテナンス中である。結局、まだ名前を聞いてないけれど。今度聞くか? いや、今聞こう。悠夏は、メンテナンスをしている若い兄ちゃんへ近づき
「すみません。そういえば、まだお名前を聞いてないですよね?」
「自分のですか? これは、申し遅れました。サイバーセキュリティ課の瀧元 瀧一です」
悠夏は、名刺を受け取ってその漢字に思わず
「龍が二匹も……」
「あ、よく言われますね。名前書くの大変なんですよ」
画数が多いため、確かに手書きは大変そうだ。ちなみに、聞いてもいないのに、瀧元くんは頬を掻きながら、自分の名前の経緯を話す。多分、名前を言う時に、セットで必ずこれも相手に言うのだろう。
「実は、名付けのときに、母親の旧姓の漢字を使ったみたいですが、離婚したので母親の旧姓になって、ドラゴンが2匹になったんですよ」
「そうだんたんですか……」
離婚というワードに引っかかって、正直笑えなかったが……。悠夏は、話題を切り替える。
「警部のメンテは終わりそうですか?」
「ボウリングのボールで殴られたとなると、流石に今回は厳しいかと思ったのですが、軽傷なので大丈夫ですよ」
ちなみに、メンテナンスはロボットの警部をバラすこと無く、行っている。メンテ用の線を繋いでいるわけでもないので、一体どうやってをメンテしているのか不思議である。まさか、傍受の危険性がある無線ではあるまい。
「気になりますか?」
瀧元くんがノートパソコンの操作を止めて、悠夏の方を見る。
「気にはなるけれども……、聞いてわかることかな?」
「簡単に説明すると……」
瀧元くんは念のため、周囲を確認して悠夏に耳打ちで
「通信が一方通行なんです」
「どういうこと?」
「普通、送信と受信の双方なんですが、警部の場合は、警部からのデータ送信しかなく、警部自身に受信は無いんですよ」
通常、データを送信したら、それに対する受信データが返ってくる。また、受信待ちで、受けたらデータを送信することが普通だが、警部は違うみたいだ。通信による会話が行われず、所謂、投げっぱなし、独り言である。受信なんて気にせずに、送るだけ。届いたかどうかも気にしない。好きな時に喋るだけ喋って、相手の反応なんて気にしないようなものだ。
「だから、警部からヘルスチェックの情報が一方的に送られるので、それを確認するだけなんですね。軽傷なら、自分で治癒しますし、重傷なら警視庁に戻って手術ですよ。人間と一緒です」
さらっと、そんなことを言うが、自分で治癒するロボットとか、言っている意味が分からない。悠夏は分からないが、おそらくデータ破損時に修復できる機能を有しているのだろうか。重傷とは、ハードウェア故障だろう。部品破損なら、その部品を取り替えるしかないのだから。
「分かったような、分からないような……」
「データは受け取らないんですが、人間と同じように耳で聞き、目で見て、鼻で嗅ぐことは入力信号になるんですけどね」
「はぁ」
そういう機械系の話は、悠夏は理解できなかったようだ。
「さて、ヘルスチェックが終わったので、もう大丈夫ですよ」
瀧元くんが言ったそばから、警部が目を覚ました。
「あまり、僕の情報を漏洩しないでもらえますか?」
どうやら、メンテ中でも話は聞いてるみたいだ。警部は
「それで、事件は?」
「警部が気絶している間に、色々と進展しましたよ。窃盗の現行犯で逮捕。被害者の女性は、ポーチを盗まれた際に、突き飛ばされて、意識不明になり、一時心肺停止になったものの、被害者の彼氏がAEDを使用し、多数の協力のもと、救急車で搬送される時には、意識を回復。目撃者も多数。この事件は、所轄の警察に引き継いで、本庁に戻りましょう」
「本庁にですか?」
警部はまだ聞かされていないようだ。しかし、悠夏が真剣な顔をしていることで、なんとなく事情を察したみたいで
「別件ですか」
警部と悠夏、瀧元は、タクシーで本庁へ戻る。そして、警部は言わなかったが見逃さなかった。悠夏が、左手に紙袋を持っていることに。そう、あのケーキ屋の紙袋である。藤花と別れる時に、ちゃっかりと受け取ったみたいだ。
*
私服から着替えて、会議室へ向かう。悠夏と警部が捜査本部である会議室の扉を開くと、空気が一変。厳粛な雰囲気である。あまりにもその雰囲気に圧倒され、「失礼しました」と開けた扉を閉めようとしたとき
「特課、入れ」
一斉に警察官の目がこちらに向く。一体、何人の捜査官がここにいるのだろうか。100人ぐらいはいそうだ。
恐る恐る会議室の中へ。こんな大規模な捜査本部は、初めてだ。ここに座りなさいと言わんばかりの最前列に空席があり、そこに座る。
会議には、紅 右嶋警視長、田口 啓正警視正、小渕 創哉参事官がおり、進行は小渕参事官が執り行っている。小渕参事官は、
「これより、本件には特課が加わる。よって、これより情報を整理する。プロジェクターを切り替えてくれ」
会議室の中央には、大きなスクリーンがある。そこに投影する。ちなみに左右は、中ぐらいのモニターがある。
「事件発生は12月20日の夕方。港区にて、6歳の男児、久保 悟君と同じく6歳の男児、鈴本 隆君が何者かに誘拐された。その後、12月22日に、12歳の男児、下地 宰君と11歳の女児、猪坂 結紀ちゃんが行方不明となった。いずれも同一の犯行グループであることが判明しており、犯人は少なくとも3人おり、すでに身元が分かっている。被疑者について、捜査一課から最新の情報を元に報告してくれ」
捜査一課の長谷 貞須惠警部補が警察手帳を片手に立ち上がる。
「事件発生当時、最初の被疑者として、悟くんと隆くんのいる幼稚園で働く、幼稚園教諭の稲月 智恵子、29歳の女性について調べました。職場によると、事件発生後の翌日から音信不通で、無断欠勤。しかし、捜査により、稲月さんも誘拐されたおそれがあり、誰も行方を知らないとのことです。家には帰っていないようで、23日の朝刊がドアの郵便受けに刺さったままでした。次に、被害者家族の身辺を調査するも、共通点は見つからず。しかし、組対五課から誘拐された現場付近にて、薬物の売買が行われたことが判明」
組織犯罪対策第五課こと、組対五課の宇野沢 己奈警部が、挙手して立ち上がる。警部にしては若そうな女性である。
「組対五課から、報告します。取引は、何も知らない一般のアルバイト同士で行われ、いずれも聴取を終えています。今回の事件との関連性は、まだわかりません。しかしながら、取引の最中に、車が急発進する音を聞いたとのことです」
再び、捜査一課の長谷警部補へバトンが渡る。
「使用されたのは、黒のセダン。付近のカメラから、ナンバーを特定したところ、盗難の被害届けが出ており、昨日、江東区の駐車場に乗り捨てられているのを発見しました。おそらく、犯行グループは、別の車に乗り換えたか、車を捨てて公共交通機関を使用した可能性もあり、付近のカメラを現在確認中です」
「駐車場のカメラには映っていなかったのか?」
参事官が問いかけると、捜査一課の藍川 桑栄巡査が挙手して、立ち上がる。
「民間経営の駐車場ですが、車が止められた場所の監視カメラは故障中で、業者が修理を行う前でした。管理人によると、前日にカメラの死角となる上から、何かが落ちて直撃したことにより、破損したとのことです」
「犯行グループがあらかじめ、カメラを壊したという可能性は?」
「考えられると思います。しかし、それを裏付けられるようなものが見つかるかは、かなり難しいかと」
事件の話が進み、悠夏は警察手帳にメモを取る。基本的な情報は、このあと資料を貰うつもりだが、記憶に留めるために手を動かしている。
すると、会議室の後方から「入電です!」と叫び声が。どうやら、犯人から警視庁に電話がかかってきたようだ。電話に出るのは、交渉人、岩橋 和宏警部である。
「もしもし?」
「警部さんか? 準備は出来たか?」
電話の相手は、変声機で声を変えている。
「準備には、時間がかかっているんだ。何せ、大量の紙幣と金塊だからね」
岩橋警部は、ゆっくりとはっきり話す。苛立つ犯人は、舌打ちをする。
「受け取りの日時はこちらで指定する。じゃぁな」
と、一方的に切られた。
逆探知により、犯人がかけてきた場所が判明する。
「電話は、江東区の公衆電話からです!」
「捜査員はすぐに向かえ!」
しかし、この日からしばらく電話は無く、次の連絡までかなり時間が経過するのであった……
To be continued…
急にキャラクターが増えてきましたが、基本的にキャラの風貌はご想像にお任せします。
身体的な特徴は、そんなに深く描かないので。というか、喋ってない人もいるし。
追記。10/16。
今更ですが、藍川巡査が藍川巡査長と、誤記していたので修正しました。なんで、ここだけ……
【11/21 追記】
名前の間違いに、今になって気付きました。修正。