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第39話 抜け落ちた記憶の欠片

 市内にある撫養(むや)塾教室の小さな会議室で、悠夏たちは1月3日の話を聞いていた。

 瀬名は頭をかきながら

「あの日、誰かと話していたような気がするんやけど……、思い出せない……。何かがあって、夜、男たちのところに行った……。で、何かで無性に腹が立って……。気づけば、交番の前にいた」

 あまりにも覚えていないみたいだ。記憶は、改竄や修正されることなく、抜け落ちたままなのだろうか。

「当時のメールやメッセージ、通話記録は残ってるか?」

 榊原警部はそう簡単には消えないと思われる、デジタルな記録について聞くと

「メッセージは残ってるけど、本名じゃないから、誰か分からない……。メッセージは、連絡先を知らなくてもできるから、電話帳には入ってない」

 昨今、電話番号で通話せず、メッセージアプリでデータ通信による通話をする人が増えてきている。だから、電話番号を知らないのは、本当だろう。

「そのメッセージのやりとりを見せてもらえないか?」

 榊原警部がお願いすると、瀬名は「うん……」と、はっきりとではないが返事して、スマホのメッセージアプリを見せる。

 やりとりは、1月2日の夜だ。スーツの男が瀬名の前に現れ、それについて聞いた会話。

 横から覗き込んだ悠夏は、榊原警部に対して、

「これを見ると、事件当夜の際に、彼を家から遠ざけようとしたってことですかね?」

「そうだな。それも、複数人の犯行だ」

 榊原警部は、メッセージを一通り読むと、瀬名にスマホを返した。瀬名は、メッセージに書かれた名前を見ながら、

「これに気づいたとき、乗っ取られたかと思ったけど、なぜか”タカ”っていう誰かが、全然知らない人だと思えなくて……。でも、全く記憶にないけど……」

 スマホを見つめた瀬名は、唾を飲み込み、何かを覚悟したかのように

「教えて……ください。……刑事さんは知ってるんですよね?」

 瀬名が熱くなるため、榊原警部は

「落ち着いて。分かった。話すから」

 と、瀬名をクールダウンさせ、奈那塚の方にも確認をとり、まずは

「1月2日の夜、火事があったことは知ってるかな?」

 奈那塚がうなずいて

「母から聞きました」

「火災があったのは、毛利さんのお宅だ。その毛利さんは両親と息子の3人暮らしだった。で、その息子は、現在行方が分かっていない。我々警察は、彼が生きていると確信を得て、捜索をしている。名前は、毛利 貴之君。彼は、君たちの同級生だ。それどころか、クラスメイトだし、このメッセージの相手だ」

 榊原警部の説明に、2人がどう影響を及ぼし、反応が現れるか、悪い方を危惧していたが、そんな様子はなく。ピンとこないようで、反応が鈍い。

「気分が優れないなら、我慢することなく、言ってね」

 悠夏が心配そうに言うが、瀬名は首を横に振って

「大丈夫だけど、貴之の名前を聞いて、懐かしい感じがした。でも、やっぱり思い出せない……」

 一歩引いたところから見ていた鐃警が、

「デジタルやアナログを問わず、記録としては残っているものの、記憶からは抜け落ちていて、まるで人々の記憶から抜け落ちたと言うよりも、鍵がかかってるみたいですね」

「警部、どうしてそう思うんですか?」

 悠夏が聞くと、鐃警は

「完全に抜け落ちたのなら、瀬名君が”懐かしい”って感じないと思うんですよね。それに、スマホが乗っ取られたかと思ったけれど、メッセージは消さなかった。乗っ取りを否定するだけの判断材料が、まだ頭に残っていたってことですよね。何か切っ掛けがあれば、その鍵が外れないかなって。直感ですけど……」

「今の段階では、仮説でしかないな。否定も肯定もできない」

 榊原警部は、鐃警の考えを否定も肯定もせず、考察の一つとして、保留扱い。この段階では答えは分からない。

 榊原警部が次は何を言うべきか悩んでいると、瀬名がふと

「思い出した……。確か、男の名前を聞いた気が……」

 榊原警部は、すぐに言わず、瀬名に時間を与え

「いがみ……? 確か、男の一人が伊上(いがみ)って名前だった」

 それを聞いて、榊原警部が鞄から事件資料を取り出す。A5サイズのファイルを開き、悠夏に見せた後、机の上に置き、瀬名に見せる。山口県の新聞記事だ。

「事件と関係するか分からないが……。5年前。貴之君の父親が務めていた工事現場で、事故があった。その被害者の名前が、伊上 三見(さんみ)。当時の現場監督だ」

 椅子から立ち上がって、新聞記事を見た瀬名は、目が泳ぎ始め、パイプ椅子に座ろうとするが、誤って座り損ね、壁に頭を打つ。

 すぐに、全員が瀬名の方へ駆け「大丈夫か!?」と、心配すると、瀬名は「いててて」と、打った後頭部を押さえて立ち上がろうとする。榊原警部が手を差し伸べ、パイプ椅子に座らせる。

 転倒が大きな音だったため、生徒のところにいた撫養さんが慌てて

「何の音!?」

 悠夏が撫養さんに説明し、氷と濡れたタオルをお願いする。念のため、()ったところを冷やすためだ。


    *


 車の中で、伊上 彰代(あきよ)はスマホの地図アプリで、何度も住所を確認する。間違いはない。煙草を吸い終えた(せき) 成敏(なりとし)が車に戻ると、

「心配性か? 何度も確認して」

「不安になったときは、確認しないと、気が済まないんだ。目標は、毛利 孝根(たかね)のみ。母親と子供は、無関係であれば、逃がす。父親が殺人犯だと分かれば、逃げても警察には言わないだろう。警察に言えば、自分の父親が殺人であることが明るみに出て、ますます生活しづらくなるだろうからな。石郷岡(いしごうおか)さんからもらった、例の”廃忘薬(はいもうやく)”もある」

 伊上はそう言って、今度は時計を見る。碩は、

「事件に関しては、公表する気はあるのか?」

「再捜査されれば、分かるかもしれないが、警察の再捜査を依頼できるような切っ掛けになるものがない。孝根の証言をボイスレコーダーに残したとしても、それをどう録音したか、聞かれるだろうな。だから、こうやって、鉄槌を下す判断をした。世間からどう思われようが、構わない。最悪、母子を騙してでも、逃がすつもりだ」

「懸念事項だが、中学生が一人で来ると思うか?」

 碩が作戦を改めて確認すると、

「一人ではなかなか来られないだろう。だから、クラスメイトに協力を仰がせる。頃合いを見て、一緒に来たクラスメイトは睡眠薬で眠らせ、一人になったときに話をして、廃忘薬を服用させる。クラスメイトは、早朝、目を覚ます前に、カメラの死角でかつ、交番の近くで下ろす。覚えていないはずだ。世間からは、母子ともに、火災で死亡し、生きていないことになる。廃忘薬で、第二の人生だ。欠点は、母子の関係を忘れると言うことだな……。そこだけは、どうにもできない」

 日時は、1月2日の午後7時40分。碩が別の車に移動し、伊上の乗る車は、毛利家族の家へと向かう。


To be continued…


気づけば、11月。作中は3月。今回の長編は日付が進まないため、乖離(かいり)がさらに大きくなりました。このまま行くと、1年ぐらいずれそう……。

あと、前回の『狭霧の鍵』より長くなりそうですね。これ終わったら、次の長編をやる前に短編をやろうかな。書きたい話はいろいろとあるので。

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