第37話 耳鳴り
2019年1月3日 午後9時半。
瀬名は廃倉庫のパイプを持って、構える。最悪の事態になった。想定していたよりも……。地面には、持ってきた伸縮する護身棒だが、すでに壊れている。
瀬名の向かい側には、男が3人。うち1人が頭を抱えている。先ほど、瀬名が放った1発は見事にヒットしたが、安物の護身棒は壊れてしまった。そのため、瀬名はドラム缶の横にあったパイプをすぐに持った。
「危害を与えるつもりはないって、やっぱ、嘘だったんだな!」
「危害は与えていない。落ち着いて話をするためだ」
中央の若い男はそう言うが、貴之は背中で手錠をされ、椅子に座らされている。分かってたことだけど、正直言って嘗めていた。
「さて、君はそのままでいい。私は、この子と昔話をする」
中央の若い男はそう言って、貴之に近づき
「君は知らないだろうが、私は5年前に父を失った。建設現場で働いていた父は、格好良かったし、自慢の父だった」
中央の若い男の名は、伊上 彰代。19歳である。側近の男は、廣村 達夫と碩 成敏。瀬名が、性懲りもなくハゲ呼ばわりしていたのは碩である。しかし、帽子を被っているだけで、髪型は分からない。どちらも年齢は40歳以上だろうか。
伊上は貴之の顔を見て、語り続ける。貴之は、身に覚えはないので、ほとんど聞き流してもいいぐらいだと考え、全部聞くつもりはない。伊上の父親、三見に関して話しているが、貴之は、ほとんど聞いていない。聞いたことは、右から左へと抜けていく。
話は切り替わり、次は事故について話し始める。
「忘れもしない。山口県南関市の建設現場で起こった事件。あれは、事故なんじゃない。殺人事件だった。でも、警察はすでに事故として片付けており、決定的な証拠が無ければ、動かない……」
一体、何が言いたいのだろうか。貴之は顔を動かさず、目を移動させ、瀬名の方を見たり、周囲を見たりと、余裕のようだ。しかし、次の言葉を聞いて状況が変わった。それは、伊上が放った言葉、
「君の父親が殺したんだ」
一瞬、理解が出来なかった。瀬名もその一言で思考が止まった。
「目撃者の於福や湯ノ峠という作業員が、証言したよ。防音シートの足場を重機のアームで引っ掛けて倒した、と。彼らは目撃し、怪我を負ったにもかかわらず、警察に証言しなかった。それはなぜか。孝根に金を積まれ、さらに現場監督の考えに反対だったからだ。彼らは、そう証言したよ。命乞いをしてね」
どういうことか理解が追いつかず、混乱する貴之。瀬名はパイプを構えたまま大声で
「お前ら、復讐のために、貴之を殺す気か!?」
返答次第では、瀬名は突撃するつもりだ。
「貴之君は、部外者だ。父親が犯罪者なんだぞ。かわいそうな被害者だよ。事件が発覚すれば、近所の人や親戚、友達から人殺しの子どもとして、今後の人生はおしまいだよ」
瀬名は言葉で騙そうとする伊上に対し、
「タカ、こんなヤツの言うことなんか聞くな!」
「そう言う君は、この事実を公表すれば、殺人者の子どもに近づくなと、両親から言われ、貴之君とは離ればなれになるんだよ。辛くないかい?」
瀬名は屈することなく、貴之に声をかけるが、伊上もまた声をかける。すると、廣村の携帯が鳴り、二言ぐらい話すと
「孝根が白状しました。録音して、証拠を押さえました」
信じたくない事実が、貴之の胸を締め付ける。瀬名が何かを言っているが、聞き取れない。耳鳴りがする。
「勇敢な友人代表の、瀬名君だったかな? このまま、貴之君を助けるために、我々に立ち向かっても、貴之君と瀬名君は、事件の公表で離ればなれだ。そんなの悲しいだろ? だけど私は、この事件を公表したい。父親が殺されたのに、裁かれなかった犯人を捕まえるため」
瀬名は、パイプを握りしめたまま、何も言えなくなった。立場が圧倒的に悪い。だからといって、コイツらの言うことを聞かないといけないのか……? 悪いのは誰だ?
「悪者は、貴之君の父親だよ。貴之君にこのことを話せば、貴之君が危ない。口封じに……されるかもしれないよ」
伊上の言葉に反論できない。どうすれば……。突破口は……?
そして、廣村が報告を聞いて、さらに畳みかけるように
「残念なお知らせがひとつ……。訃報が……」
「どうした?」と、伊上が問うと、廣村は表情を曇らせ
「いえ……。今言うと、彼の精神的に……」
瀬名も貴之も、”彼”という言葉が誰に向けたものか分かった。貴之のことである。
「いずれ、知ることだ……。教えてあげなさい」
廣村は何か言おうと口を動かすが、なかなか言えず、息を深く吸い込み、ゆっくりと
「証言を聞いてしまった奥さんが、孝根に襲われ……。うちのメンバーが止めようとしたのですが、あっという間のことで……」
それを聞き、貴之の耳鳴りがさらに強くなる。伊上は
「無関係な人間には影響に無いようにと、あれほど……。目的は、孝根だけだぞ……」
しかし、廣村は首を横に振った。伊上は舌打ちし、すぐに廣村と碩に
「貴之君の手錠を外して、ベッドに運べ。飲み水と塗れたタオルを用意しろ。すぐにだ!」
指示された2人はすぐに返事をして、碩が手錠を外してベッドへ運び、廣村は、発電機と繋がれた小さな冷蔵庫から飲料水を取り出す。
伊上は瀬名の方を向き、
「瀬名君、手伝ってくれ。貴之君を病院に連れて行けば、すでに殺人を犯した父親の子どもとして、外部からは救うことが出来なくなる。警察は、いなくなった貴之君を探すだろう。もう選択肢がないんだ……」
瀬名は衰弱する貴之を見て、今は言うとおりにすべきだと、その1択しかないと、他に考えられないと感じ、頷いた。アリーや遙華、遙真たちに連絡するか悩んだが、伊上の判断で
「今、他の人に連絡すると、大人や警察などに知られる可能性が高い。なぜなら、他の人は、貴之君の現状や未来を知らないからな。本来の計画と違うから、連絡は念のため、やめてくれ」
瀬名はリスクを考え、やむを得ず従った。連絡を絶ちきり、容体が安定したのは午前0時前である。このとき、瀬名やアリーたちは、火災のことをまだ知らない。
瀬名はまだしも、アリーたちは火災のことを知っていたとしても、まさか自分のクラスメイトの家だとは、夢にも思わなかった。火災の詳細を知ったのは、日の出以降だった……。
*
2019年3月10日。午後4時20分。悠夏は、蔵本巡査に電話で当時の話を聞いていた。
「確か、女の子の名前は、なんとか塚 アリーっていう名前だったかな……?」
蔵本巡査の曖昧な記憶だが、悠夏は自分の弟妹のクラスメイトに関して、1月に調べており、名前に心当たりがあった。
「つまり、1月4日の早朝に、奈那塚 アリーというハーフの女子中学生が来たわけですか」
「そうそう。そんな名前の子。探して欲しい子の名前は、瀬名君だったかな。捜索の書類を作っていたら、その子が交番前に来て、女の子が泣きながら名前を呼んでたから、間違いないかと」
瀬名という子についても、同じく悠夏は分かった。
「瀬名 大悟君ですね。何時頃か憶えてますか?」
「午前6時前だったかな」
どうやら、その2人に聞く必要がありそうだ。ただ、憶えてはいないだろうが……
To be continued…
今年は、作中で令和発表かつ平成最後の4月突入ぐらいはいくかな。いつも通り、予想よりも長くなっております。
貴之君の携帯電話は火災現場から発見されているため、すでに手元には無いことが考えられます。倉庫到着前に奪われたのでしょうか?消火活動前に、現場に持って行ったと考えると、午後9時前には現場に無ければ話がかみ合わないですね。ただ、消火活動後に、火災で燃えたようにカムフラージュした携帯電話を投げ入れた、という可能性もないとは言い切れないのですが。(本編に書き忘れたのでここに書く)




