第36話 事故と事件
2014年。山口県南関市。高層マンションの建設は、かなりの鉄骨が組み上がってきた。しかし、地盤の強化が予定よりも長引き、工期が3週間ほど遅れている。そして、事件が起こる。お昼の休憩中に、現場監督の伊上 三見がいつもの場所でお弁当を食べていると、どこかで重機の音がする。お昼の休憩中は、安全上の理由により、重機や機材などを使用してはいけない決まりだ。それなのに、重機の音がする。確認すべく伊上が、お弁当を置こうとした、そのとき、重機がポールに当たる音がし、防音シートが骨組みごと倒れ……
近くで図面を確認していた於福や湯ノ峠たちも巻き込まれ、負傷。救急車とレスキュー隊が到着した頃には、重機は元の位置にあり、誰が乗っていたか分からない。
さらに、その重機に関して、警察の事情聴取では誰も話しておらず、捜査資料には全く記載されていない。警察は誰も知らない。
事故として処理された。しかし、伊上には一人息子がおり、2017年にある情報を手に入れた。息子の名前は、彰代。現在19歳。石郷岡という男から聞いた話で、現場監督を狙った殺人だったこと、一部の人間が事件に関係することを、わざと隠しているということ。そこから、昨年の年末にかけて、ありとあらゆる方法で情報を手に入れ……
*
2019年1月3日。木曜日。吐く息は白い。比較的人の少ない公園で待ち合わせており、貴之はスマホで時間を確認する。ベンチに座っているが、お尻が冷たい。遠くから、自分を呼ぶ声があり、そちらを見ると、瀬名がオレンジ色のニット帽を被っており、
「よっ。気になる? これ、この前の誕生日でもらったんだよね」
と、会って早々、自慢げにニット帽を披露する。瀬名の首元には、お気に入りのヘッドホンをかけている。一人の時は、ヘッドホンをつけているらしいが、皆の前では首元にかけているだけで、ファッションアイテムと化していた。あと、首元のネックレスは昨年の誕生日にもらったものだ。瀬名の誕生日は12月30日であり、親戚からは誕生日のお祝いとお年玉がセットになることなんて、よくあることらしい。
「他のメンバーは?」
瀬名が周囲を見渡すが、到着しているのは貴之だけだ。瀬名は街灯に凭れ、貴之はベンチに座ったまま、
「初詣のときに、遙華ちゃんと遙真は、東京の姉が帰ってくるって言っとったから、声はかけてない。アリーはもうすぐ来ると思う」
残りのメンバーは、日本人の母とアメリカ人の父をもつ、ハーフの女の子、奈那塚 アリー。ずっと日本にいるため、英語は授業で習ったぐらいしか喋れない。
「お、来たみたい」
遠くの方からアリーが手を振っており、貴之が手を振る。瀬名は、アリーの格好を見て小声で
「こんな寒い中、スカートやぞ。女の子は大変やな」
「言うて、瀬名も大概やけどな……」
と、貴之は、基本的にどんな状況でも、首から使わないヘッドホンを外さない瀬名を揶揄する意味で、そう言った。瀬名は気にないようで、これといって反応しなかった。
アリーがベンチに座ると、すぐに本題へ。
「メッセージの件、あれ、何があったん?」
アリーが心配そうに二人に聞くと、
「昨日の帰り、知らんハゲが、タカのことを言うたから」
瀬名が相変わらず、男のことをそう表現しているが、本当に髪型に特徴があるかは不明である。
貴之は、昨晩のことを話す。帰り道に家の前に1人と、自分のところに2人現れた。そして、貴之に話した一部始終。
内容を聞いたアリーは、
「それ、警察に言った方が……」
「でも、男は警察に言うなって……」
瀬名が反論するが、アリーは
「そんなん、常套文句やけん、言った方がええんとちゃうん?」
常套文句と言われ、2人とも反論は出来なかった。
「分かった。じゃあ、明日の朝、どっちからも連絡が無い場合、アリーが警察に」
連絡を、と瀬名が言い切る前にアリーは表情を変えて
「なんでそうなるん? 今晩寝れんやん」
そりゃ、アリーは気が気じゃないだろうな。クラスメイトがそんな危険な状況のときに、寝付けないだろう。
「確か、今晩は好きな配信者の夜通し生放送があるって、楽しみにしてただろ?」
アリーが、冬休み前にそんなことを言っていたのを、今思い出した。アリーはどうやら見る予定だったらしく、
「そうだけど……」
大人気とか、有名とまで言わないが、2年前から好きな配信者がいる。5人組のグループで、チャンネル名は”みんなと僕らの物語”。噂だと高校生か大学生らしい。主にゲーム実況を独自のルールで行っており、最近は顔出しもちょこちょこしている。今回は、有名なグループのチャンネル名”イプシロンと同級生”が主催するイベントに参加するらしい。1つのゲームを複数の人でリレーし、第3走に抜擢された。ちなみに、全部で7グループがコラボとして参加している。
で、瀬名の言い方的には、貴之と一緒に瀬名がついて行くような感じだが、当の貴之は、そもそも行くかどうか悩んでいた。瀬名は
「大丈夫だ。心配すんな。なんせ、五本の指に入る剣士がお供するんだからな」
と、剣道の振りを始める瀬名だが、貴之は横目で
「竹刀を持って行っても、盗られるんじゃ……」
「竹刀なら、な。この前買った、伸縮する防犯のヤツを持って行く」
おそらく、伸縮する護身棒的なものだろうか。瀬名は、剣道の県大会で個人戦第5位であり、強いのは確かだ。大人数や飛び道具を使われると、流石に無理だが。
*
2019年3月10日。午後4時10分。悠夏に連絡が入る。電話は鯖瀬巡査からだ。
「榊原警部にかけたんですが、繋がらなかったので……」
「多分、車で移動してる最中だと思う」
「じゃあ、折り返しがくるのかな?」
「おそらく。で、用件は?」
「県警本部の方で、火災が発生した前後に、別の事件がなかったか調べてたんですが、捜索願いが出される前に解決した失踪事件があったことが分かりました。1月4日の朝一番に、中学生が『返事が返ってこない』と、交番に駆けつけて、交番勤務の巡査が事情を聞いていると、その子が交番に現れて解決したため、記録も残っていないんですが……」
「それが、貴之君?」
「いや、別の子ですね。で、県警本部によると、そのとき担当した巡査は、2月に異動して、例のウミガメで有名な交番に勤務してます」
徳島県南部の海岸にはウミガメの上陸で有名な浜辺がある。その近辺付近で問題が発生しないように警戒すべく、昨年新しく開設した”徳島ウミガメ専門交番”。悠夏は言われてすぐに分かった。ただ、ここからだと遠い。直接聞きに行けない。
「で、そこの電話番号を教えますので。あと、蔵本巡査は、現在パトロールで出ており、4時15分には戻るそうです」
悠夏は、鯖瀬巡査にお礼を言って、電話番号をメモする。電話を切って、スマホの時計を確認すると、4時13分だ。まずは鐃警に報告。
「警部。新しい情報で、貴之君が失踪したころに、別の中学生が一時的に音信不通だった可能性があり、こちらから担当した巡査に連絡します」
To be continued…
2014年、2019年1月と3月という3つの話が同時進行中です。
今回も会話は方言で。そこまで伝わりにくい方言は使っていないとは思いますが、どうなんでしょう。
現実と作中の時間がさらに開いてきましたね。今年中に、作中で令和を迎えない可能性が濃くなってきました。