第35話 知らない男
2019年1月2日。水曜日の午後8時。中学3年の毛利 貴之は、同級生と遊び疲れ、自転車で帰りを急いでいた。親には、夕食は食べて帰ると伝えており、帰ったらすぐに風呂に入り、自室で動画を見てから寝ようと考えていた。
家に近づいていると、いつもとは違う何かを感じ、自転車を止める。自転車のライトは、走らないと光らないため、真っ暗だ。
「誰だろう……?」
暗くて分からないが、知らない人が自分の家の前におり、門前払いを食らっている。このまま近づくと、知らない人が戻ってくる可能性があるため、遠回りするか少し待とうかと思っていると
「どうしたんだい?」
後ろから急に声をかけられ、貴之は驚いた。振り向くと、男が2人。黒いスーツを着ているが、着崩しており、第一印象は怖かった。すぐに逃げなければと、自転車を漕ぐが、すぐに男に止められ
「何処に行こうとしてるのかな?」
ヤバイ。助けを呼ぶべく、ここは叫ぶべきか。でも、声が出ない。
「何も、君に危害を加えようってわけではないよ」
わざわざそう言うってことは、このあと力尽くで来るのでは……。
「君、あの家の子だよね?」
そう言われて、さらに怖くなってきた。なんとか声を出し、
「わか、わかりません……」
「ん? 何だって?」
「何なんですか……、あなた方は……」
「君の両親に用があってね。やっと見つけたんだよ。5年もかかった。5年だよ。君は何歳かな?」
圧を感じ、貴之は2人の顔を見るのをやめ、自転車の前方を見る。
「ただ、君は関係ない。だから、君には選択肢を選んで欲しい」
男の言っていることが、一向に理解できない。訳が分からない。
「明日の夜8時に、ここへ。来ないというのも、選択のひとつだが、あまりオススメしない。何なら、1人では無く、親以外の人と一緒でも構わない。警察を連れてくると、君の方が不利になるから、気をつけた方が良い」
そう言い残して、男は家とは反対方向に去っていく。しばらくすると、車のドアが閉まる音とエンジンの音が聞こえ、遠ざかっていく。
しばらく、その場から動けずにいたが、怖くなり自転車を漕いで、家の中へ。風呂に入り、自室のベッドの上でスマホを見る。メッセージで、誰かに相談したいと思うが、巻き込みたくない……。
そんなふうに思っていると、メッセージが1件届いた。クラスメイトの瀬名 大悟からだ。
瀬名:{さっき、帰り道に変なおっさんからタカに連絡した方が良いって聞いたけど、なんかあったん?}
毛利:{変なおっさん?}
返信すると、すぐに反応があり、連投で
瀬名:{そう}
瀬名:{スーツ着たハゲ}
髪型に特徴がある人物なら憶えているはずだ。記憶にないってことは、自分は会っていない人だろうか。
貴之が返信しないでいると、瀬名から
瀬名:{ここらで見たことない人だったけど}
毛利:{たぶん、その仲間から 明日来いって言われたんやけど、どうしたらいいと思う?}
瀬名:{え?}
瀬名:{どういうこと?}
瀬名:{ハゲが濃いって?}
瀬名からのメッセージは、慌てて書いたらしく、”来い”が誤変換で送信されていた。
毛利:{ひとりじゃなくてもええって}
瀬名:{何それ。こわっ}
そのあと、しばらくメッセージのやりとりが止まった。それが、冗談では無いことを実感させ、瀬名は確認のため
瀬名:{行く気なん?}
と聞くと、貴之は悩んで、
毛利:{わからん}
毛利:{どうしたらいいんやろ?}
瀬名:{明日、直接話そう}
瀬名:{朝は家の手伝いがあるから、昼前に!}
すぐには答えが出ないため、明日に直接会って話すことを提案され、貴之は”了解”と”ありがとう”だけ送って、就寝することにした。でも、すぐには寝付けなかった……
*
2019年3月10日。日曜日の午後4時。捜査範囲がさらに広がり、過去の事件との関連なども再捜査しているが、まだ手がかりはない。1月の時点でまとめられた事件資料には、焼死した毛利 孝根さんと妻の恵美さんに関しての情報も記載されている。
孝根は、5年前にとある事件の容疑者として事情聴取を任意で受けていたらしい。事件は、山口県南関市で発生した死傷事故である。当時は殺人の線もあったが、最終的には事故として処理されていた。被害は、現場監督が1名死亡し、数名が怪我を負った崩落事故である。
当時、崩落したのは防音シートの壁である。建物の周りを囲っていた防音シートが、何かの拍子に崩れ、その下敷きになった。昼食休憩中のため、作業員のほとんどは建物の外にいたため、被害は少なかった。当時、無風であり防音シートの接続部が緩んでいたため、過失や殺人の疑いで捜査を行った。
孝根は、怪我をした1人であり、その事件後は、退職している。4年前は、別の会社に就職したが、工事関係の会社では無く、流通業界だった。
悠夏は、鐃警と鶴城神社周辺を手当たり次第に捜索中。新たな情報は手には入らないまま。
「もし、貴之君が自由に動ける場合、周囲の人から自分の記憶が消えていたら、誰かに相談すると思いますが……」
悠夏がそう呟くと、鐃警は
「誰にも憶えられていない……、そんなことを他人に説明したところで、笑われるだけだと思いますね。誰も憶えてないから、相談できる相手は赤の他人しかいませんし、赤の他人がそんな妄想染みたことを真面目に相手すると思えないですね。警察も事情を知らない場合は、フィクションだと考えて、門前払いでしょうね」
事情を知ってても、信じる人は少ないだろう。現に、これほど時間がかかった。発生から、すでに丸2ヶ月が経過している。
「事件当日、貴之君の姿は現場付近で確認されず。以降も、家には近づいていないみたいですね」
貴之君と火災が無関係であることは、1月に分かっている。放火犯は捕まっているし、焼死したか、家にはいなかったか。そのどちらか。焼死体は見つからず、失踪の可能性もあった。ただ、誰も憶えていないため、捜査が滞ってしまった。やっと再び捜査が動き始めたのに、まだ情報は手に入らない。
一体、どこで何をしているのだろうか……
To be continued…
方言が多いけど、伝わるのかなと少々不安。
メッセージの部分は、なんとなく吹き出しっぽい波括弧を使ってみましたが、深い意図は特にないです。この次も、会話部分は方言が多いかも。