第34話 鶴城神社の初詣
レンタカーの運転は榊原警部。助手席に悠夏、後部座席に鐃警が乗っている。鐃警の隣に座る藍川巡査は、後部座席で事件資料を読んでいる。
西阿波市四国三郎2丁目で、2019年1月3日の夜9時過ぎに火災の通報があり、消防隊が駆けつけ、消火活動を行った。22時頃に鎮火したが、毛利 孝根さんの家1棟が全焼した。現場検証の結果、2人の焼死体が発見され、孝根さんと妻の恵美さん。長男の貴之君の携帯電話が現場で見つかっており、瓦礫に埋もれている可能性が高かったが、結局発見できず、焼死として処理された。埴渕 真妃被疑者は、愛媛県内にて別件で逮捕されたが、後に厳重注意で解放され、そのまま徳島県警に連行。1月6日に不法侵入及び放火の容疑で逮捕。
資料を捲ると、写真が数枚挟まって、写真に”貴之君”と書かれ、赤丸と矢印で本人を示している。
さらに、別紙として手書きのルーズリーフをコピーしたものがあり、それを見た藍川巡査は
「佐倉巡査の”きょうだい”と、同い年どころかクラスメイトだったのに、記憶にないって不思議ですね」
話を振られたので、悠夏は、弟妹が通う中学の資料を見ながら、
「愛媛県警の管轄内で、被疑者が別の事件を起こしたため、初動は予讃警察署の中萩警部を筆頭に、火災についても捜査したんですが……。近所の人も貴之君について、何も憶えていないそうです。不思議がってました。阿北警察署に移管しても、気になって調べてけれど、お手上げ。そう聞いてます。阿北警察署でも、引き続き捜査したものの、捜査が頓挫し、」
「学校の先生に、同級生。友達、近所の人。市役所、かかりつけの病院。愛媛徳島の両県警、警視庁……。思い当たるところは調べたが、誰も憶えていない。テレビ局やラジオ、ケーブルテレビ、子供会、町内会、小学校や幼稚園まで遡っても……」
榊原警部がこっちに来て、一通り調べた場所である。鐃警は、藍川巡査の持つ事件資料を覗きながら、
「現場には、コンクールのトロフィーがあったらしいですね」
「あぁ。ピアノのコンクールらしいが、当時のケーブルテレビや地方新聞などで取り上げられ、資料は残っているが、担当が憶えてない」
と、榊原警部はカーナビの縮尺を変え、
「まだ距離があるな……」
カーナビに設定された目的地は、鶴城神社である。
「これって、やっぱり……、以前言っていた、怪事件ってやつですか?」
藍川巡査が恐る恐る聞くと、榊原警部は
「それ以外に考えられないだろうな。明らかに、異常だ。普通では説明できないような、あり得ないことが起こっているからな」
悠夏の携帯が震え、すぐにメッセージを確認すると
「今、阿北警察署の鯖瀬巡査から、”科捜研の結果が来た”と連絡がありました」
「結果は?」
「学校行事の映像から貴之君の特徴を解析し、変電所に設置されたカメラの映像を調べたところ、映ってたそうです。そのときの映像もきてますが、このままダウンロードすると通信制限になるんで……」
鯖瀬巡査とのやりとりは、悠夏の私物のスマホである。クラスメイトとのやりとりなので、わざわざ仕事用のタブレットで連絡するのが面倒だったからだ。
「確か、鞄にモバイルWi-Fiが入ってたと思う。それ使って、確認してくれ」
榊原警部は荷室を指差し、藍川巡査が後ろの荷室にある鞄を開いて、ガサゴソと探すと、モバイルWi-Fiを発見。悠夏のスマホをモバイルWi-Fiに接続し、映像をダウンロードする。3分ほどして映像が見えるようになった。
「変電所の映像、元日の2時ですね……」
悠夏が再生した映像は、人の輪郭が表示され、薄暗い映像でも分かりやすくなっている。カメラの方向は、変電所前の通り。道にセンターラインはなく、なんとか乗用車が対向できるぐらいの道幅である。企業や商会、婦人会の名前が書かれた提灯があり、道は明るい。
初詣を終えた人々や、初詣に来る人もおり、賑わっている。10秒ほどして、中学生の集団が現れる。一人だけ、輪郭が赤い。おそらく、貴之君であることを示しているのだろう。
「……。うちの弟妹が……いる」
弟妹を見間違えるはずはない。この映像から、初詣で一緒にいたことが分かった。ということは、貴之君と遙華、遙真は友達だったことが考えられる。本人達は憶えていないが。
映像は20秒ほどで終わった。悠夏が動画を閉じると、さらにメッセージが届く。確認すると、
「まだ確認中の段階ですが、阿北警察署からの報告で、貴之君の生存を示す映像が出てきたらしいです。これで、県警も本格的に捜査の立て直しをするとのことです」
メッセージには、変電所で3月の映像に貴之君らしき少年が映り込んでおり、解析中とのことだ。
榊原警部は、カーナビの左下に表示された現在時刻を確認し、
「鶴城神社に着いたら、すぐに周囲の捜査をする。相手に気付かれると、別の場所に移動することも考えられる」
悠夏は鯖瀬巡査にメッセージを送り、その返答を読んで
「阿北警察署のメンバーは、20分ほどでこちらに合流できそうです」
時刻は午後2時。天候は、たまに太陽が雲に隠れるぐらいで、晴れている。今朝降った雨でできた水溜まりは、日影に残っているくらい。
鶴城神社は55段の石階段の上にある。石階段の真ん中には、手すりがあり、幅は十分にある。この日、神主さんは不在で、社務所も真っ暗だ。神主さんには、阿北警察署から連絡しており、今週は仕事で出張して戻らないらしい。ここから4分ほど歩いたところにある”つるぎ西商店街”の会長が、ここの合鍵を持っているらしく、境内の捜査は会長に立ち会ってもらうことに。会長と神主さんは、古くからの友人らしく、遠出する場合はいつもお願いしているらしい。
小籏 もとみ会長は、6つほどの鍵が一緒になった鍵束から、シールを頼りに本殿の鍵を探し
「これこれ、この鍵。保科ちゃんには、私からも話をしとるから、中は自由にしてもらってかまへん。ただ、物にはあんま手を触れんとって、って。掃除と片付けが大変やから」
保科ちゃんとは、神主の保科 景子のことである。なお、会長も神主も50代の女性である。
本殿の施錠はされており、榊原警部が一通り確認するも、特には手がかりになりそうなものが見つからない。藍川巡査は、同じく解錠して貰った納屋を調べるが、異常なし。
悠夏と鐃警は、変電所の近辺を見渡すが、人通りが少なく、聞き込みをしても空振りばかり。
阿北警察署の捜査官と合流し、範囲を広げて、聞き込みを行うが、情報はなかなか手に入らない……
To be continued…
本編で書き忘れましたが、残念ながら1月20日の変電所の映像には、貴之君は映ってなかったそうです。人影は別人。ただ、偶然にも別日に貴之君が映っていたみたいですね。
さて、今回の話は何話渡るのかな……?




