第31話 御法度
VRゲーム『狭霧の鍵』は、ついに最終章に突入した。クライマックスの展開として、主人公の私服警察官、橋爪 篤哉は、自分の家族を人質に取られ、その犯人が警察内部の人間という展開だ。しかも、序盤から中盤まで事件を報告していた警部が黒幕だった。中盤で、警部が昇格して新たな女性の警部が登場し、橋爪が恋する展開もあったが、分岐ルートは無く、告白する展開は無かった。もしかすると、エンディングで告白して結婚エンドだろうか。とか、予想しているがどのような展開になるのだろうか。また、最終章へは、これまでの街で発生する事件の逮捕者数が進める条件となっており、メインストーリーだけ進めていくと、最終章へは進めない。そういう条件解放は、ゲームにはよくある。
藍川巡査たちは、もう鹿児島県に着いている頃だろうか。最短ルートなら、飛行機だろう。品川から福岡まで、リニア中央新幹線及びリニア四国横断新幹線を使って、乗り換えなしで行ったとしても、その後の福岡から鹿児島までの所要時間が、九州新幹線で1時間半程かかる。それなら、羽田空港から鹿児島まで飛行機で行った方が早い。
流石に、VRゲームをこんな長時間すると疲れる。ゲームの難易度は、余所見さえしなければ、程よい難易度だが、目的はゲームクリアじゃない。ゲーム内にある事件の手がかりを探すこと。VRなので、上下左右前後を見ないといけないこともあり、体を使って疲れる。悠夏は、現在の進捗具合を確認するため
「警部。これって、そろそろエンディングですか?」
と、ゲーム情報を調べた鐃警に聞くと
「犯人逮捕で通常エンド。真犯人逮捕で、真のエンディングが見られるそうですよ」
「え? この浅岡警部が黒幕じゃ無いんですか?」
「浅岡警部も犯人の一人です。浅岡警部がラスボスで、ある条件を満たすと、真のラスボスが現れるみたいですよ」
「それって、見つけた証拠が少ないってことですか?」
ゲーム内で見つけた証拠品アイテム。浅岡警部を逮捕する証拠として十分だ。浅岡警部のいる場所へ向かい、戦闘があるぐらいかなと思っていたら、その先があるとは。
「警部。この犯人は誰ですか?」
「それを言うと、ネタバレでは?」
「目的がこのゲームなら、確かにネタバレは嫌ですけど……。目的は、捜査のためですから」
ただ、肝心の捜査に繋がりそうな手がかりは何もない。流石に、本編には仕掛けられていないのであろう。最終章で必要な証拠品を4つ集めると、画面が切り替わる。
「犯人の名前を入力せよって、出てきたんですが……」
入力式のテキストボックスだ。本編で文字入力が登場するのは初めてだ。選択肢じゃ無いのか……
「これって、”浅岡警部”って入力すればいいんですかね……?」
一応、鐃警に確認すると
「ちょっと待ってください……。攻略サイトだと、そんな入力欄なんて出てこないんですけど……。そのまま4つ集まると、最終決戦に遷移するはずですが……」
さらに、悠夏が気付いたこととして、
「キーボードの入力……、かなと英数字は分かりますけど、なんで記号も?」
内線番号のときは、数字だけ入力できるような表示だった。名前の時は、ひらがなと漢字変換だけだったし……
「あと、この表示の後ろで話が進んでるみたいですよ……」
確かに、主人公が浅岡警部を見つけて、会話するムービーが流れている。
「バグですかね?」
何かシステムの不具合で表示が変になった可能性はある。試しに、セーブ地点からやり直すと
「やっぱり、表示されますね……」
同じタイミングで、さっき見た表示が出る。入力欄もやたらと大きい。何文字入力させるつもりなんだろうか……
「実況動画とか見ても、そんな画面は出ないということは……」
鐃警が何か思いついたのだろうか。少し期待したが、
「どういうことだろう……?」
分かってないみたいだ。「どっか、フラグが……」とか「鍵になるアイテムが……」など、いろいろと言っているが、結局のところ、分かっていないようだ。
「長い文章って、ひとつ心当たりがあるんですが……」
悠夏はそう言って、ヘッドマウントディスプレイを外し、髪を整えると
「使ってなかったのがひとつ……」
サイバーセキュリティ課で印刷した資料のうち、一枚を取り出して、鐃警に見せる。
「それですか……?」
鐃警はあまり賛同しないようだが、悠夏が見せたのは例のSQL文である。英単語がいっぱい並んでおり、意味は分からないが、この量なら、あの広い入力枠が結構埋まるだろう。
「あ、でも、これを付けたら見えない……」
ヘッドマウントディスプレイを付けると入力は出来るが、肝心の紙が見えない。
「付けずにディスプレイで見ればいっか」
そう言って、ヘッドマウントディスプレイをテーブルの上に、良い感じの向きで置き、悠夏はディスプレイを見る。
「それ、VRの意味無いでしょ……」
と、鐃警が言ったけど、悠夏は入力に集中して、聞こえないみたいだ。
「一応、伊與田さんに連絡しますね……」
鐃警は内線でサイバーセキュリティ課へ連絡する。
8分後。悠夏はすでに入力が済んでいるが、誤字が無いか再チェック中だ。文字数が多く、普段使わない英単語の羅列で、タイプミスする可能性は高い。
悠夏がディスプレイで一文字ずつ、紙と照らし合わせていると、扉が開いて、伊與田がやってきた。
「呼ばれたので、来ましたが……」
そう言って、欠伸する。鐃警が欠伸を見逃さず、
「伊與田さん。睡眠不足ですか? そんな大きな欠伸して」
「多分、夜遅くにまた呼ばれるかもしれないと思ったので、休憩室で仮眠を取ってました……」
「寝起きってことですか。空振りかもしれないんですが、佐倉巡査の推理を見てもらえますか?」
伊與田は、また欠伸して、悠夏の方へ歩き、ディスプレイを覗くと、
「例のSQLですか」
「『狭霧の鍵』で、通常プレイでは表示されない入力欄が急に現れて、入力の種類に記号が増えたことから、もしかしてと思い……、一言一句、間違えずに入力したつもりですが……」
悠夏が説明すると、伊與田はディスプレイの文字を見て
「SQLだと、厳密には間違えているんだよな……」
「えっ?入力が間違えてますか?」
「いや、そもそも文法が。もし、これが……、何て言うか……」
伊與田が用語を思い出すために、少し頑張って
「えっと、確か……、SQLインジェクションという攻撃手段にするには、パーレンが足りないし、最後がセミコロンじゃないといけない」
「すみません。日本語でお願いします」
鐃警がIT用語にツッコミをいれると、伊與田はかみ砕いて
「アプリの……、この場合だと、『狭霧の鍵』が対策していない場合、特殊な入力方法で、データを外部から混入して不正操作を行う。ただ、大抵の場合は対策されており、細工することは出来ないのだけど……」
よく分からないが、パーレンとは、()のことであり、セミコロンは;である。まぁ、なんか特殊なことなんだろうと思い、悠夏は確認として、
「なんか、マズいことってありますか?」
「このSQLが文法的に間違っているから、そもそも動かないだろうな。問題は無いはず……」
悠夏は、伊與田の言葉を信じ、確定キーを押すと、急に画面が真っ暗に。急なことで驚くと、真っ黒の画面上に白い文字が少しずつ表示され……
「杉戸 三荷……?」
To be continued…
思わぬ人物の名前が……




