第30話 動画ファイル
2019年3月4日。事件を記録したデータベースの照合が終わり、悠夏は結果が印刷された紙を見て、
「先ほどの、人事異動で死亡退職と表記されていたのは、2018年3月18日のバスジャック事件の被害者でした。田巻 吉規さん。バスジャック事件の犯人である男に向かって、果敢に立ち向かうも、深手を負って、病院に搬送される前に死亡。当時の事件資料から、勤務会社がリアーリャ・チバティルで、経理部の人でした。警部の勘で、調べてみて正解でしたね」
鐃警の勘を信じて、調べて結果分かったことだ。でも、
「ただ、関連性は見当たらないですね……」
いくら点が増えても、線で結ぶことが出来なければ、分からない。当時の事件資料を見ると、
「杉戸さんも同じバスに乗っていたみたいですね。事件資料に、証言が記載されてます」
「証言の内容は……」
鐃警は、悠夏から事件資料を受け取り
「バスが交差点進入時に、指示器を付けずに右折。犯人の2名のみ立っており、両名が遠心力により転倒。片方は、頭を強打して気絶。もう一人は肩をぶつけたが、手すりを持って立ち上がる。犯人は逆上し、急ハンドルを切った運転手へ、刃物を持って襲いかかろうとした。運転手が襲われると、乗客全員が危ない。田巻さんが果敢に立ち向かい、犯人を取り押さえるが、自身も深手を負う。この状況について、杉戸さんが証言しているんですね。犯人である2名、及部 朝矢受刑者と賀井 太居受刑者も、急ハンドルの流れまで同じように証言してますね。及部受刑者に関しては、気絶していたため渦中の証言はないみたいですが……」
そう言って、鐃警は事件資料を捲る。そこからは、無言で読み進める。資料を最後まで見ると、
「犯人以外の持ち物って、調べたりは……?」
「さぁ……?」
流石に、資料に載ってないことは、悠夏も分からない。
「田巻さんの荷物について、どこにも記載が無いですね。誰が引き取ったんでしょうか?」
「普通に考えると、杉戸さんですか」
鐃警も悠夏の推理通りだと思うが、何か気になっているようで、
「ここに書かれている杉戸さんの証言では、田巻さんが電車遅延のために早く出社しようとしたとありますが、何か引っかかるんですよね……」
引っかかるだけでは、何の意味もない。悠夏と鐃警が考えていると、サイバーセキュリティ課の伊與田がパソコンを持って、
「お待たせしました。例の音声が再生できるようになりました」
動画ファイルの”MOV_0010.mov”のことであろう。
「動画ファイルですが、映像は真っ黒でした。ただ、音声が入っていて……」
伊與田が再生すると、聞き取れない声が流れる。独特な巻き戻しのような声。
「これを逆再生すると……」
と、伊與田が逆再生で編集した音声を再生する。後ろの音から察するに、居酒屋だろうか。籠もったような音で、2人の会話が記録されていた。
A:これは社内開発費で消費するしかないだろ。決算に間に合わない……。警察事になれば、お前のプロジェクトも頓挫するぞ。
B:ですが、
ここで、音声が5秒途切れる。おそらく、前後のつながり的に人の名前だろう。
B:さんの鞄から出てきたこれは、紛れもなく……
A:それは、シュレッダーではなく、燃やして捨てろ。
ここも名前だろうか。2秒ほどして、また音が途切れ、
A:が、朝早くに出社しようとしたのは、これを改竄するためだ。経理の人間が、俺らの金を盗んだ……。その罰で、あいつは死んだんだろ。
B:だからと言って……
ここの音声は途切れていないが、Bの人物は発言を止めた。ジョッキを机の上に置く音がして、
A:どうした?
B:いえ、なんでもないです……
音声はそこで終わった。悠夏は、これまでのことを踏まえて、
「これで、点と点が繋がりますけど……」
「一度繋げると、そう思い込んでしまい、他の可能性を潰しかねないので……」
鐃警は慎重なようだ。悠夏は
「警部は、そのままの考えでお願いします。私は、この可能性で探ってみます」
悠夏の考えは、次の通り。田巻さんが、1千万円を横領した可能性。音声の2名は、社内の注文書(設計部から開発統括部へ)を発行して、1千万円を開発費として消費。このときの利益は0円で計上したのだろう。どのように偽装したのかは、捜査しないと分からないが……。音声の2名は、声紋照合すれば、誰か分かるだろうが、おそらく1名は杉戸さんだろう。バスジャック事件のあと、田巻さんの鞄の中を見て、何らか横領の証拠を発見し、相談したのだろう。その相手か、今回の事件の犯人が内線番号5989の人物。決算書の修正前後を比較すると、1千万円違う。
一応、調査できないデータベース以外の情報は、全て繋がった。ただ、これらの情報だけで結んだだけで、他の可能性はいくらでもある。
*
同日。午後3時。捜査会議が行われ、特課はいつも通り、最前列の中央だ。正直、最前列とか嫌だが、まぁ断ることは出来ないので……。捜査会議では、特課の情報と藍川巡査たちの捜査報告を中心に、悠夏の推理が最有力として共有された。結果、捜査会議の結論として、有限会社リアーリャ・チバティルへの家宅捜索を視野に、捜査を続けることとなった。さらに、特課からの依頼で、内線番号表を手に入れた藍川巡査が5989を確認すると
「内線番号5989は、無いですね……。欠番になってます」
唯一の欠番のため、川喜多巡査が閃いて
「退職者の可能性があります」
その一言で、捜査は退職者にも広がることに。で、特課の次のお仕事は……
「えっ、まだあのゲームを続けるんですか……?」
捜査会議で、思わずそう答えた悠夏だが、ゲーム内にまだヒントが残ってる可能性は、無きにしも非ず。特課は再び、VRゲームの『狭霧の鍵』をプレイすることに。
捜査会議が終わり、捜査一課のデスクに戻ってきた藍川巡査は、榊原警部のデスクを見て
「榊原警部、休暇か外出ですか?」
川喜多巡査は首を傾げて
「自分は知らないです」
「警部補は知ってますか?」
藍川巡査は、デスクで作業中の長谷警部補に質問すると、長谷警部補は黙ったままだ。デスクの前で、もう一回聞くと、
「藍川が聞いても答えないでと、釘を刺された。だから、沈黙だ」
「なんでですか」
「お前、榊原に嫌われてるんじゃ無いか?」
「えー、あんなに報連相しているのに、ですか?」
「それよりも、邪魔してるばっかじゃないか?」
「そんなつもり、全くなんですけどね」
「来週には帰ってくるから、それまでに今の事件を終わらすんだな」
藍川巡査と長谷警部補が話している間、川喜多巡査は外に出る準備を終え、藍川巡査へ視線を送る。それに気付いた長谷警部補は、
「ほら、さっさと捜査に行ってこい。川喜多は準備万端だぞ」
藍川巡査は、準備するかと思えば、榊原警部のデスクの上を見て、手がかりを探している。
「おい、人のデスクを勝手に調べるなよ」
長谷警部補が注意しても、すぐには出発しない藍川巡査であった。
To be continued…
今回は捜査会議を省略。いつも捜査会議を書くと長くなるので、今回は最低限で。
被害者が何故殺害されたのかという理由がなんとなく分かってきた気がしますが、果たして?




