第3話 イチゴのクリスマスケーキ
12月24日。昨日の事件について、悠夏は広報用に文面をまとめていた。おそらく、書いたところで、担当者がかなり修正するとは思うが。
クリスマスイブというと、事件が起きやすいイメージがある。ドラマの年末年始スペシャルで、よくクリスマスイブに事件が発生することが多いから、そのイメージが強いのだろうか。
捜査協力の資料は、いつも10件ほど溜まっている。警察官なら、クリスマスイブだからといって、事件を放っておくわけにはいかないだろう。別に、独り身の悠夏は、今晩の予定は無いとかそういうのでは、決して無い。そう、決して。
「さて、クリスマスイブに展開がある事件は……」
「3番の事件、気になりませんか?」
と、今回も警部が気になる事件を推す。悠夏はいつも通り、表紙の事件概要を読む。
「3番の事件は……、毎年12月24日に発生する、連続イチゴ盗難事件。店頭にある、クリスマスケーキのイチゴだけが、忽然と消えてしまう。2年前の購入者からの問い合わせにより、事件が発覚。購入前は、イチゴがのっているが、家に着くとイチゴが無くなっているとのこと。犯人の手がかりも無く、また、事件がクリスマスイブにしか起きないため、未だに解決していない」
「気になりませんか? 少なくとも、僕は気になる事件だと思いますよ。ここは一度、実際に……」
「警部……、捜査ということでケーキを買った場合は、経費で落ちますかね……?」
悠夏が、悪いことを思いついたみたいだ。
「領収書と経理部に目を付けられなければ、通るかもしれませんね」
どちらも悪そうな目をしている。そして、二人とも笑う。
「悠夏刑事、おぬしも悪じゃのう」
「警部ほどではありませんよ」
果たして、クリスマスケーキは経費で落ちるのだろうか。いや、そうじゃなくて、イチゴが消える謎とは……
東京都内某所のケーキ屋。山手線の駅が近いとあって、今日は昼間から大忙しである。ケーキのイチゴが、消えるかもしれないと、話題欲しさに購入する人が増えたという。
しかし、現着すると、なにやらあったようだ。パトカーが1台、ケーキ屋の近くから出発した。近くに、私服の警官らしき女性がいたので、声をかけると(ちなみに、悠夏も目立つことを防ぐために私服である)
「協力依頼をお願いした、藤花 真凪です。御足労いただいたのですが、事件が先ほど解決しまして」
どうやら、イチゴが消える事件は無事に解決したみたいだ。結局、真相はどうだったのだろうか? 警部の見立ては、イチゴは本物で無くて、溶けたのではと推測していたが、冬に溶けるのは難しいと思われ。
「結局、犯人は……?」
「はい。被疑者は、このケーキ店でアルバイトをしていた女子高生でした。お客さんから注文が入ったあとに、一度、箱詰め前にお客さんに見せます。そのあと、ドライアイスを詰めて、箱を閉じる直前に食べたみたいです」
「食べた!?」
候補にあがってはいたが、まさかそんな簡単な結末だったとは。確かに、中身を見た箱を閉じると、その箱が開くのは大抵、家に着いてからだから……。とはいえ、その真相が分かるまで長かった。なぜなら、犯行の瞬間を捉えるぐらいしか、証拠がないからだろう。今年は、防犯カメラを店長のみに知らせ、店員には内緒で設置した。それが決定的な証拠となった。
「しかし、困りましたね。これでは」
警部がそこから先を言おうとしたので、悠夏は慌てて警部の口を押さえた。捜査の名目でケーキが買えなくなったなんて、言わせない。
その光景を見て藤花は、
「どうかされましたか?」
「いや、なんでもないです。こっちの話で」
「そうだ。折角、御足労いただいたので、うちの部署からケーキをおひとつどうぞ」
願ってもない話だ。しかし、悠夏も警部もせこい。特課としてあるまじき行動だろうが、このころはまだ責任とか自覚が無かったから、大目に見てください。
しかし、そう簡単に物事は進まず、通りから女性の悲鳴が上がる。どうやら、若い女性のようだ。さらに、別の声で「捕まえて!」と叫んでいる。声のする方は、駅とは逆の方向だ。駅に向かうのであれば、このケーキ屋の前を通るはず。ひったくりだろうか? 通り魔? それとも……
「警部、こっちにきたら捕らえましょう」
悠夏は通りの中央へ。歩道には、人の流れが止まり、みんな立ち止まっている。スマホを構える若者もいるが……。しかし、カップルが多い。クリスマスイブだからとはいえ、それでも多くない?
ほとんどの人が立ち止まっているなか、走ってくる人影が見える。もう少し近くまで来てから構える。構えた姿が犯人が見てしまうと、犯人の逃走経路が変わる恐れがある。
警部と悠夏、藤花のほうへ犯人らしき人物が走ってくる。単独犯のようだ。マスクをしており、帽子も被っている。顔を隠すためなら、計画性のある犯行か。
犯人は、左の脇にピンクの小さな鞄を持っており、おそらく被害者の鞄だろう。右手には、レジ袋を持っている。そして、何度も後ろを振り向いている。
先に警部が突っ込む。犯人が刃物を持っていたとしても、ロボットには無効である。しかし、犯人がレジ袋を振り回し、警部の頭部に向かって、勢いよく当てると、金属同士が当たるような音がゴンと鳴り響き、警部が車道へ飛ばされる。すると、歩道にいる人たちがパニック状態に。やっと危険だと認知したようだ。
車道に投げ出された警部だが、手前の交差点が赤だったこともあり、車が走っていなかったため、轢かれることはなかったし、事故も発生しなかった。
「今の見た? あのレジ袋に金属製の物が入っている可能性があるから、気をつけて」
悠夏の頬に汗が流れる。無傷で捕まえられるだろうか。最悪、骨折の恐れも。犯人はレジ袋を振り回して、こちらに向かってくる。
悠夏は覚悟を決めて、姿勢を低くして犯人の懐へ。捕まえたらすぐに相手を投げて、確保せねば。しかし、犯人のレジ袋が目の前へ。しまった、と思い目を瞑る。
数秒後、来ると思われた衝撃が来ず、犯人の服を掴んだような感覚もない。
「佐倉さん!」
藤花の呼びかけに、ゆっくりと瞼を開く。すると、目の前には犯人が、すでに男性の手によって投げ倒されていた。
「大丈夫ですか?」
地面に押さえつけられた犯人。男性は、犯人の右腕を背中側へ引っ張り、取り押さえている。ハンマーロックと呼ばれる技である。ということは、この男性は警察官だろうか。
こういう危険な状況で助けてもらったとき、ヒロインがときめくとか、片思いの恋が始まる的な展開がよく来るのだろうが、それは早々に打ち切られる。
悠夏は何が起こったのか分からず、言葉が出ないでいると、藤花が
「耕司さん、どうしてここに?」
「えっ……? 藤花さんの、お知り合い?」
と、悠夏は、自分の声がやっと出た。藤花は、少し照れくさそうに
「私の彼氏です。元警察官なんですが」
元警察官の鷺沼 耕司は、藤花の彼氏だった。ちなみに、現在はジムでインストラクターらしい。地雷に触れると怖いので、今は警察官を辞めた理由は聞かなかった。そんなことよりも、
「窃盗の容疑で、現行犯逮捕」
悠夏は、犯人の両手に手錠をかける。犯人が何か言っているが、全く頭に入ってこない。自分の身が危なかったときのことが、まだ頭から離れない。
藤花が犯人のレジ袋を取り上げると、中身を見て
「佐倉さん、これボウリングのボールですよ」
ボールの表面には重さが書かれていないが、かなり重そうだ。それと、犯人が盗んだ小さな鞄、ピンクのポーチを手に取り、辺りに被害者がいないか見渡す。悠夏も見渡すが、被害者がこちらに向かってきてはいないようだ。
あと、警部はと言うと……、歩道に戻ってきたみたいだが、動きがカクカクしている。ボウリングのボールによる衝撃で、不調かもしれない……
To be continued…
今日はホワイトデーですが、クリスマスイブのお話です。
今回の事件は4話へ続きます。また、4話から新たに長めの事件へ突入します。
たぶん、この小説が現実の日付を追い抜くことはないと思われ。
むしろ、差が開く一方かと。
【11/21 追記】
名前の間違いに、今になって気付きました。修正。
【2/1追記】
一部、誤字修正しました。