第295話 終わらぬ四国の危機
凪野・潮本家は徳島県麻植郡麻植町の国道192号線から1キロほど北上した長閑な田園風景の中にある。二階建てで周囲は田んぼ。夜中は蛙の鳴き声が聞こえていた。
2019年8月15日朝6時。悠夏は起き上がって部屋の周りを見渡す。子どものころに何度も訪れた懐かしさを感じつつ、もう一度寝ようかと再び横になったが、寝付けずに5分ほどで諦めてリビングへ。窓から日の光が差し込み、電気を付けていなくても明るい。昨夜、克充さんから冷蔵庫のものやお菓子は好きに食べてもらっていいからと言われていたが、昨夜買ったペットボトル飲料が未開封で残っているので、とりあえずそれを冷蔵庫から取り出して口にする。買ったのは、何故か見かける度に容量が多くなっている気がする麦茶。コンビニ専用の容量だろうが、695ミリリットルだ。そのうち700ミリリットルを超えても不思議ではないだろう。
とりあえずここ最近の情勢を知らないので、麦茶を飲みつつ、リビングのテレビをつけてみる。阿波徳島放送局の地元のニュース番組が流れる。昔見ていたころから後ろのセットは変わっているが、出演するアナウンサーはほぼ変わっていない。
「連日お届けしています、警視庁の家族関係者が誘拐された事件ですが、実行犯からの聴取は昨日も続いており、指示役と見られる人物の詳細はまだ出ていません。一時、四国へ出入りする全ての交通網が遮断され、依然として運送業等に影響が残っています」
ニュースの映像は、書店やスーパーで一部の商品が品切れになっている状況を取り上げている。さらに観光業も旅館やホテルのキャンセルが相次いでおり、その影響は大きいそうだ。高知龍馬空港の滑走路は今日再開見込みらしいが、すでに一部の欠航が決まっている。事件の爪痕は大きい。
「誘拐された警察関係者の家族は全員命に別状はないものの、まだ昏睡状態という情報も出ています」
すると、顔は映っていないが明らかに友璃伯母さんや廻里と思われる人物にカメラやマイクを向けられて、記者やアナウンサーから問いかけられている。こちらも顔は映っていないが、駿清や警察が止めに入る様子も。
分かっていたけれど、自分に来ないから忘れていた。昨夜、病院の前にはいなかった。でも、西阿波市の佐倉家にはマスコミがいたようだ。このまま今の状況が続けば、被害者であるはずの自分達の所為で、親族のプライバシーが侵されるのではないか。自分と遙真が昨日ライブや映画を観に行ったが、そういう行為を切り取られた場合、どう書かれるか……。そう考えると、ぞっとした。
気付けば、ニュースは次のニュースに変わっていた。
「――の活躍により、富都枝学園が東東京の台田第一の猛攻に耐え、一回戦を突破しました。さらに、開始時間が5時間遅れるというトラブルに負けず、今後の選手の活躍に期待しています」
原稿の読み上げが女性アナウンサーから男性アナウンサーに変わり、深刻そうなトーンで
「その5時間遅れた原因ですが、兵庫県警と東西高等学校野球連盟によりますと、甲子園に爆弾をしかけたという脅迫が届いていたことが発覚しました。兵庫県警と警視庁の迅速な捜査により、威力業務妨害罪の疑いで逮捕されたのは、兵庫県在住の43歳の男、朽葉 陸臣。容疑者は”爆弾なんて無い。むしゃくしゃしていてどこでもよかった”などと供述していました」
この手の脅迫事件は、特課への相談にもあった。ニュースは次に変わり、
「西阿波市の建設業で発覚した横領事件の続報です。県警の捜査により、昨日社長の元秘書の不倫相手が逮捕され――」
昨日一日、この周辺だけでも事件はいくつも発生しているし、捜査が行われている。全国ニュースに切り替わると、殺人事件や交通事故による死傷など、暗いニュースがいくつも流れる。
今日はどうするか全く考えていなかった。倉知副総監や鐃警からは、しばらく休んでいいと言われていたが、休んでいて遙華が目覚めるだろうか。少なくとも、休む前の自分は周囲が見えないほど冷静さを欠いていた。親戚が駆けつけてくれて、自分の心にやっと余裕ができた。友達から誘われて、あのライブに行ってコールで叫んで、結果モヤモヤも出したのかもしれない。今は冷静になれていると自覚している。もう一度、事件に向かい合う。
誰に電話しようかと考えたが、どの時間でも出てくれそうな鐃警にかけてみる。テレビを消音にして、映像だけが流れる。4コール目で
「どうしました?」
「警部。今日から現場に戻ろうかと」
「もう休まなくて大丈夫です? ……って聞くだけ野暮? えっと、今ヤバイ状況ですけど、来ます?」
「……どういう意味で?」
「例の電磁波爆弾事件、まだ残ってるんですよ。しかも徳島県内のどこかと思われて……」
「警部は今、県警本部ですか?」
「徳島市内が見渡せる展望台で」
「……眉山ですか?」
質問すると、電話の遠くで榊原警部と藍川巡査の話し声が微かに聞こえてくる。「双眼鏡があっても無理じゃないですか、これ?」「防犯カメラの映像は、サイバーセキュリティ課の解析待ち」という内容だ。
「鴻原は一向に口を割らず、所有する3台のうちまだ1台残っているんですけど、それがどこにあるのか……」
「状況は分かりました。準備出来次第、向かいます」
電話を切り、リモコンを手に取ってテレビの電源を切ろうとすると、消音のまま映像が目に入る。SNSで流行っているワードの特集をしていた。悠夏はテレビの電源を切り、スマホで少し調べてみる。検索ワードは”電波 繋がらない”。場所を現在地周辺に絞ってみると、いくつか候補が出てくる。建物の中や阿波踊り、花火大会の話が多い。その中には、西阿波市の阿波踊り会館周辺で繋がらないという呟きもあった。2台目は封鎖された地下駐車場だったため、呟きは見当たらない。こういう検索で簡単に見つかれば苦労はしないのだが……。
部屋に戻って仕事用のタブレットを取り出して、睡眠の邪魔にならないようにもう一度リビングへ。
電磁波爆弾事件に関する捜査資料を眺める。そのなかには、地下駐車場への入場方法について記載されていた。あの場所は、リニア四国横断新幹線開通に伴い、経路上にあったため一部が取り壊され、出入りできないはずだった。しかし、1つだけルートがあった。それはリニアのトンネルに設けられた避難通路である。そこから地下駐車場へと繋がる通路が存在していた。通路の存在は八井田 諸誓の供述によって発覚した。鴻原はそれを利用して、駐車場に車を隠したようだ。
なお、全日本旅客鉄道東京株式会社へ問い合わせたところ、避難通路にカメラの設置はしておらず、実際に確認したところ、トンネルの入口にあるフェンスが何者かによって誰でも開くようになっており、さらに通路には轍ができおり、担当者が心底驚いていたそうだ。半年に1回チェックする運用をしているが、前回は5ヶ月前であり、来週のチェック予定だった。
それを読んで感じたことは、やはり”模倣”だったということ。そのチェックで避難通路への侵入が発覚し、轍が地下駐車場へと続いていたとなると、そこから衰弱した遙真たちが見つかるというストーリーだろう。もしくは、一緒に捕まっていた狸人が仕掛けで燃えてしまい、リニア中央新幹線や今回使用した非常口などから黒煙が外へと出て発覚するストーリーだろうか。いずれにせよ、許しがたい。
……それで、残りの1台はどこにあるのだろうか。そもそも徳島県内ではなく、他の県にある可能性をどうやって除外したのか。
To be continued…
ようやく悠夏が捜査へと復帰します。まずは未解決の電磁波爆弾事件の捜査へ。
作中で甲子園のニュースが流れていますが、富都枝学園は西阿波市にあり、私立の大学と付属の小中高があります。確か『路地裏の圏外』で扱って以来の再登場ですかね。悠夏が学生時代にはなかった学園です。
台田第一は東京都台田市場区にある都立高校です。作中では架空の台田市場区があるので、東京23区ではなく24区以上あります。ここまで作中で東京24区とは明記してないので、必要ならばまだ作れるはず……(どこに作るんだ?)
300話まで残り5話。300話でどんな話をするかはまだ決めてません。1話完結かもしれないし、事件の途中かもしれないので。先の話よりも、まずは次の話を書き上げないと。




