第292話 コールアンドレスポンス
会場の照明が暗くなり、非常灯も消灯する。幕がゆっくりと上がり始めると、拍手や歓声が沸き立つ。開演までは座って待っていたが、ほぼ全員が立ち上がる。
ステージ左のキーボードにスポットライトが当たり、キーボードの演奏と共に開幕の1曲目が始まる。イントロで何の曲か分かった一部のファンから歓声が再び上がる。演奏していたキーボードの音が数秒止まったかと思えば、真っ暗な中ドラムスティックが高々と上がり、ドラムの音が響くと共にステージがライトアップされる。ドラムとキーボード、ベース、ギターの音が会場中に響き、会場のボルテージが一気に盛り上がる。さらに、遠隔制御によるLEDリストバンドが音楽に合わせて激しく点滅を始め、観客はバンドのテーマカラー色に染まる。
熱狂の声が収まりきる前に、ボーカルの歌声が会場に響く。演奏に合わせ、LEDリストバンドと照明が次々と色を変え、会場は更なる一体感へ。
1曲目が終わると、ノンストップで2曲目へ突入する。ファンはイントロでどの曲かすぐに反応して、歓声を上げる。サイリウムやペンライトは使用不可のため、多くの観客はサビや盛り上がりで右腕もしくは左腕を前へと伸ばし、リズムに合わせて揺らす。すでに熱狂しているファンは、LEDリストバンドを複数付けて、両手を前に伸ばしているようだ。今回のLEDリストバンドのほかに、以前のライブグッズだったLEDリストバンドを付けている人もいるようだ。色や動作に違いは無いが、表に描かれた模様が違う。
悠夏もみんなに倣い、LEDリストバンドを付けた右腕を挙げて、リズムに合わせて揺らす。ライブの参加歴は1年もないが、この空間は見ていても楽しい。
3曲目が終わると、盛大な拍手が会場を包む。
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同刻。徳島県板野郡藍住町にあるショッピングモール内に併設された映画館”シネマ藍染スクエア”では、舞台挨拶が行われていた。公開3週目となる映画”龍檄の泪”という、週刊少年誌ジャンデー連載人気作の初映像作品である。王道冒険ものでありながら、序盤から人気キャラが死亡し、敵の傀儡として操られる。生き返らせることは叶わぬが、せめてあの世へ逝けるように解放するため、主人公が抗う。映像美や演出に定評があり、これまでオリジナルしか制作していなかったアニメスタジオが、初めて漫画原作を扱うということもあり、注目されている作品だ。作者が藍住町出身とのことで、徳島市のアニメイベントに続き、この映画館でも舞台挨拶を行うことになったそうだ。
遙真は瀬名に誘われて、舞台挨拶付きで見に来た。入院不要で、遙華のそばにずっといたら、瀬名から誘われた。親戚からもやたら行ってこいと言われ、悩みながらも参加することにした。正直、今の心情的に「行こう」とは言えなかった。人気声優の舞台挨拶にもどこか上の空なときがある。今自分は楽しんでいいのだろうか。そう思ってしまう。
瀬名はチケットを入手したが、誰と行くかは決めていなかった。毛利は用事があって行けないと言われ、他のメンバーを誘おうとしたが、香川の旅行ですっかりと忘れ、帰ってきたあとは遙真たちの誘拐事件を知ってそれどころではなかった。結果、遙真を誘うことにした。こんなタイミングだが、断られたときはそのときと割り切っていた。一番は自分が見たいからであって、悠夏の友人たちのような元気を出してもらうためといった気が利いたものではない。
15分ほどで舞台挨拶が終わり、映画が始まる。終わった後にも、10分ほど舞台挨拶のフリートークがあるらしい。
照明が次第に暗くなり、制作会社のロゴが順にスクリーンへ投影される。ほどなくして、本編が始まる。
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ライブは盛大に盛り上がり、残り数曲となる。ドラムがバチでリズムを刻むと、曲を先導するようにドラムを叩き、音が会場に響く。ベースの空木がトランペットを構えると、ファンが顔を見あわせている。未発表の新曲が始まった。気付けば、ギターの白雪は紺色のギターから赤色のギターに持ち替えていた。
新曲ということは誰も聞いたことがなく、リズムを刻みつつもサビや変調でワンテンポずれてしまうこともある。しかし、それも一興。この新曲についていこうとしつつ、かつ曲を聴きたいため耳を傾ける。響き渡るトランペットの音色、ドラムの音が導き、ギターとキーボードがそこへ混じる。歌唱はギターとキーボードがメインとなり、ボーカルは母音のみで構成されたヴォカリーズのようで、声でリズムを演じている。
新曲を終えると、盛り上がる人気曲が続く。観客はジャンプし、舞台演出で炎や煙がリズムよく高々と上がる。悠夏はかかとを浮かせる程度で、ジャンプまでしなかったが、心の中ではジャンプしている。亜衣は大きくジャンプしているし、一番ノリに乗っている。 結婚詐欺の憂さ晴らしというのは本当なのだろう。ここで爆発させて、昇華している。
最後の曲が終わり、メンバーが深々と一礼する。会場は大きな拍手と歓声で包まれる。舞台の照明が消え、幕が下りていく。もう終わりなんだと、寂しさを感じる前に、観客から手拍子と「アンコール」が飛び出し、小さな声から大合唱へ。3分ほどで、再びメンバーが現れ、アンコール曲を演奏が始まった。
ドラムが立ち上がってコールを要求し、観客は声を重ねる。しかし、ドラムはまだまだ声が小さいとばかり、強く要求する。観客達は、今日一番の声で応える。再び最高潮へ。
終演のアナウンスが明るい会場に流れる。規制退場の協力を促し、ファンは誰もいないステージを写真に撮る。そういえば、注意事項に終演後の撮影は他人に迷惑をかけない程度で問題ないと書かれていたのを思いだした。悠夏も記念に写真を撮る。
「ねぇ、悠夏」
亜衣に声をかけられ、「ん?」と返事すると
「どう? 楽しかった?」
「とっても楽しんだよ。誘ってくれてありがとう」
「もしよければなんだけど、来月に千葉でロックフェスがあるんだけど……どう?」
思いがけない誘いだった。
「ロックフェス?」
ワイドショーやSNSで見聞きしたことはある。様々な音楽アーティストが集う日本最大のロックフェス。期間は土日祝日の5日間。2019年9月7日土曜、8日日曜、14日土曜、15日日曜、16日祝日月曜。
「実は抽選かけたら、何枚か余っちゃって……。公式のリセールが無くて困っててね」
「聞いてよ、悠夏さん」
里穂が急に他人行儀に演技し
「この亜衣さんって人、しかもダブルブッキングしてて」
「えぇ?」
聞けば他のライブとバチ被りして、さらにチケットの行き先に困惑していたそうだ。
「好きなアイドルがソロライブするっていうから、そりゃ行かなきゃって……」
世の中にはライブに行きたくてもチケットを入手できず、悔しい人もいるというのに、この人はダブルブッキングしてさらにチケットを余らしている。
「悪い人なんですよ。おまわりさんこの人ですよ」
里穂がジョークを言うが、非番のおまわりさんは目の前にいるよ。
「なんで公式リセールが無いんだよ……。お金が……」
切実なようだった……。
「ただでさえ詐欺に」
美和が悪ノリすると
「それを忘れに来たのにっ」
そうやってイジっても対応できる亜衣は、十分ネタに昇華できているのではないだろうか。
To be continued…
作業用にYouTubeでBGMをかけたら作業妨害になってしまい、22時を過ぎての更新です。
ライブは直近であれこれ誘われて行っているのと、2025年9月の某ロックフェスに行ってきたので、悠夏もお誘いしてみました。2019年のロックフェスはすでに終わっているはずなんで、作中では9月にずらして開催です。さて、そのときまでに架空のロックフェスの名称やアーティスト名を考えねば。果たして作中で9月になるのは何話くらいでしょうね。
さて、次回は悠夏は遙真と合流し何を話すのか。を予定してます。




