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第29話 結ばれない点と点

 鐃警(どらけい)は急かすように

「他のファイルも見せてください」

「次もPDFファイルみたいですね」

 と言って、サイバーセキュリティ課の伊與田(いよだ)がPDFファイルの”20180331112145.pdf”を開く。今度は、人事異動のようだ。

「4月1日付けの人事異動ですね。新入社員が2名。部署異動が2名。3月25日に依願退職が1名。……3月18日に死亡退職が1名です」

 伊與田が読み上げた資料を見ると、名前は黒く潰されている。悠夏(ゆうか)は黒く潰された名前欄を指差して、

「これって、解読とかできませんか?」

「ちょっと待ってください」

 そう言って、伊與田はパソコンを操作し、画像編集ソフトを立ち上げ、なにやら調べている。伊與田が操作するごとに、3桁の数字が3つずつ表示されるが、いずれも同じ数字だ。

「駄目ですね。全部同じ色ですね。RGBが少しでも違えば、ここの数値に差が出て、解析できる可能性はありますが……」

「アール・ジー・ビーですか?」

 悠夏が頭を傾げると、伊與田は3組の数字”051,051,051”を指差して、簡単に説明する。

「左から、Rはレッドの値。Gはグリーンの値。Bはブルーの値を示していて、光の三原色で、値が大きいほど白になります。この場合は、ダークグレーですね。同じ色に見えても、値が僅かながら違っていれば、文字の輪郭を掴めるのですが……。これは画像加工で塗りつぶして、PDFファイルにしたみたいですね……」

 名前は分からないが、これもなにかヒントになるのだろう。

「次は、画像ファイルですね」

 伊與田は”IMG_0358.png”を開く。表示された画像は、机の上に置かれた社内の注文書である。社内なので、消費税表記は無く、税抜き金額で書かれている。なお、注文書以外は写っていない。

「1千万……」

 と、悠夏が金額を見て呟いた。発注元は設計部。発注先は開発統括部。品名欄は1つのみ。社内システム開発費。数量は1つ。単価が1千万。社内でのやりとりなら、特に問題なさそうに思うのだが……

 先に気付いたのは鐃警だ。注文書の右上にある発行年月日と、発注先の下にある納期の日付を指さして、

「注文が2018年3月1日で、納期が2018年3月31日って、なんか変じゃないですか? 社内とはいえ、1千万のシステムをたったひと月で……」

「開発費と言いつつ、材料費がほとんどを占めている可能性もありますよ。システムってことは、パソコンやサーバーを購入して、セッティングだけした可能性や、システム移行とか……」

 伊與田の言うように、3月より前に機器の仕入を行って在庫になっていたものを、この3月の注文書で引き当てている可能性もあるが、いずれも臆測(おくそく)でしかない。

「次のファイルを見ましょう。全部見てから、推理を組み立てないと、点と点が全く結ばれないままです」

 鐃警の言うように、全部見てから話そう。今のままだと、個別にしか考えられない。

 伊與田が次のファイルを開く。今度はテキストファイル”vr.txt”である。内容は、たったの4文字。悠夏が読み上げ、

「5989?」

 数字4桁のみ。4桁の数字と言えば、内線番号だろうか。それとも金額? 部門を示す識別番号? いろいろ考えられるが、一旦保留だ。

「あと2つですね。動画ファイルと、テキストファイルですね」

 と言った伊與田だが、動画ファイルの”MOV_0010.mov”を見て

「このパソコンだと、再生できるかな……。Macintosh(マッキントッシュ)の動画形式なんですよね……。動画プレイヤーソフトを後で用意するので、先にテキストファイルでいいですか?」

 伊與田が用意したパソコンはWindows(ウィンドウズ)Mac(マック)用に作成された動画は既存ソフトだと、再生ができないとか言っているが、悠夏と鐃警は黙り込んだまま、スルーする。伊與田の独り言よりも、被害者の残したデータのほうが重要だ。

 ”sql.txt”というテキストファイルは、開くと英単語が並んだとても長い文章だ。かと思えば、途中に記号がある。伊與田は、どのように説明するか少し考えて、

SQL(エスキューエル)文ですね。膨大な情報が格納されたデータベースから、特定の条件を用いて、任意のデータ選択、追加や更新、削除といった操作ができます。これは、データを表示する文ですね。対象のデータベースが分かれば、そこから何らかのデータを引っ張り出せるみたいですが……」

「その何らかのデータが、無いと難しいですね……」

 と、鐃警は頬を掻く仕草をする。ロボットでも、このあたりは人っぽい。というか、たまにロボットであることを忘れているような……。

「資料を全部印刷できますか?」

 悠夏が伊與田に聞くと、伊與田は「できますよ」と答えた。ただ、続けて「ウイルスチェックをしてからになりますが」


    *


 去年。2018年3月18日。中野区。環七通りの交差点近くでバスを待つ列に並ぶと、後ろから声をかけられ、

「おはようございます。朝早いですね」

 『狭霧の鍵』のリーダー、杉戸(すぎと) 俊宏(としひろ)だった。自分は

「電車が遅れてるから早く出たんだが、いつもより早い電車に乗れて、全然遅れてなかったよ。おかげで、この時間だよ」

 ビジネスバッグを右手に持ち替え、左腕に付けた腕時計を見ると、まだ8時前だ。いつもなら、8時20分ぐらいなのに、今日は20分以上早い。

「例のプロジェクトは順調なのか?」

 おおよその工程は風の噂で知っているが、折角だから軽いノリで本人から聞いてみることにした。杉戸主任は笑いながら

「皆さんのおかげで、予定通りに進んでますよ」

「それはよかった。うちの経理も、売れ行きを楽しみにしてるからな」

 自分は経理部の人間だ。冗談で言っても、金銭的なことに結びついて、厳しく捉えられることはよくある。

 バスが到着し、前乗りで、運賃はICカードで支払う。バス停3つ分。人は少なく、ところどころ席が空いていた。一つ前のバスが遅れていたという理由もあるのだろう。

 バスが発車してすぐ、次のバス停を自動案内の音声が読み上げる。バスの前方にはモニタがあり、4つ先と終点のバス停が表示されている。バスがスムーズに走っていると、急に一人の男が立ち上がり、運転手の方へ。バスの運転手は、バックミラー越しでその男に気づき、

「お客様、危ないですので走行中はご着席ください。バスが停車してからご移動ください」

 運転手の注意も聞かず、男は運転手の隣へ。両手をポケットの中に入れたままだ。自分の前に座る若い男性が、スマホでカメラを起動する。カメラ起動すると、前の座席の背もたれを壁にして、スマホを構える。どうやら録画しているようだ。別の席に座る年老いた女性は、携帯電話を開いて3桁の番号を入力している。おそらく、110番だろう。通話ボタンを押せば、通報できる。しかし、もしものとき、単独では無いとしたら、後方の座席にいる可能性が高い。いや、ドラマの見過ぎだろうか……。この世の中、そんな非日常的なことになるはずが……

 しかし、無情にも、自分の推測が当たることになるとは。

 男は刃物を見せつけ、バスの運転手を脅迫する。そして、最後尾にも共犯の男がおり、110番通報しようとした老いた女性の携帯電話を取り上げる。さらに、録画をしていた若い男性のスマホも取り上げる。バスジャックだ。

 運転手は、犯人に気付かれないように緊急表示を試みる。前後の車に反射して気付かれると危ない。


To be continued…


ファイル名に日付が多いですね。年4桁+月2桁+日2桁+時2桁+分2桁+秒2桁。例えば、”20180331112145.pdf”は、2018年03月31日11時21分45秒に作成したファイルですね。複合機とかで紙をスキャンすると、自動的にこんな感じのファイル名になるので。”IMG_0358.png”は連番で、358枚目の写真ですね。スマホやデジタルカメラで撮影すると、自動でカウントアップされるので。”MOV_0010.mov”という動画も同じく。スマホやビデオカメラで撮影すると、こちらも自動でカウントアップされますね。

昔はMacintoshって言ってましたが、今はMacって言う人がほとんどですね。たぶん。Macintoshって、聞くけど言わないな。自分はMacって言いますね。

最後のバスの緊急表示は、前面と背面に「SOS 緊急事態発生」「警察に連絡を」といった表示をするシステムですね。

さて、そろそろ『狭霧の鍵』も折り返しかな

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