第289話 ライブ参加者
開演まで時間があるため、悠夏が過去に参加したライブの話をしていた。そのうち対バンのライブに行ったときの話で、開演前に公演で俯せに倒れた女性を発見。悠夏と御影 澪奈が急いで駆け寄った。見える範囲にいた男子大学生の桐嶋と新堂、朝日奈が、悠夏の声に気付いて駆け寄ってきた。
「どうしました?!」
桐嶋は大事な推しの缶バッチでいっぱいの手提げを地面に置く。緊急事態について、自分の手提げが多少汚れようともあとでなんとかするつもりだ。それに表面は透明になっていて、缶バッチが直接汚れることは無い。
「この人を仰向けにするから、私は頭と肩を、2人は両サイドに、1人は脚をお願い」
「分かりました」
それぞれ持ち場について、合図を確認する。合図するのは悠夏だ。
「じゃあ、いちにのさんで仰向けにするから、よろしく」
「はい」
3人から元気の良い返事が返ってくる。「いち、にの、さん!」と悠夏の合図でゆっくりと女性を仰向けにする。頭をゆっくりと地面に置こうとすると、新堂が鞄からタオルを取り出して
「これを頭の下に。使ってください」
受けとったタオルにはカッコイイロゴが描かれている。紛れもなく、今回のライブで限定販売されるタオルだ。
「いいの?」
「はい」
新堂は躊躇などしていない。
「ありがとう」
悠夏はお礼を言って、ライブタオルを地面と女性の頭の間に敷く。ついでに気道確保にもなるだろうか。
「悠夏、その人の呼吸は?」
澪奈は指令員から言われた確認事項を伝え、悠夏は胸部を確認するがあまり動かない。耳を口元に近づけると、
「呼吸がかなり弱い」
澪奈はそのまま指令員に呼吸がかなり弱いことを伝える。すると指令員からの情報を得て、澪奈が伝える。
「AEDがショッピングモールの入口にあるらしい」
「僕が取ってきます」
朝日奈がAEDを取りにいくと言うと、すぐに新堂が
「自分もついていって、ショッピングモールで人手を集めてきます。救急車の誘導にも人手が必要だろうし」
人手は欲しい。目の前の女性のことでいっぱいで、このときは救急車の到着についてまで頭が回っていなかった。ありがたい提案だ。
「ありがとう。できれば何か目隠しに使えるようなものがあるか探してきて。人通りはすくないけど、万が一AEDを使うときは周囲から目隠しさせたいから」
「分かりました」
「澪奈。救急車、あとどれくらい?!」
「あと9分くらい。熱中症の急患が多いみたいで、救急車が結構出払ってるみたい」
そこまで聞いて、朝日奈と新堂がショッピングモールの方面へ走り出す。走れば往復4分くらいだろうか。公園とショッピングモールの間には、そこそこ交通量の多い道路はあるが、歩道橋があるため、信号待ちはない。
「悠夏。この人の身元が分かりそうなものってある?」
周囲には転がったスマホとペットボトル。女性を仰向けにするときに確認したが、女性が鞄などに覆い被さっているような状況でも無かった。桐嶋が周囲を探すと、
「これは?!」
ベンチの下からピンクの小さな鞄が出てきた。しかし、他人の鞄を勝手に探ることなどできない。悠夏は
「鞄の中身って、本人の承諾が無いと見られないから……」
已むなく、鞄はベンチに置く。自分達はまだ正式な警官ではないし……。
朝日奈と新堂は歩道橋の階段を全力で駆け抜け、人混みを掻き分ける。「すみません、緊急事態につき通してください! 人の命がかかってます!」そこまで言えば、大抵の人は道を譲ってくれる。危うくぶつかりそうになったのは、ワイヤレスイヤホンを付けた同い年くらいの青年くらいだった。聞こえているか分からないが、「すまない」とだけ謝罪を残し、ショッピングモールへと駆け込む。このショッピングモールは1階と2階のそれぞれから入ることができるようになっており、歩道橋からそのままショッピングモールの敷地内に繋がり、2階の入口からモール内へ。
「すみません!」
朝日奈は入口脇に構える眼鏡店舗へ。最初に見かけた若い店員に声をかけ、息が荒いまま
「公園で女性が倒れていて、AEDを! あと目隠し用の布とか、人手が欲しくて!」
「えっと……、あの……」
若い店員は急に言われてしどろもどろになり、どうすればいいのか困っている。周囲のお客さんがざわざわとし始め、会計にいた男性店長が「どうした?!」と駆けつけてくれた。
「公園で女性が倒れていて、AEDを探しています」
「それと人手が必要で」
朝日奈と新堂が伝えると店長は
「なるほど、分かった」
店長はすぐにレジの方にいる店員へ聞こえるように
「佐藤、防災センターへ連絡! AEDと人手を」
続けて、朝日奈と新堂に
「救急車は呼んでるのか?」
「はい、呼んでます」
「場所は公園のどこだ? 今そこに人はいるのか?」
「歩道橋を抜けて、公園の中に入ったあと、右へ曲がった先です」
「今女性のもとには3人しかいなくて、1人は電話で消防と話してますので」
店長と状況を共有していると、朝日奈のスマホが震える。桐嶋から電話がかかってきた。
「息が弱いらしくて、早くAEDを!」
「受けとったらすぐに戻る」
レジ近くで防災センターへ連絡した佐藤は、彼らの様子を見て状況は深刻では無いかと感じる。誰の指示でも無く、続けてインフォメーションセンターへ電話を掛ける。
待っている間の時間が長く感じる。2分ほどして、警備員とショッピングモールの管理事務所に勤務する数名が、AEDを持って走ってくる。同時にショッピングモール本館にアナウンスが流れる。
「館内のお客様に緊急のお知らせをいたします。ただいま、急病の方がおり、医療知識をお持ちのお客様や救護にご協力いただけるお客様は、至急2階本館の南ゲートまでお越しください」
AEDを待っている間、桐嶋から新たな情報を得た。救急車のルート上で単独事故による渋滞が発生し、到着予定時間が延びるそうだ。ひとまず、朝日奈は警備員たちと共に現場へと急いで戻る。新堂は館内アナウンスで駆けつけた人がいれば、その人と向かうことにした。
悠夏は女性の肩を叩いて声をかけるが、女性の意識はまだ戻らない。桐嶋はライブのタオルを広げ、女性の顔に直射日光が当たらないように影を作る。澪奈は電話を続けつつ、自分の扇子を鞄から取り出して女性へ仰ぎ、風を送る。
To be continued…
連続更新2日目。缶バッチがいっぱいついた手提げの痛バや透明なケースの中に入ったぬいぐるみなど、最近よく見かけるようになった気がします。推しグッズを身につけている人が多いのでしょうか。作中は2019年ですが、そのあたりは2025年スタイルにしてみます。前話でノンフィクションが云々言ってましたが、今回のAED関連の話はすべてフィクションです。AEDを実際に使ったことはないですね。ショッピングモールの名前は特に思いつかなかったので、ショッピングモールで。




