第283話 事後処理と切り分け
”遠賀被疑者による警察や社会への不満による犯行”。”四国封鎖は被疑者とは無関係か?!”。”約8時間の四国封鎖! 政府や警察の対応に不備はなかったのか?!”。”警察関係者無事救出の裏で命を落とす犠牲者への救済は?!”。”前代未聞の鎖国状態! 何故封鎖せざるを得なかったのか?!”。
新聞やネット記事の見出しは様々。少しでも読者の気を引くために、過激な見出しを付けるサイトもあるらしいが、これらは商売のため、ライン引きはあるだろう。問題は商売ではないSNSの投稿だ。根も葉もないフェイクニュースが一部で拡散されている。
犯人を早急に逮捕し、誘拐された被害者を救った警察だが、賞賛はどのくらいあっただろうか。世間的には、犯人のバックボーンや警察の捜査の在り方や政府の対応に異議を申し立てるような話の方が注目を浴びているようだ。
小豆島で遠賀が逮捕されたという情報が捜査員達に共有され、捜査は一段落した。すぐに、鐃警や倉知副総監に言われ、悠夏は遙真と遙華が搬送された病院へ向かった。その際、倉知副総監から、しばらくはテレビやネットは見ない方がいいと言われた。正直、悠夏としては2人のことで頭がいっぱいになっており、今回の事件に関する情報を媒体で見る余裕は無かった。
結果的に悠夏の目には触れなかったが、被害者である悠夏の家族が、何故かバッシングされる記事もあったそうだ。類似の誘拐事件ではいずれも被害者は死亡していたため、今回は警察関係者だから救われたと決めつけるような記事である。倉知副総監の家族が亡くなっていることを知ってか知らずか。警察からの抗議により記事は取り下げになったのだが、果たしてどのくらいの人の目に触れただろうか。
SNSや掲示板といった匿名サイトでの書き込み内容は、触れるまでもないだろう。全てがそうではないとはいえ、悪い話の方が注目を浴びてしまうのは、避けられないことだろうか。
21時、実際には少し遅れて21時6分頃から粂内閣官房長の記者会見が行われ、記者会見中の21時半に警察から事件について発表を行った。本州四国連絡橋は、21時に通行止めを解除。高速バスや鉄道も同じ時間に運行再開。フェリーは22時以降の運航より再開を発表。空の便は、夜間運航を行っている高松空港と松山空港が21時以降の便より運航再開。徳島阿波おどり空港は明日の便より再開。高知龍馬空港は滑走を閉鎖しているため、事故処理が完了後に再開するとアナウンスしているが、明日も終日運休となる可能性が高いそうだ。
会見では記者から事件に関する質問が多く寄せられたが、まだ捜査の最中であり、被疑者に対しても現在進行形で事情聴取を行っており、「引き続き捜査を行う」または「この場でのコメントは差し控える」といった回答が多くならざるを得ないのだが、「ちゃんと説明しろ」や「説明不足だ」と記者から声が上がる。まだ事件の捜査は進行中なのだから、説明ができないというのに。記者としては、そういった情報の収穫が無いと記事にはできないし、少しでも情報を入手したいのは当然だろう。
記者会見が終わり、日を跨ぐころ。1本の記事が投稿された。タイトルは”暴力団との癒着。薬物に溺れた犯人の最期”。内容は他の記事と異なり、八万十ダムの建設について詳細に記載されおり、当時の中小企業と無雁屋仁組が関わっていた件について触れている。さらに、ダム建設により立ち退きとなった住民たちによる反対運動が加速したと書かれているが、これはおそらく狸人たちのことを運動家として書いているのだろう。そのまま狸人とは書けないため、言い換えたと考えられる。遠賀電工電気商会の従業員は、遠賀によって犯罪を強要されたことや従業員の死亡、遠賀がドラッグを行っていたことまで記載されていた。文字の分量がかなりあり、どのくらいの人がこの記事に目を通したかは分からない。ただ言えることは、他の記事よりも真相に迫っていた。運動家は、遠賀たちによって時限爆弾を抱えさせられ、自らの死をもって犯人グループを四国から逃がさないようにしたとも書かれていた。
ただひとつ異なるのは、犯人はまだ最期を迎えていない。遠賀は生きている。本人は幻覚を見て、警察の問いに日本語で答えることができない状況だが……。そういう意味では、記者は遠賀を生きていないと捉えたのかもしれない。
*
捜査本部では、本件の事後処理が続いている。被疑者への取り調べは翌日へ持ち越しとなり、これまでの情報をもとに大量の書類との戦いが行われていた。
その中には倉知副総監と榊原警部の姿もあった。書類作成ではなく、特課と悠夏の家族に関する情報を捜査員に説明していた。頃合いを見て、鐃警と藍川巡査は
「お疲れ様です」
待機中に徳島県警の警察官から頂いたペットボトルのお茶を、さも自分たちが用意したかのように2人にも渡す。
「気が利くな」
倉知副総監は褒めたが、榊原警部は
「自販機で売ってないサイズだな。頂き物か?」
「そうですけど」
藍川巡査は、これでもかと伝わるようにふて腐れた態度を示す。榊原警部はいつものことだと完全に無視して
「それで遠賀の発見時について、倉知さんはどう考えてますか?」
「狸人が囲んでいたって話か。彼らにとって、遠賀はあくまでも怨恨の矛先のひとつに過ぎない。自分達の仲間が犠牲になったとしても、自分達の手で直接は殺そうとはしなかった」
「集団で囲って救助を行わない点では、言葉の通り見殺しですが」
「罪に問えるかどうか分からないな。交通事故の加害者ならば、被害者を救護しないのは救護義務違反に問われる。しかし、加害者でも被害者でもなく、通りかかっただけなら、救護は義務ではない。あくまでも善行」
「殺意をもって見殺しにしていたとしたら……」
「それが証明できるのあれば」
倒れている人や怪我をした人を見かけたとき、助ける行為は善行であり、道徳的な話である。現実では、誰かが救うだろうと他人事のように見て見ぬふりをする者や関わりたくないため一目散にその場を離れる者もいるだろう。あくまでも救護は義務ではないが、救急車や警察を呼んだり周囲に協力を仰いだり、そういったことができれば良いのだろう。
鐃警が机の上に置いてある新しい資料を見つけ、片手に持って読んでみると
「遠賀被疑者、かなりの薬物中毒で聴取は難しいみたいですね」
「責任能力が問われるか精神鑑定になるだろうが、薬物乱用で事件を起こした犯人に完全責任能力が認められた事案もある」
倉知副総監は、いつの間にかペットボトルのお茶を飲み干していた。危険ドラッグの使用により急性薬物中毒の状態にあったが、完全責任能力が認められた判決が過去にはある。同様に今回の事件も、遠賀に対して完全責任能力が認められる可能性は高い。現在服役中の無雁屋仁組の構成員に対して、本件に関する新たな容疑もかけられることになる。資金洗浄を行っていた人物について、捜査が行われている。
「何はともあれ、佐倉巡査のご家族を誘拐した事件は、これで一段落……」
「一段落って本人の前で言えるかどうかだが……」
倉知副総監に言われ、鐃警は「妹さんが目を覚まさない限り、佐倉巡査やご家族にとって、犯人が逮捕されたとはいえ、この事件は終わらない……ですね」
To be continued…
これにて第216話から68話も続いた遙真遙華の誘拐事件、四国狸の話は一旦区切りになります。
隅田川花火大会の話が25話ということを考えると、非常に長い話になりました。
次回の話は、悠夏も鐃警も登場しない回になる予定です。
その後について、これは計画中で確定ではなのですが、違法電波の事件や秋田の事件の続き、本件のアフターストーリーなどを考えています。それとは別に、短い話をいくつか行う予定です。
2023年10月からこの話が続いていたので、これまでのような1話か数話くらいで終わる話ですね。




