第281話 遠賀の居場所
八井田 諸誓は、恨むように遠賀のことを警察に暴露した。八万十ダム建設や無雁屋仁組、遠賀電工電気商会を含む複数企業のマネーロンダリングなど、様々な情報が出てくる。こちらから訊かなくても、これまでの鬱憤を吐き出すかのように語りが止まらない。
一通り語ったあと、
「自分はどんな処罰でも受け入れます。ただ、奴は法が裁いても俺たちは永久に赦さない」
「その遠賀の所在について、何か心当たりはありますか?」
鐃警が問うと、八井田は口元を抑えて
「知ってたら、一番初めに叫んでます。奴は何処何処にいるから、逃がすなと」
至極真っ当である。長々と供述している間に、遠賀はどこかへ逃げることができる。八井田が知っているなら、地下駐車場の階段で接触したとき、意識を失う前に叫んでいただろう。
「ちなみに、あなた方が襲われた奇妙な怪物は?」
「初めて見た。これだけ怪我を負ってまでも、あれが現実だとは受け入れられない」
「まさかとは思いますけど、あの怪物が遠賀である可能性って考えられますか?」
鐃警は自分の考えを素直に聞いた。八井田には”何を言ってるんだ”という顔をされたが、
「だとしたら滑稽だな。あれが奴の迎えた末路なら、最終的に人ではなくなった訳だ。いっそのこと、そのまま成仏できずに苦しんで彷徨えばいいのにな。……で、警察は本気で言ってるのか? 俺のこの発言は調書に載るのか?」
「調書にはしっかりと残りますよ。怪物の正体が如何様になっても」
八井田の聴取は、鐃警が最後まで先導した。しかし、遠賀の行方については分からず終いだ。
次に、安瀨地 恋那のもとで八井田の供述が正しいかどうかの確認を含め、聴取を行った。結果は八井田と同じだった。
「遠賀がどこにいったかは分からない。地下駐車場へ連れて行って待機しろっていうのが最後の指示だった」
「遠賀が行きそうな場所に心当たりは?」
こちらは悠夏が訊く。基本的には、鐃警が八井田に対して質問した内容と同じだ。
「行きそうな場所? それこそ会社の跡地とか八万十ダムの建設現場とか? そもそも遠賀がどこに住んでるかも知らない。どっかで野垂れ死んでてもおかしくはないし。あれだけ薬物乱用してたんだし」
「遠賀が薬物を使用していたことをご存じで?」
「ご存じも何も、みんなに強要しようとしたから」
「まさか社員も」
安瀨地は首を横に振り
「全員、断固拒否。遠賀によって人生を棒に振ってなお、薬物でさらに墜ちるのは遠賀だけにしろって話」
結局、遠賀の居場所は分からなかった。病室から出て、病院の会議室を借りた。榊原警部と藍川巡査が捜査本部からの新しい情報を整理しつつ、鐃警と悠夏で遠賀の居場所について推理する。
このまま行方が分からないとなると、四国の封鎖が解除できない。解除した場合、狸人たちによって事故を起こされ、再び封鎖されるおそれがある。そう考えていると、ひとつ思うことがある。
「ひとつ思ったことがあるんですが」
悠夏はそう前置きして、
「これほど遠賀の居場所が分からないなか、金長狸や狸人たちは何も動かないでいるんでしょうか?」
「というと?」
鐃警から自分の考えを述べるように促され、
「四国の封鎖を解除すれば、自分達が再び封鎖に動くと言っており、三入や櫧荃は高知県警と愛媛県警が先に拘束に至りましたが……。金長狸からの情報が捜査本部に何も出ないのが不思議で」
「確かに金長狸関連の報告は上がってないですね」
鐃警も直近の捜査本部からの報告を探るが、特には見つからない。鐃警と悠夏の会話を聞き、先に捜査資料を調べていた藍川巡査は、
「これですかね? 徳島県警からの報告で1行ないしは2行。”金長狸は何も語らずに沈黙を貫いている。こちらからの質問にも応じない”」
「怪しいと思いません?」
「そう言われると、怪しいですね」
悠夏と鐃警が意気投合するなか、榊原警部は資料を確認しつつ
「つまり、金長狸はすでに遠賀の所在を掴み、先に狸人たちが何かしらしていると? そして、警察に先を越されぬよう、情報が漏洩したり悟られたりしないように、敢えて黙っている?」
「そう考えられないですか?」
悠夏は同意を求め、否定は誰もしないので議題は自然と
「狸人は遠賀の所在をどうやって知り得たか……」
鐃警がそれを言い、藍川巡査が狐塚から得た情報を見返しつつ
「確か、交番に駆け込んだ狸人の狐塚さんは、そういった類いのことを知らないようですよ」
悠夏は少し考えてから
「狸人を2人救ったことを伝えて、聞き出せないかどうか」
1人は、秋田で紅 湖舞と一緒に誘拐されていた狸人の高六科 臣音。もう1人は、遙真たちと同じ場所にいた名前の分からない狸人。
「そういえば、秋田の捜査資料に……」
そう言って、藍川巡査は本事件と別に管理されている捜査資料を探し
「高六科さんが団三郎狸に会わせてくれと懇願したらしく」
「団三郎狸?」
鐃警が聞き返しても、藍川巡査は首を傾げる。捜査資料に補足情報は書かれていないようだ。
悠夏はスマホで調べて
「佐渡にいる狸の総大将みたいですね。連絡先は分からないですが」
「そんな……店や電話帳じゃあるまいし」
藍川巡査にツッコミを入れられたが、悠夏は思いつきで
「電話帳に載ってないですか……?」
「まさか~……」
鐃警が”ご冗談を”と言いつつも、半分あり得るかもという期待も感じていた。
「電話帳にあるなら、警察のデータベースにもあると思うが」
真面目に榊原警部から言われたが、念のため調べてみる。
「……データベースにないですね」
調べたのは藍川巡査。すぐに鐃警が
「お店は?」
「店?」
藍川巡査が聞き返した。
「藍川巡査が言ったんですよ。店じゃあるまいしって」
藍川巡査と鐃警がやりとりするなか、悠夏はスマホを操作して店舗を調べてみる。総大将ということもあり、その名を冠する店舗は色々とある。
「……あ」
悠夏の声が思わず漏れた。周りが静かになったことに気付き、なにやら視線を感じる。ゆっくりと顔を上げると、3人がこちらを見ている。黙って瞬きをしても、誰も何も言わない。こちらから喋るのを待っているようだ。
「……それっぽいお店。見つかりました」
悠夏が3人にスマホの画面を見せる。店は”居酒屋 総大将”という新潟県信越峠町にある古民家風居酒屋らしい。店のホームページには、店長の名前などはないが、悠夏が「ここを」と指差す先には、店内の写真撮影者の名前が書かれており、虎和希と書かれていた。
To be continued…
どうやら一仕事終えた虎和希さんの仕事が1つ増えたようです。
遠賀の居場所はすぐには分からなかったため、もう少し時間がかかりそうですが、情報さえ掴められればすぐに確保までいけるのか?
官房長官の記者会見まであまり時間は残されていません……




