第280話 想像していた通り
ゲリラ豪雨により路面は濡れ、水溜まりがいくつもできている。空は曇っており、星は見えない。時刻は20時前。
重信川の土手、県道193号線は街灯がなく暗い。すぐ近くの見奈良大橋には街灯があり、度々通る車が通る。
土手は塀よりも高く、刑務所の中が見える。今の時間、外に出ている者はいないようだ。男は背負っていた鞄を開けて、何かを取り出す。箱のようなものを3つ出して、アスファルトの地面にゆっくりと置く。箱からは長い導火線が出ており、濡れないように束ねている。
計画の変更を余儀無くされ、警察に無雁屋仁組のメンバー解放を要求できなくなった。どうするか迷った末、警察が各地に散らばっている今、刑務所の壁を爆破すればいいのではないかと考えた。できるできないではなく、やるしかない。
櫧荃 立夜は父親から暴力を受けていた。ある日それらに耐えられなくなり、家を飛び出した。行き先はなく、拾って貰えたのは無雁屋仁組の構成員だった。当時は善し悪しなど分からず、いや今もハッキリとは分からない。メンバーから親のように教えられて過ごしてきた。
別行動をしていたため、無雁屋仁組のメンバーが捕まったことは後から知った。彼らの供述に逃げたメンバーの名は出ておらず、警察の手は立夜にまで届かなかった。
純粋にもう一度会いたいと思った立夜は、火薬を入手したことで爆弾を製作。これで刑務所の壁を壊せば助けられると思っている。壊した後のことや受刑者がどこにいてどう逃がすかなど、その次の手段まで考えていないのだろう……。
今も目の前の準備で周囲の光景など視界に入らない。導火線をまっすぐに伸ばして、鞄から安物のライターを取り出す。中身の液体の量は少なく、直近で購入したものではない。ひと呼吸し、ライターで何度か着火を試みるが、なかなか点かない。
ライターに3分ほど格闘したあと、火が点いた。それを導火線に近づけようとすると、右腕を誰かに掴まれる。
「?!」
驚いて掴んだ男の方を見る。すると、警察手帳を見せて
「愛媛県警です。これから何をするつもりで?」
逃げなくては。そう思い、振り払おうとしたが、警察官はその男だけではない。周りを見ると、警察官が6人ほどいる。遠くに偶然通りかかったであろう自転車に乗った野次馬が、スマホのカメラをこちらに向けている。
どうやって逃げればいい? そればっかりを考える。
「おっと、逃げようとしても無駄だぞ」
腕を掴んだままの男がそう言う。さらに、別の警察官にライターと手作りの簡易爆弾を奪われる。
仲間を奪われ、助ける手段までも奪われる。
「暴れると公務執行妨害もつくぞ」
男に言われても、振り払うことを諦めない。
「櫧荃 立夜で間違いないか?」
名前を聞かれた。拒まずにいると
「犯罪教唆の容疑がかけられている」
別の警察官が「失礼します」と鞄を探り出し、財布と運転免許証が出てきた。運転免許証には当然ながら名前がかかれている。
他の警察官にも抑えられ、気付けば両手に手錠がかかる。
「20時2分。櫧荃 立夜、伊鞠に対して犯罪を唆した教唆の疑いで逮捕」
もう終わりだ。どうにもできない。立夜はどうしていいのか分からず、声が嗄れるまで喚き叫ぶ。自分の行為が悪いことだと分からない。父親に力でねじ伏せられた日を思い出す。
*
「愛媛県警より報告。櫧荃 立夜を確保」
警察無線で報告を受け、残りは遠賀 里一である。
「佐倉巡査の想像通りになりましたね」
「……遠賀は警部の想像通りになるんですしょうか?」
悠夏は、鐃警がどこまで本気で言っているのか分からない説について触れると
「我々、殺人罪って適用されるんですかね?」
「……あれは人なんですか?」
もしも異形なモノが遠賀 里一と同一だった場合、鐃警がクリスタルを割った。つまり、鐃警に対して殺人罪が適用されるかどうか。相手は人間の姿をしていない。なんなら鐃警もロボットだから、そのあたりがややこしい。悠夏は殺人幇助ないしは共犯になるのだろうか。そもそも、相手は殺人未遂を犯しており、犯人逮捕のために制圧しようとしたが、殺さざるを得なかった場合は問われないのではないだろうか。
時刻は20時15分。八井田 諸誓と安瀨地 恋那が搬送され治療を行った徳島市立中央病院に到着。
それぞれに個室が割り当てられた。隣同士では無く、階が異なる。病室内はベッドと医療器具があるくらいだ。テレビは警察によって撤去している。余計な情報を入手されて、証言が変わってしまわないようにということらしい。
鐃警と悠夏、榊原警部、藍川巡査も病院に到着。救急車を追いかけたのか、報道陣が何組か病院の前に構えている。病院に入る際、報道陣からカメラとマイクを向けられたが黙って通り過ぎる。入口で榊原警部が振り返り、
「一般の患者さんもいますので、ここでの取材はお控えください」
すると、記者は「ここにはどなたが搬送されたんですか?!」とマイクを向けてくる。
「警察からの正式発表があるまで、報道による情報の拡散抑止をお願いします」
榊原警部は記者からの質問に答えず、入口から離れるように促す。今度は別の記者が
「まだ犯人は捕まっていないと言うことでしょうか?! いつまで四国を孤立させるおつもりで?!」
その質問をする先は自分達ではないと言いたくなったが、黙って病院の中へ。エレベーターは使わずに、奥の階段を使う。3階まで上がると、警察官が1人立っており、医療関係者とこの階に入院する患者の関係者、警察以外が通らないか監視している。
八井田の病室の前にも警察官が立っている。「起きていますので、どうぞ」と言われて病室の中へ。
八井田はベッドで横になったまま、徳島県警の警察官からの質問に答えているようだ。丁度、会話が途切れたタイミングだったらしく、悠夏は素直に心配して
「お体はいかがですか?」
「はい……なんとか」
受け答えには問題ない。鐃警が最初に当時の状況から話す。
「僕らが見たとき、襲われて酷い怪我を負っていましたので、命に別状なくよかったです」
「消防とSITを引き連れて助けてくださったのは……」
「こちらの、警視庁特課のおふたりによる先導で、消防とSITが動いていました」
徳島県警の警察官が紹介すると、八井田は感謝を述べる。
「ありがとうございました……」
鐃警は謙遜などせず、すぐに叱るように
「しかし、あなたが言うのはお礼ではないですよ。あなたが誘拐した2人は、佐倉巡査のご家族です」
悠夏は、個人的な感情は抑えてあくまでも無表情を貫く。八井田は感謝の表情から、すぐに申し訳ないと謝罪を述べた。
そして、どうして自分達がそんなことをすることになったのか語り始めたのであった。決して許してくださいとなど言えるわけがないと、本人は自分の犯した罪を認めているようだった。
次々と逮捕される被疑者。本件に限り、残るは遠賀のみ。
最後の八井田の語りは、第272話の内容になります。遠賀はどこにいるのか。次回明らかになるのか。
長かった今回の事件も一区切りまでもう少しとなりました。
ただ、本件に関連した未解決の事柄がまだまだありますね……




