第275話 シャッターの向こう側へ
地下駐車場の地下6階。3センチしか上がらないシャッター。路面に耳を擦りつけ、片目で奥を覗き込むのがやっと。悠夏はやっとの思いで探していた遙真を見つけた。だが、黒煙がワゴン車のほうから上がり、遙真はその危険なワゴン車へと走って行く。ようやく見つけたのに、危険な場所へ向かっていく。もしも、あの車が引火して爆発したら……。やっと手が差し伸べそうなところまで来たのに、永遠に届かない場所に行かないで……。
ワゴン車には遙華が乗っているのだろう。それと、狸人も。遙華を助けるには、一番近い遙真が行くしかないし、行くのが当然だろう。だから、行かないでとは言えない。狸人の少女の状態も分からない。
冷静になれ、自分。私は遙真たちを救う。悠夏は自分に言い聞かせて、警察無線のインカムで目の前に見える状況を伝える。
「ワゴン車の車内、後ろのトランクのドアから少量ながら黒煙が出ています。駐車場内には遙真以外におらず、犯人らしき人物は見えません。ワゴン車は、シャッターから駐車枠26台先」
「駐車枠はおおよそ2.5メートル。その26台分となると、途中の柱を考慮し80~100メートルくらいか」
捜査本部で慌ただしく人が動いているのは、インカム越しでも分かる。現場の消防隊員は、長さを聞いて1本20メートルのホースをさらに延長している。
「先にホースを!」
悠夏が消防隊員へ叫び、ワゴン車へ向かう遙真に
「遙真! 受けとって!」
悠夏はホースをシャッターの下から通そうとするが、わずか3センチの隙間ではノズルが通らない。遙真にも聞こえていない。
遙真はワゴン車の近くまで走っている。シャッターの部分切断は急いでももう少しかかる。
「シャッターを車でぶち破るとかは?!」
どこの捜査員がそう言っているのか分からないが、動かせる車はここにはない。地上とも繋がっていない。あとで分かったが、その提案は藍川巡査だった。
「倉知です。至急、消防設備の確認と漏水の危険性がないか確認願う。あと面する川に船がいないかどうか」
倉知副総監は徳島城跡の公園にある堀の水を眺めながら、次の危険性について指摘した。もし爆発した場合、地下駐車場の壁が崩落し、川から水が流れ込むおそれがある。
「こちら捜査本部。徳島市内のひょうたん島クルーズは、橋の裏に描かれたイラスト、橋の下美術館を目玉としており、日没後は行っていない。消防設備について、図面が古く現在中央消防にて現地確認中とのこと」
徳島市の中心街、徳島駅周辺はその名の通り島である。新町川と助任川に囲まれ、まるで瓢箪のような形をした島。そのため、2つの川を周回する観光ツアーは、ひょうたん島クルーズと言うそうだ。遊覧船は、およそ6キロを30分で周遊する。いくつかの橋をくぐるのだが、その橋の下、つまり橋の裏側とも言えようか。そこに有名なアニメや著名な絵師による大きな作品が描かれており、ほぼこの遊覧船からでしか見えない。今年はアニメコラボも力を入れており、様々なファンが乗船しているそうだ。
「まて、クルーズはお盆期間は確か夜も営業していたはずだ」
他の捜査員が指摘してすぐ、22時まで営業していることが分かった。
「船を近づけさせるな! それと水上警察と連携!」
また警察無線が騒がしくなる。
地下駐車場の地下5階。地下6階から戻ってきた消防隊員が消防施設の確認を行っている。そもそも地下駐車場の消火設備としては、水噴霧消火設備や泡消火設備、不活性ガス消火設備、ハロゲン化物消火設備、粉末消火設備といったものがある。そのうち有人の地下駐車場ならば、水噴霧消火設備や泡消火設備が主流だろうか。無人の駐車場や速やかな消火を必須とする場合は、不活性ガス消火設備やハロゲン化物消火設備らしい。
「泡消火設備じゃないのか……」
「スプリンクラーですよ、どうみても」
「駐車場自体は古いからな。ガス系の消火設備では無さそうだ」
消防隊員たちは、すぐに調査結果を報告。すぐに消防署から県警の捜査本部へと伝達された。
「シャッターはまだ?!」
「今やっている!」
悠夏が消防とSITの隊員を焦らせたところで状況が変わらないのは分かっている。分かっているが……、それぐらいしかできないし、寧ろ隊員の集中力を削ってしまいマイナスであることは頭では分かっている。頭では分かっていても、居ても立っても居られない。
「全部裁断できなくても構わないので、僕が突撃します」
鐃警はシャッターから少し離れて助走の距離を取る。ロボットの彼がシャッターに突撃して、完全に裁断されていないシャッターを破れるかは分からない。ただ、生身の人間がやるよりは効果があるかもしれない。ハンマーよりもサイズがデカイこともある。
隊員が裁断を中断し、鐃警が助走を付けて腕をクロスし突撃する。だがシャッターにはね返される。すぐに隊員たちは裁断を再開。まだシャッターは破れないのならば、さらに裁断して2度目の突撃で破れるようにするまで。
シャッターは古い防火用で、通用口はおそらくリニア工事により無くなった部分にあったのだろう。
鐃警が再び助走の距離を確保し、陸上選手のように右手を挙げる。まるでこれから走り幅跳びでもするかのようだ。
「2回目行きます!」
鐃警が走り出すと、消防隊員が
「裁断完了!」
と叫び、シャッターの一部分が隊員たちによって取っ払われる。
「ちょっとっと、と」
走り出した鐃警は途中で急停止し、あと少しで隊員たちにぶつかるところだった。
「突入!」
SITと消防隊員、悠夏が一斉にシャッターの奥へ。鐃警はホースに気をつけつつ、遅れて突入。
すでに遙真は後方からワゴン車の中へ。炎はここからでは見えないが、黒煙が段々と濃くなる。
遙真は、横たわる尻尾のついた少女の腹から小さな火が出ているのに気づき、消火するためのものがないか確認するが、ワゴン車の中には特になにも無かったことを思い出し、1人では2人を同時に外には出せない。遙華の頬を数回叩いて起こそうとするが、起きる気配はない。遙華の頬が少し赤くなっており、そこそこ強く叩いたつもりだったが……。火を消す手段が思いつかず、一先ず遙華を背負って、車の外へと出る。振り返ってワゴン車の車内を見ると、火の手がワゴン車のシートに燃え移る。純正の燃えにくい素材ではなさそうだ。車の内装は難燃素材を使用することが義務づけられている。そんな簡単にシートが燃えるはずないのだが……。
「遙真! 遙華!」
悠夏の声に気付いた遙真は、声のする方を向くとシャッターの一部分が貫通しており、大勢の人が走ってくる。
「ガソリンに引火して爆発する可能性がある! 対象を保護次第、待避するぞ!」
指揮する消防隊員が最初に着いて、防火布を使い、燃える少女を抱きかかえる。ワゴン車の中はすでに激しく燃えている。消防隊員はすぐに初期消火は無理と判断をし
「初期消火は無理だ! 全員待避!」
SITはワゴン車から距離を取った位置で防護盾を構え、壁になる。悠夏は遙真の手を掴み、
「逃げるよ!」
遙華を背負った遙真、火傷を負う狸人の少女を抱える消防隊員。皆が防護盾の後方まで、できればシャッターの向こうを目指し走る。
そして、全員がSITの壁を越えた瞬間、ワゴン車が爆発した。
To be continued…
これまで冷静を保っていた悠夏ですが、弟妹の命の危機を目の当たりにし、自分自身を抑止できず、周りを焦らせてしまう。本人が一番分かっていると思いますが。
さて、ついに遙真と遙華を救出するところまで行き着いたわけですが、ワゴン車が爆発し恐れていた事態に……
次回は地下駐車場からの脱出。




