第274話 地下駐車場
地下駐車場の上層階から大きな物音がする。この上は地上なのかそれともこの上も駐車場なのか分からない。ワゴン車のリアゲートは開けたままにしていている。正直、開けっぱなしと閉めるのと、リスクはどちらが高いのか分からない。
遙真は事務所内の捜索を行っていた。何か情報が無いかと、デスクの引き出しやキャビネットを順番に開けていく。しかし、中は空っぽだ。
ということは、全部見るまでも無く、ここは営業していない可能性が高い。営業していないと言うことは、人が来る可能性も低い。そもそも人質を隠しているんだ。人が来ないところを選ぶだろう。徳島市内で営業していない地下駐車場。それが分かっても、ネットで調べられないし、外部との連絡が取れない。
結論を言うと、できることがないか考えて行動しても成果なし。このまま無駄に時間だけが過ぎていく。遙真は目覚めてから何時間起きているだろう。疲労が蓄積し、不安に押しつぶされようとしても諦めずに足と手を動かす。水分や食事さえもできないこの状況で。
外は真夏日。地下駐車場といえども、気温はそこそこあるだろう。額にかいた汗を腕で拭う。首筋の汗も。
「……まずいな。一旦休憩するか」
このまま動き続ければ、熱中症か脱水症状で倒れるかもしれない。ここで倒れた場合、眠ったままの2人はどうなるだろうか。犯人が戻ってきたときに……。いや、そもそも犯人と対峙したときどうすれば助かるだろうか。
*
警察無線では、敵対生物や殲滅など、おおよそ聞くこと無いような言葉が飛び交っていた。都度報告するのはSITの隊員と特課の鐃警と悠夏である。捜査一課の榊原警部と藍川巡査は、入口付近で待機している。500メートルの規制エリアは、異形なモノの消滅により100メートルまで解除された。しかしながら、阿波踊りを見ずにこの警察の集まりを撮影する観光客が現れはじめた。
「こちら鐃警。敵対生物が壊したであろう崩壊した壁がある地下3階を捜索中。新たな敵対生物や人間は発見できず」
「こちらSIT宮倉。地下4階への扉が曲がっており、進入のためドアを破壊。これより突入します」
「こちら佐倉。地下5階への階段は閉ざされており、別の非常階段から進む必要があると判断。SITと共に地下4階に入ります」
「こちら捜査本部。敵対生物に遭遇した際は、速やかに報告し後退するように」
発砲の許可は下りていない。階段の時と同じく、消火栓からの放水で弱らせる。
「地下4階、電気系統が生きており、照明が点いています」
報告しつつ、周囲を見渡す。異形なモノは見当たらない。
「こちら鐃警。地下3階、クリア」
クリアとは、安全確保の意味である。
「こちらSIT。地下4階も問題ない。しかし……」
「どうした?」
「地下5階への階段が見つかりません。それと、崩れたあとが……。路面にかかれた矢印の向きからして、スロープのあった場所と思われます」
「分かった。待機している消防への協力を依頼する」
消防とSITが崩れたコンクリートを砕きながら、穴を開ける。それを見守る鐃警と悠夏。
「警部。あの崩れたコンクリート、なんで崩れたと思いますか?」
「僕らが斃した異形なモノが暴れて崩したのかもしれないですね」
「その異形なモノって、どこから来たんでしょうか」
「犯人の2人はここに潜伏していたわけですし、外から来たとすると、阿波踊り会場近くで誰かが目撃してるでしょうし、非常口の入口はヤツには小さすぎるかと」
「地上にいる藍川巡査から聞いた話だと、この地下駐車場へ車での出入口は完全に埋まっているそうですし……」
「犯人はこの地下駐車場へ車で出入りしていない。誘拐した人質を背負って非常階段を下りたということに……」
出入口の封鎖された地下駐車場だが、取り残された車が各階に1台以上あった。もう動かせないあの車の持ち主は、どうするのだろうかと思われたが、おおよそ延滞して駐車料金が払えずに出せない場合や、持ち主が亡くなったなど、取りに来ない理由は色々考えられる。
「そろそろ貫通するぞ」
消防隊員やSITの隊員がコンクリートを砕いて、ついに貫通。全員がその穴から何か出てくると身構えるも、何も起きなかった。
「こちらSIT。地下5階へと向かうルートが貫通。特に異常は見受けられず」
地下5階は多くの照明が切れており、点灯しているのは一部だった。不気味にも何もない。スロープからそのまま地下6階へと進もうとすると、シャッターが下りていた。
「こちらSIT。地下6階はシャッターにより封鎖。これよりシャッターを上げます」
先程と同様に、SITと消防隊員が協力してシャッターを動かす。鐃警と悠夏は体勢を低くして、シャッターの隙間から奥を覗く。シャッターが3センチだけ開くと、悠夏が
「遙真?!」
名前を叫ぶと、シャッター向こうにいる人影がこちらへと向かってくる。
「捜査本部、こちら鐃警。シャッターの隙間から誘拐された佐倉 遙真くんと見られる人影を発見」
すぐに鐃警が警察無線で報告する。宮倉警部補が続けて
「地下6階のシャッターですが、変形しており3センチ以上開けることができないため、シャッターを壊します」
シャッターの奥にいる遙真は、悠夏と同じように低い体勢で覗き込む。
「遙真、遙華も無事?」
「悠夏姉、遙華もいるけど……」
「けど?」
「全く起きなくて……。それと、知らない少女もいる。尻尾が生えてた」
「尻尾?!」
おそらく狸人だろう。遙真や遙華たちと同じく誘拐されたのだろう。そうなると、1つ嫌な予感がする。それは、時限式の発火物。
「その少女は今どこに?」
「遙華と一緒にあの車の中……」
遙真が振り返ってワゴン車の方を見ると、黒い煙が上がる。
「待って! 遙真!」
悠夏の声は聞こえただろうか。遙真は一目散に車へと走っていく。
「早く! シャッターを!」
「今やっている!」
悠夏が焦らせなくても、消防隊員とSITがシャッターに刃を入れて人が通れる大きさの穴を作ろうとしている。鐃警はすぐに警察無線で報告。
「こちら鐃警。地下6階に佐倉 遙真くんの他に、遙華ちゃんと狸人の少女がおり、現在2人を乗せた車から黒い煙が出ています」
報告で推測は言わない。時限式の発火物の可能性や狸火の可能性など、捜査本部が慌ただしくなる。
「この距離、ホースが足りない……」
鐃警がボソッと言うと、悠夏の不安を掻き立てたようでシャッターを無理矢理にでも開けようとする。
「佐倉巡査、シャッターは上がらない! 我々が道を開く」
宮倉警部補は悠夏に落ち着くように言うが、じっとなどしていられない。目の前にはようやく見つけた家族。それが今、目の前で危険に晒されている。
「地下5階から消火器とホースをもってこい!」
消防隊員たちがスロープを戻り、地下5階で待機する隊員から消火器とホースを受け取る。もともと敵対生物が現れたときに速やかに放水が出来るように考えていた。だが、それは後退してホースの届く位置まで移動することを前提としていた。地下5階の消火栓は作動するようだが、ホースの長さが足りない。片っ端からホースを延長していくがどこまで距離を稼げるだろうか……
To be continued…
ついに遙真たちを見つけ出したが、すぐに窮地へ。
地下駐車場のスロープが外に繋がっていないということは、遙真たちがいたワゴン車も放置車両の1つなのでしょう。地下6階までわざわざ非常階段とスロープで運び込んだということに。確実に隠すために奥の方まで進んだのでしょう。
そして、遙真たちを無事救出できたとしても、この話はまだ終わりません。主犯がまだ残っています。




