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第272話 零落した男

 零落(れいらく)とは、落ちぶれること。……いや、奴はそもそも高みにいたのだろうか?

 遠のく意識の中、走馬灯のように過去のことが脳裏を駆け巡る。死にゆく前は、このような経験をするのだろうか。異形なモノに為す術無く、摩季(まき)ちゃんが先に倒れてしまった。助ける助けないという選択肢さえも考える時間はなかった。奴は自業自得。落ちるところまで落ち、1人では()くこともできず、俺らを巻き込んで自らが死ねずにいる。不択手段(ふたくしゅだん)の奴は追い詰められて、力欲しさに邪悪な闇に(おぼ)れたのだ。魔王? 奴は魔王になったつもりでいる下級のモンスターに過ぎない。小物だ。

 そんな奴に従わざるを得なかった俺らは、一体なんなんだろうな。もし生き残ったとしても、すでにこの手は犯罪に染まっている。足を洗ったところで、汚れた手は綺麗ならない。


 ある日、奴は八万十(はちまんと)ダム建設という巨額な案件を持って帰ってきた。小さな遠賀(おが)電工電気商会に何ができるのか。資料を見てみると、名だたる有名企業の名前は1つもなく、この周辺にある中小企業が連なっていた。果たして、今も残っている企業はどのくらいだろうか。

 俺を含めて、社員はハイリスクな案件に否定的だった。しかし、奴は社長としてどんどん話を進めていった。そして、その相手が反社であると知ったのは、取材を受けたときだ。

 取材の日。社長のインタビューを終えた記者は、帰宅する俺らを待っていた。名刺には、虎和希(とらわき) 剛美(こわみ)と書かれていた。その日は俺と山峯(やまみね) 菜種(なたね)が同じタイミングで上がったため、3人で居酒屋へ向かった。そこで、記者からこの案件の裏の話について聞かれた。しかし、俺も山峯もそんな話は知らない。すると、記者は社長とある男がバーで会話している写真を見せてきた。無雁屋仁(むかりやに)組という暴力団に所属する人物らしい。そのドンである無雁屋仁 媼廼(おうだい)について、記者から話を聞いた。奴はその男から多額の金を受け取り、この事業に参加したそうだ。

 翌日は社長が終日外出だったため、従業員全員にこの話を共有した。誰しもが最初から怪しい話だと思っていたから、この話が嘘だと疑う者はいなかった。その日のうちに、社長が出社した日に全員で追及することを決めた。勿論(もちろん)、社長の退任になるだろうし、会社は社会的信用が失墜する。社長が(こば)むのであれば、全員が退職する。それぞれが夜のうちに準備した。

 しかし、全員が賛同したように見えたが、その中には奴の息がかかった従業員がいた。ソイツが奴に密告したのだ。

 そして、全員が社長の出社を待っていると、現れたのは社長と強面の男達。バレた以上、強硬手段に出た。暴力団である彼らは、力で俺たちの行動を止めたのだ。奴はこう言った。「裏切れば、誰か1人に責任を負わせる。君らにも大切な人がいるだろう?」と。

 そこからは畏縮(いしゅく)しながら、言われたことを(こな)傀儡(かいらい)となった。八万十ダム建設は調査作業を終えて、本格的に建設へと着手することとなった。全員が監視下に置かれるなか、不正を暴くために山峯はたった1人で秘密()に動いていた。証拠を押さえて、俺に相談してきた。

「俺が社長派閥だったらアウトだぞ」

「私は下条(しもじょう)さんなら大丈夫だと思うから」

 彼女は俺を信頼していた。彼女がそんなに俺を頼るのは、新人のときに教育担当をしたからだろうか。それとも、記者から聞いたときに同席したからだろうか。どんな理由にしても、もう聞くことができない。彼女のその後をなんとなく知ったのは、八万十ダム建設が止まった数日後だった。

 無雁屋仁が大勢で押しかけて、「社長を出せ」と叫んだ。社長が出てくるなり、何も言わずに無雁屋仁が顔面を殴り、その場にいた社員全員が恐怖した。

「おい、どう落とし前つけてくれるんだ?」

「えっと……」

 遠賀が何のことかと惚ける。しらばっくれるということは、何か知っているのだろう。あからさまな態度であることは、その場にいる誰もが感じた。その結果、もう一発鈍い音がする。

「部下をコントロールできない無能が」

 このまま遠賀は殴り殺されるのではないかと感じたが、社員の誰1人として助ける者はいない。奴が死ぬ死なないよりも、自分の身を守るので精一杯だ。奴が死んだところで、今の監視が終わるだろうか。

 沈黙の時間が過ぎる。誰も目の前の作業に集中できない。ヒリつく空気で、畏縮し体が動かせない。この時間がしばらく続くかと思えたが、外にいた組員が無雁屋仁に駆け寄り、耳打ちをする。すると、無雁屋仁は

「次会ったときは最期だと思え」

 と言い残して出て行く。遠賀はしばらく起き上がれずに倒れていた。社員は誰も手を差し伸べないし、救急車さえ呼ばない。奴から命じられないから。そう言い訳して。

 後から知ったが、無雁屋仁が短時間で撤収したのは、警察の家宅捜索が行われるという情報を入手したからだ。結局、間に合わずに無雁屋仁組は高知県警によって逮捕された。容疑は組織犯罪処罰法違反の疑いである。八万十ダム建設に関係する地域の企業を恐喝し、資金洗浄(マネーロンダリング)行為をしていたそうだ。

 警察への匿名通報は、おそらく山峯である。本人や警察に確認できないから確証はないが、きっとそうだろう。

 傀儡となって以降、社員同士の交流はなくなり、それぞれがどこで何をしているかは分からなくなった。山峯に最後に会ったのは、1週間前だった。そして、無雁屋仁組の呪縛から遠賀電工電気商会は解放された。そう、無雁屋仁組()()()。八万十ダム建設が中止になり、関わった中小企業が果たして昔のようになれるだろうか。反社に関わった会社が、他のクリーンな会社と取り引きできるだろうか。官公庁からは即座に仕事を切られ、八万十ダム建設以外の商売も全て打ち切られた。親しくしていた会社でさえ「今まで通り仕入れをしたいけれど、うちに影響が出かねないから」と断られた。反社との関わったことや企業風土から外部企業からの企業評価は壊滅。次々と倒産していった。

 そして、遠賀電工電気商会も倒産。俺らはやっと社長から解放されるかと思われた。それは束の間だった。

 孫の常枝(つねぐさ)くんといとこの理絵(りえ)ちゃんが行方不明になる。さらに好恵(よしえ)さんも行方不明になり、後に死亡。遠賀は孤独な身となる。

 遠賀は元従業員を再び力で()じ伏せ、ある計画を立てた。俺たち常人には理解できないあまりにも自分勝手で、あまりにも愚かなことだ。

 奴は八万十ダム建設が途中で止まった原因である狸人(たぬきびと)に対して矛先を向けた。同時に、自分の孫と妻を救えなかった警察に対しても。なぜ犯人に矛先を向けなかったのか。それの理由は簡単に分かる。犯人が分からないから、身近な警察と狸人に対して向けたのだ。たったそれだけの理由。

 元従業員の親族を人質に、実行役を押しつけられる。奴は「山峯のようになりたくなければ、俺の言うことを聞け」と怒鳴りつけた。「そんなことできるか」と八井田(やいだ)(そむ)くと、その日のうちに八井田の家中(いえじゅう)が荒らされた。幸い誰もいない時間だったから被害は物品だけに済んだが、もし妻がその場にいたらどうだったか。

 そして、遠賀は無雁屋仁組の残党を率いていた……。どうして無雁屋仁組の残党が遠賀の指揮系統にいるのかは分からない。そして、渡された薬品をどこから仕入れたのかも。

 結局、俺らを襲ったアレは何だったんだろうか。狸人が化けたものか。それとも、治験によるものか……。

 奴はダム建設の時点でもう戻れないところに落ち、ずっとそこで藻掻(もが)き暴れている。勝手に藻掻けばいいものを、無関係な人々をこれでもかと巻き込んで……。俺らは蟻地獄に落ちた。()いずって戻ることなど出来やしない。藻掻けばそれだけ早く失うこととなる。だけど……俺がここで死んで、俺の家族は解放されるのだろうか。俺の代わりとして、使い捨ての駒にされるのでは……。やっぱり、まだ絶えるわけには……


To be continued…

下条(しもじょう) 映彦(てるひこ)による走馬灯。この作品は流血描写を……って先週も書きましたが、何度も殴られた遠賀(おが)社長はそれはそれは酷い怪我を負ったでしょう。傀儡となっていた社員たちは複雑な心情だったのかどうか。あわよくばと考えた者もいたのではないだろうか。

悠夏の家族が狙われた理由。遠賀による鬱憤晴らしによって(……という表現適切かどうか分からないが、結局暴走していることで)被害を(こうむ)ったというわけででしょうか。もはやどうなろうが知ったこっちゃないというレベルで暴れているようで、これ以上何を行うのか……

次回、八万十ダム建設と狸人について

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