第27話 詰みました
電話に出ると、
「詰みました」
悠夏がストレートに言ったので、藍川巡査は「えっ?」と言葉に困り応答をしばらく待つと、悠夏が
「これ以上、進めないんですよ……」
「どういうことですか?」
「藍川さんに頼まれたゲームですが、先に進めなくなったんですよ」
藍川が少し話を聞くと、メインストーリーは第三章をクリアしたものの、イベント配信のストーリーが進めずに困っているとのことだ。現在、鐃警が片っ端から入力しているが次に進まない。
「詰んでいるのは、オフィスで内線をかけるんですが、肝心の番号がゲーム内のどこにもなくて……」
「内線番号?」
「ゲーム内で、あるオフィスを主人公の橋爪 篤哉が訪れて、受付で、落合さんという人に連絡を取ろうとするんですが、その4桁の内線番号がどうしても……。今、警部が0001から総当たりで入力してるんですが、まだ0400くらいで……」
藍川巡査は何を思ったのか、「ちょっと待って」と、電話を保留にせず、話口を手で覆い、
「すみません。落合さんの内線番号っていくつですか?」
「な、内線番号ですか?4865ですが……」と、何の脈絡もなく質問されて、落合さんは戸惑ったようだ。
「ありがとうございます」
と、藍川巡査はお礼を言って、悠夏に伝える。
「佐倉巡査、落合さんの内線番号は、4865です」
「え? 4865?」
悠夏は一瞬分からなかったが、後ろで鐃警が入力して、ゲーム画面が進む。
「あっ、進みました……。でも、なんでですか?」
と、悠夏が理解できないでいると、藍川巡査は
「杉戸さんの同僚に、落合さんという方がいらっしゃって、今その人から被害者について、訊いていたところで」
と、説明を全てする前に、後ろから鐃警の声が聞こえる。だけど、聞き取れず、悠夏が改めて伝える。
「次は、高円寺さんの内線番号です」
「ちょっと待って」
と、藍川巡査が再び話口を手で覆い、
「すみません、高円寺さんって方はいらっしゃいますか?」
すると、落合さんが
「設計部にいますが……。『狭霧の鍵』でキャラクターデザインを担当している人です」
「その人の内線番号って分かりますか?」
「内線……、野方、分かるか?」
「最近、電話するときにメモを……」
と、野方さんが小さなメモ帳をかなり捲って、
「多分、この番号だと……。デスクに戻れば、正確な番号が分かりますが……」
「何番ですか?」
「8751です」
「ありがとうございます」
と、藍川巡査はお礼を言って悠夏に伝える。
「佐倉巡査、高円寺さんの内線番号は、8751です」
悠夏は鐃警に伝え、番号を入力すると、ゲーム画面が進む。
流石に、連続して当たるとなると、もう考えられることは一つしか無いだろう。これは、ゲーム内にヒントは無く、社内の人間でしか解けないストーリー。ということは、社内の人間に向けたメッセージだろうか。少なくとも、一般人ではたどり着けない。
ゲーム画面は、会話から移動へ。鐃警は2つのコントローラーを左手で持ち、右手を悠夏の方へ差し出し、
「電話、替わります。移動はヘッドマウントディスプレイを付けないと厳しいので、また付けてください」
悠夏は藍川巡査に、「警部に替わります」だけ伝え、受話器を鐃警へ。ヘッドマウントディスプレイを装着し、コントローラーを受け取って、両手に持つ。
「オフィスの奥に移動しますね」
そう言って、主人公を操作し、奥へと進む。すると、今度はドアの暗証番号である。流石に、これは厳しいのではと思っていると、入力画面には遷移せず、後ろから声をかけられた。
ゲーム内のセリフで、「橋爪さん。そっちに行っても、杉戸さんはいないですよ。練馬区の事務所じゃないですかね?」と、先ほど内線で会話した落合という人物が言った。
「練馬区の事務所?」
悠夏が気になっていると、鐃警が調べていたようで、
「有限会社リアーリャ・チバティルの事務所は、中野区にしか存在しませんが……」
「何か、別の意味を示唆しているんでしょうか……? それとも、単なる地名で、考えすぎですかね?」
一先ず、練馬区の事務所に関しては置いておき、ゲーム内の会話を続けると、何の脈絡も無く、急に杉戸さんの話になり、
「杉戸さんの赤ちゃんの名前を入力……って、漢字の変換もあるんですが」
唐突な入力式に驚いて、悠夏がそう言うと、警部は椅子から立ち上がり、ホワイトボードの方へ。ホワイトボードのそばには、事件資料のファイルがあり、それを開いて、
「書いてないですね……」
と簡単に確認し、通話状態の受話器を持って
「藍川巡査。杉戸さんの赤ちゃんの名前って分かりますか?」
「ちょっと待ってください」
と、藍川巡査が再び話口を手で覆い、
「申し訳ないんですが、杉戸さんのお子さんのお名前ってご存じですか?」
すると、野方さんは
「”ちほ”ちゃんです」
「ありがとうございます」
と、藍川巡査はお礼を言って鐃警に伝えるが、鐃警はすぐに
「漢字でどう書きますか? それが重要です」
と言われ、藍川巡査は野方さんに
「すみません。漢字でどのように書きますか?」
「えっと、”ほ”は”いなほ”の”ほ”で、”ち”は……。あれ、何て言うんだろ……。ど忘れして……」
川喜多巡査が自分のスマホで”ほ”を入力し、
「この変換の中にありますか?」
と、変換の候補を表示した画面を見せる。その中から探し、
「これですね」
と、指差されたものを川喜多巡査が確認し、
「”ちがや”ですね」
「”ちがや”?」
と、藍川巡査は漢字が思い浮かばず、川喜多巡査が入力した漢字を見て
「”かや”か。それって、”ちがや”って読むの?」
その会話が受話器から聞こえ、鐃警は悠夏に
「ちほちゃんらしいです。漢字で、1文字目が”かや”。2文字目は”いなほ”の”ほ”です」
悠夏は、コントローラーで文字を入力し、
「”かや”で、変換して……、”いなほ”って入力して、”いね”を削除」
入力漢字は、”茅穂”。決定を押す前に、悠夏は
「これって、もしかしてフルネームですかね?」
「駄目だったら、フルネームで入力ですね」
と、鐃警に言われて、名字は入力せずに、決定ボタンを押す。すると、会話が進み始めた。しかし、またもや何の脈絡もなく、入力画面になり、その内容は……
「警部。有限会社リアーリャ・チバティルの昨年度の売上高が問われているんですが……」
「そういうのは、決算書に……って、有限会社の場合は公開するのかな……」
そう言って、鐃警は会社のホームページを見たが、公開されていない。そうなると、
「直接聞くか、税務署ですかね……」
鐃警の言う通り、株式会社や大企業などを除き、売上高の公開は義務ではない。ただし、税務署には提出するので、事件性が証明できれば、開示してもらえるだろうか。多分、今の段階では、開示する理由が無いため、無理じゃないかな……
To be continued…
『狭霧の鍵』は、今年の『路地裏の圏外』で書く候補でしたが、『エトワール・メディシン』だけで成り立つので、結果本編になりました。だから、ちょっと長い。今年はなにをやろうか、まだ考え中です。『路地裏の圏外』はできれば毎年やりたいので。