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第269話 市内演舞場開演の刻

 2019年8月12日午後6時、徳島県徳島市。演舞場の端から(かね)の音が鳴り始め、締太鼓や大太鼓、笛、三味線、竹太鼓、鼓が阿波踊りのメロディを(かな)で始める。

 沿道の観客は、演奏の方を眺めて足を止める。特課の佐倉巡査は、徳島駅から新町橋(しんまちばし)演舞場方面へと人混みを()き分けながら来た道を戻る。目的地は、入口が閉鎖されている新町(しんまち)地下駐車場だ。新町橋演舞場は中央の縁石を境に東と西に分かれている。地下駐車場の入口は、演舞場に挟まれた中央にある。演舞場内のアナウンスとともに、最初の連が踊り始める。座席裏のアーケードを早歩きで駆けると、点滅した信号機が見える。演舞場は交差する商店街の横断歩道まで。その横断歩道も人混みで混雑しているが、出口近くの料金所へ走り込む。

「すみません。警察です」

 悠夏(ゆうか)は警察手帳を60代くらいの男性スタッフに見せると

「えっと……なんでしょうか?」

「地下駐車場の捜査にご協力いただけますか?」

「構いませんが、車は3台くらいしかないですよ」

「ありがとうございます」

 悠夏は指差して「ここからでも?」と聞くと、男性スタッフは頷いて答えた。横断歩道まで戻れば人用の出入口はあるが、急いでいる悠夏は目の前に見える出口のスロープから地下駐車場へ。

 新町地下駐車場は130台くらいの駐車台数がある。スタッフの言うとおり、駐車場はガラガラだ。駐まっているのは3台。2人乗りのスポーツカーと軽自動車、軽トラックだった。車内を覗いてみても、人の気配はない。

 警察無線のインカムから鐃警(どらけい)の声で

「こちら紺屋町(こんやまち)地下駐車場。6台。いずれも人影なし」

 もうひとつの地下駐車場もいないようだ。無線からは徳島県警捜査本部から新しい情報として

「捜査本部より報告。佐倉 遙真(はるま)くんと遙華(はるか)さんのスマホを復旧し、遙真くんが香川で撮影した写真のうち、遅沢(おそざわ) 司展(もりのぶ)と思われる人物を発見。ガラスに反射した映り込みである。さらに、誘拐時の音声を録音していた模様。現在、声から人物の特徴について科捜研に依頼中」

 なんと遙真のスマホに誘拐犯の声が録音されていたという。悠夏は共有された動画と写真を確認する。映像は真っ暗だ。おそらくポケットに入れた状態で録音している。


 真っ黒な動画の内容は遙真の声から始まる。

「あぁ……スマホが固まった」

「また? 今日何回目?」

 遙華が呆れたように言っている。香川の旅行最中で、遙真のスマホが何度か不調だったようだ。

「カメラが起動したけど、これどうなってんだ? まぁいいや」

 カメラが起動したのは誤タップなのかもしれない。画面をタップする音や電源ボタンを軽く押す音がする。

「修理に出したら? この前落としてから調子悪いんでしょ?」

「機械的なのかソフトなのか分かんないし、アプデ来たら直るかも。それに修理より新しいスマホの方が」

「ふーん」

 遙華はもうこの話題に興味がなさそうだ。しばらく、2人は会話せずに歩いている。足音は2人分。しばらくすると、それ以外の音が聞こえ出す。そして、

「ん?!」

 藻掻こうとした遙華の声が一瞬聞こえ、すぐに声は消える。

「は」

 遙真が遙華の名を言う間は無く、服が激しく擦れる音がする。すぐに、何かがが転がり落ちた音がした。遙真が機転を利かせて転がしたワイヤレスイヤホンだろう。多分、犯人に見つからないように地面に落ちたワイヤレスイヤホンを蹴っているようだ。音だけでは判断できないが、おそらく。

「おい、乗せるぞ」

 男の声だ。

「シモジョウさん……」

 女性がそう言った。名前だ。シモジョウは遠賀(おが)電工電気商会従業員に同じ名字の人物がいた。もしやこの男は下条(しもじょう) 映彦(てるひこ)だろうか。

「もう始まったんだ。従わなければどうなるか」

「でも、この子たちは」

「もう遅い。ここにいる時点で俺らは犯罪者だ。だれもあの社長を止められなかった。ヤマミネと同じ末路を辿りたいなら、マキちゃんは加担しなければいい」

 ヤマミネは山峯(やまみね) 菜種(なたね)、マキは三井(みつい) 摩季(まき)のことだろうか。3人も名字が一致している。

「俺は指示通りに動くが、死人が出ると分かっていて見過ごすこともしたくねぇ」

「社長が何を企んでるか分かるってこと?」

「……復讐できないから八つ当たりだよ、あのおっさん。なんでもいいんだ。ほら、ラノベやアニメでよくあるだろ? 力に飲み込まれたり悪魔に取り憑かれたりして人じゃなくなる悪徳な人物。あのおっさんはもう人間じゃねぇよ。何するかなんて考えて分かりっこない」

「やっぱり警察に」

「そうだな。そうすればこんなことをする必要はない。代わりに俺らの身内や仲間はこの世からいなくなるが。なんなら俺らも無事じゃすまない」

 会話しながらも、2人は遙真と遙華を車に乗せているようで、エンジンのかかる音や車のドアが閉まるような音がする。

「結局、自分と知り合いの命を失いたくない……。利己主義(エゴ)に過ぎない」

 古いPHSの着信音が流れると、男はため息をつき

「おっさんだ。出発のタイミングでかかってくるとか、どこで見てんだか……」

 男は咳払いしたあと、弱々しい声で電話に出る。運転しているのは男では無く、女だろうか? それとも通話しながら運転している?

「はい……、なんとか2人を車に乗せました……」

 電話の相手に関する情報はない。

「スマホ? GPS? ……わかりました」

 電話が終わると、男は

「マキちゃん、2人からスマホを取り上げて壊して。おっさんからの指示」

「わかった……」

 やはり運転しているのは男だ。運転中にスマホなどを使用した際の罰則は、のちに2019年12月に改正されることになる。当時は改正前だ。普通車の場合、当時は6千円の罰金。点数は1点。ちなみに、12月以降は、1万8千円の罰金で、点数は3点となった。

 音声はそのあと服が擦れるノイズばかりで、おそらく女が回収した時点でスマホが操作されて録画が止まったようだ。

 スマホが固まったのは偶然だったが、その偶然で犯人に関する貴重な情報が残された。

 社長、つまり遠賀 里一(りいち)の指示により2人は遙真と遙華を誘拐した。率先して犯行を行ったわけではなく、人質を取られて恐喝されているようだ。たとえどんな背景があったとしても、警察に相談せず、犯罪に手を染めた時点で彼らは犯罪者だ。


 悠夏はもう一度駐車場内を一周したが、何も見当たらない。警察無線のインカムで「こちら新町地下駐車場。車3台。人影なしです」と報告。地上への階段を上ろうとすると、

(この駐車場……昔来たことがあるかも)

 幼い頃の記憶。悠夏の父親と映画を見に来たとき、この駐車場を使ったような気がする。悠夏は階段を上ることを中断し、タブレットで近くの映画館を調べてみる。しかし、ヒットしない。地図では無く検索エンジンで調べてみると、確かに昔この辺りに映画館があったようだ。閉館となった映画館がまとめられたサイトのようで、そのなかの1つが昔行った映画館だろう。映画館の名前は覚えていないが……。

(いろんなところに映画館があったんだ……)

 悠夏はハッとして、再び検索エンジンで検索する。出てきた検索結果は思っていたものとは違った。今度は地図アプリで調べてみる。しかし、これも空振りだ。ネットで検索してすぐに出ないのであれば、警察無線で音声をオンにして

「こちら特課の佐倉巡査。徳島市内の閉業した地下駐車場の情報をいただきたい。捜査本部どうぞ」

「捜査本部、了解」


To be continued…


今回直前の脱稿で毎週更新なんとか継続。

さて事件が大きく動き始めたと共に、阿波踊りが始まりました。犯人グループについて徐々に明らかになりつつも、彼らはどこにいるのか。そして何を企てているのか。

今回の動画は、遙真が意図的に撮ったわけではなく、不調のスマホが誤操作で動画撮影を始めて、それに誰も気付かなかったみたいです。スマホは買い替えるか修理した方が良いかと。

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