第267話 ステージイベントと総踊りを始める黄昏の刻
香川県警の捜査本部。1人の捜査員が報告書を持って、事件の捜査報告を行っていた。
「鑑識からの報告で、大川警部補の衣服に毛が付着していたとの情報があり、その結果がこれでした」
資料にはある男性の情報が記されている。
「代畑 春孟。……遅沢と同じマル暴所属か」
「はい。元無雁屋仁所属のようです。所属していた時期も同じ頃です」
東讃岐警察署所属の大川警部補。引田元教諭の件で、警視庁捜査一課の榊原警部と藍川巡査が訪問した際に対応した。2人が去った後、事件現場に向かった大川警部補だが、何者かに襲われて命を落とした。
遅沢 司展は、遙真たちが香川を旅行していたときにストーカーをしていた人物である。元暴力団所属であることは判明していたが、その後の捜査で、所属していたのは無雁屋仁組であることが分かった。
無雁屋仁組は、かつて瀬戸内海で活動していた暴力団であった。瀬戸内海の漁業にごく小規模エリアながら力を有し、数年前に違法賭博の現場取り押さえで解体に至った。無雁屋仁 媼廼は香川県警の取り調べや弁護士に対しても一切口を割ること無く、実刑判決が下された。遅沢と代畑は、それよりも前に組を辞めており無雁屋仁組のリストから外れていたそうだ。当時押収したもののうち、切り裂かれたリストを復元して、その中に2人の名前もあったが、あくまでも名前があっただけで関係性は不明だ。被害者のリストかもしれないし、関係者のリストかもしれない。ところが、その後から銃刀法違反で遅沢が過去に逮捕されていたことが分かり、リストは元所属者だろうという話になった。
ちなみに、銃刀法違反だった遅沢は書類送検だけだった。落とし物を拾っただけだと供述し、実弾は入っていなかった。銃から指紋が検出されず、銃は没収となったが当時それ以上の情報は出なかった。無雁屋仁組の暴力団所属だと分からなかったのだ。
「それで興味深い物が……」
もう一枚の報告書にはこう書かれたいた。”八万十ダム”という単語と数字の表。
「無雁屋仁組が、八万十ダムの計画に関わっていたみたいです」
「これはどこから?」
時は遡り、東讃岐警察署の鑑識5名が、引田の部屋を調べている。大川警部補が倒れていた場所には白いテープで形取られている。
鑑識の1人は、大川警部補が最後に触ったであろう引き出しを念入りに調べる。下から覗き込むと、引き出しの上部に糊が残っている。この情報は、榊原警部と藍川巡査にも伝わっており、香川県警も封筒が貼り付けられていたのではないかと推測していた。そして、引田元教諭の事件にて鑑識作業した際に見落としたとされるその封筒。本当にその当時からあったものなのか……。
「東讃岐警察署の捜査員が、現場周辺のコンビニで聞き込みをしたところ、引田さんがよく来ていたと話していたそうです。そこで、そのコンビニに設置された印刷機から印刷履歴を入手し、これが出てきたそうです。コピーしたらしく」
「履歴は残らないだろ?」
コンビニに設置された印刷機は、初期画面に戻った段階で自動的にデータが消えるそうだ。個人情報保護の観点からそうなっている。アプリからデータをアップロードした場合、サーバーに一定期間保持されるが、暗号化されており保護されている。データが消えているため、要求しても出てこないのが一般的だ。だが、なぜか資料が出てきた。
「どうしてですかね……。それはまた東讃岐警察署が調べるでしょう」
「そうだな」
おそらく、第三者によって不正操作されて履歴を残しているのか、店の関係者が設定を変更したのか。そもそも、履歴機能の設定を変えられるのはいかがなものか。その辺りはすでに捜査が始まっている。もしかするとすでに被疑者が浮き彫りになっているかもしれない。
コピー印刷の履歴は、2019年7月20日。引田さんがその資料をどこから入手したのかは分からない。倉知副総監ならばどう思うだろうか。いや、倉知副総監以外の捜査員も勘付くだろう。引田さんは、倉知 海翔が亡くなった責任を感じていた。妻子を亡くした父親から、責任を負えと言われると決めつけていたが、倉知は引田教諭の所為ではないと、その責任を全くの見ず知らずの外野から言われることはあっても、学校サイドも注意程度で終わった。責任を感じていた引田は、おそらく教員を退職してから事件について独自に調べていたのかもしれない。引田さんの遺品からは、そういった情報は出なかった。部屋から一切出なかったのに、偶然外部からそういった関連資料が出てきたのだ。つまり、引田さんは犯人について調べて、資料を入手した。そうなると、引田さんは本当に事故死なのか。
大川警部補を襲った犯人は、おそらく代畑と考えられる。髪の毛が衣服に付着しており、それをDNA鑑定した結果代畑だと判明した。代畑はどう知ったのか分からないが、資料を強奪した。
封筒の中身の資料と印刷履歴の資料が同一という確証はないが、同一またはそれに関連するであろう資料の可能性が高いといえるだろう。
さぬき高松まつりの会場だが、予定では17時20分から香川県出身の歌手によるスペシャルステージから始まる。しかし、振興会では所属事務所から出演見直しの話が出てその対応に追われていた。いくら警察がいるとはいえ、自社のタレントを危険に晒すことはできないという主張だ。これは当然の判断だろう。
「どうするんですか? 1社が辞退を申し入れてから、続々と他の事務所も」
高瀬はスケジュールを見ながら頭を抱えつつ、辞退を申し入れたタレントの出演項目に横線を引いていく。
「一層のこと、松山みたいに雷雨が来れば……」
すでに犯人からの要求で中止できない状況かつ、花火玉の盗難で頭を抱えていたところにこの辞退の申し入れである。現場にいるタレントは出たいと言ったとしても、所属事務所がNGを出しているのだ。振興会として出演させる訳にはいかない。
高松市内のお天気は晴れ時々曇り。雨雲は見当たらない。高瀬が悩んでいると、20代の若い女性スタッフが
「これだけタレントが出られないのなら、中止にしますか?」
「それができればいいんだけど……」
「理由があれば中止にできるんですよね? 機材トラブルってことにしませんか?」
「おぉ! その手があったか。えっと」
「岸下です」
「岸下くんのアイデアもらうよ」
高瀬は急いで関係者を集める。ステージの機材トラブルを装い、中止にもっていく。技術スタッフは、犯人に悟られないように意図的に機材の音源エラーやパソコンソフトのエラーを出してカモフラージュしますとまで提案してきた。
ステージで実施するイベントは機材トラブルにより中止。中央通りで開催する総踊りは、今のところ決行する。花火大会は言わずもがなだが、花火玉を盗まれたので中止だ。
To be continued…
4話続いた各県の状況。
DNA鑑定ですが、大川警部補が亡くなってから付着していた髪のDNA鑑定結果が出るまで早いように感じますが、実際短いです。警察の依頼でも数日かかるそうですが、今回は物語の進行上24~30時間くらいで結果が出たことになります。そんな早く出ることもあるのだろう。もしくはフィクションということで。
コンビニの印刷機の件は、別の事件になりそうですがメインにはたぶん関わってこないかなと。しかし、結末はどこかで触れたい所存。
さて、次回からは各地の捜査情報をもとに、無雁屋仁組や遠賀電工電気商会、剣山動植物園、八万十ダム、狸人などのキーワードの繋がりがどうなっていくのか……




