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第264話 撞木で鉦を鳴らす寸前の黄昏の刻

 車から降りると、目の前には眉山(びざん)が見える。標高290メートルの徳島市を代表する山である。山頂ではイベントを実施しており、山頂と(ふもと)の阿波踊り会館を結ぶロープウェイでは、最近人気のアニメキャラクターを演じる声優が音声案内でコラボしているそうだ。その阿波踊り会館を突き当たりの新町橋(しんまちばし)二丁目交差点として折れ曲がる国道438号線。新町川(しんまちがわ)に架かる橋越しに、元町(もとまち)交差点が見え、そのさらに奥には徳島駅のビルが見える。西阿波市(にしあわし)にリニアの駅ができるまでは、この徳島駅の隣にある商業施設が県内唯一のデパートだったそうだ。

「演舞場は7箇所。有料が4箇所と、無料が3箇所。今いるところに近いのは新町橋演舞場と元町演舞場、徳島駅方面に歩いて橋を渡った左手に、藍場浜(あいばはま)演舞場があります。あとは市役所本面に3箇所と、車を駐めた小学校から南に行けば紺屋町(こんやまち)演舞場があります」

 悠夏(ゆうか)は会場地図を見せながら2人にそう説明した。とはいえ、悠夏も徳島市内の阿波踊りに毎年来るわけではないので、会場マップ頼りだ。

 最も近い新町橋演舞場を歩くと、あまりにも多い人混みで歩くのが大変になる。悠夏は思わずその異常さに

「想像以上の人混みですね。正直、もっと人出が減ると思いましたけど」

「正常性バイアスってやつですかね」

 鐃警(どらけい)のいう正常性バイアスとは、”自分は大丈夫”だと思う心理である。周囲には何か起こるかもしれないと思っても、自分自身には何も起きないと考える。事態を過小評価してしまう。

 会場アナウンスでは迷子のお知らせが度々入るほか

「ご来場の皆様にお知らせいたします。誠に申し訳ございませんが、本日予定しておりました市役所前演舞場は中止とさせていただきます。徳島駅前の総合案内所にて払い戻しのご案内を行っております」

 7つの演舞場の内、市役所前演舞場は中止となった。緊急車両や職員の出入りのため、徳島市役所と徳島中央警察署、徳島市消防署周辺は、一般人の立ち入り禁止エリアを設けたそうだ。

「まずは運営の関係者と合流して」

 同一犯人ではないため、過去の事件のルールに逸脱する可能性があるものの、予定通り祭りの資材を管理する倉庫を案内してもらう。最初に倉庫を虱潰(しらみつぶ)しに探す。高知の事件では空き家だったこともあり、空振りになる可能性もある。悠夏たちは、阿波踊り実行委員の人と合流するために、徳島駅前の総合案内所方面へと人混みを()き分けながら歩く。走るのは危ない。

 着物を羽織る人がいれば、お昼のイベントのままコスプレしている人もいる。この空間にアニメキャラがいるのは不思議だ。歩道の脇には、SNSでバズった事象に関するコスプレをしている人もいる。同人誌の即売会とは違い、阿波踊り目的で訪れている人からすれば、その光景はどのように映るのだろうか。

 この大勢の中で事件について語るのはよろしくない。悠夏は自分の頭の中で、今回の事件について臆測を含め考えていた。

 犯人が遠賀(おが) 里一(りいち)さんもしくはその関係者だとしたら、遙真(はるま)遙華(はるか)を誘拐したのは、昨年の土佐島(とさじま)で起きた誘拐事件で警察が犯人を逮捕できなかったこと、遠賀 常枝(つねぐさ)くんと従兄弟(いとこ)福富(ふくとみ) 理絵(りえ)ちゃん、遠賀 好恵(よしえ)さんの3人が生きて返ってこなかったことに対する複雑な心情の矛先が警察に向かい、特課(とっか)である私の家族に手をかけた。それならば、狸人(たぬきびと)が被害に遭う理由はない。

 犯人は四国内で狸火(たぬきび)を発生させ、四国の玄関口を封鎖した。それにより各地で混乱が発生した。さらに犯人は祭りの開催を行えと指示している。中止ではなく、開催しろと。

 四国の事件の発生を何らかの形で知った連続犯は、誘拐事件が発生するよりも前に行動し、(くれない)警視長のお母様である湖舞(こま)さんを誘拐した。警視長に誘拐のことと、四国で事件が発生することを情報として流した。警視長はそれを犯行予告として受けとったのか、事件の告発として受けとったのかは、この時点でなんとも言えないので一旦そこは……。

 秋田の事件で、湖舞さんの他に狸人の高六科(たかむじな) 臣音(おみと)さんも誘拐されていた。もしかして、連続犯は狸人にも四国の事件について情報を流していた可能性は? 連続犯は秋田で2つの事件を同時に起こした? 理由は自分の発言に耳を傾けさせるため。いや、考えすぎだろうか。もしも警察に通報しても、連続犯という情報が付加されていなければ、その通報は虚偽ないしは悪戯として取り扱われることさえないだろう。

 仮にそうだとしたら、連続犯はなぜ警察と狸人に情報を流したのか。自分の犯行だと思わせるため? 愉快犯だと思い、警察に潰してもらおうと思った? 連続犯は頻りに”絶望”といった単語を使う。情報を先に流した方が、警察と四国の事件の犯人でバチバチに戦って、双方に”絶望”というシーンを増やすため? 連続犯にとっては、もはやゲームのようにしか思っていないのかもしれない。

 悠夏は深呼吸して考え直す。新町川の橋を渡りきり、左手には有料の藍場浜演舞場が見えている。有料席には空席が目立つ。四国の出入口である交通網が寸断されたことや、会場に行くのは危ないと判断した人々が、事前に購入した有料席での観覧を諦めざるを得なくなったと判断したのだろう。有料観覧はどの演舞場も完売して満席だったはずだ。もしくは、一般販売では無く関係会社の従業員家族向けの販売で余っていて……、そんな悲しい想像はやめておこう。少なくとも今考えることではない。関係者家族への販売はどんなイベントでもあったりなかったりするだろう。関係者が開催しておいて、全く見えないというのは悲しいだろうし。

 次の瞬間、演舞場の空席を見ていた結果だろうか、嫌な予感がした。杞憂であってほしいが

倉知(くらち)さん、一応演舞場の座席下とかを」

「分かった」

 小声で短く会話した。悠夏の考えを即座に理解した倉知副総監は「少し電話する」と言って、人混みから離れて新町川沿いに歩く。交差点左手の藍場浜公園は演舞場があり人が多い。右手の新町川公園は屋台が並び、行列は屋台の前くらいだ。人気の屋台でも10人も並んでいるかどうか。

 倉知副総監は人の少ないところで捜査本部へ連絡し、演舞場の座席下の捜査依頼を出した。空振りならば良い。街中の演舞場を爆破させるような犯人たちかどうかなど、我々には分からない。疑いは全て捜査するしかない。

 倉知副総監が戻ってくると

「すでに捜査済みとのことだ。不審な点は何も無かった」

「そうですか」

 少し安堵した。話を聞くと、1時間おきに確認しているそうだ。犯人があとから設置したとしても見つかる。

「それと最新の情報だが、両国(りょうごく)通りの提灯(ちょうちん)から少量の火薬が発見されたそうだ」

「だから提灯が光っていないんですね」

 周りを見ると屋台や街灯の光が灯っている。しかし、提灯はいずれも消えている。提灯は街灯や電柱に設置された分電盤から給電するが、提灯の点灯前に徳島県警から待ったがかかり、緊急点検した結果、一部の提灯から火薬が検出された。そのため、分電盤のブレーカーを落とし、コンセントを抜いているそうだ。

「火薬の出所は鑑識と科捜研の報告待ちになるだろう」

 倉知副総監は事実のみ述べたが、さぬき高松まつりで紛失した花火から抜き取られた火薬の可能性があると考えていいだろう。火薬の混入が見つかったのは、両国通りの提灯3つ。他の場所やそれ以外の提灯から出てくるかどうか。当然ながら、高松と松山、高知のそれぞれの祭りでも提灯の点灯は中止して、緊急点検を行っている。今夜は提灯に光が灯らないかもしれない。


To be continued…


撞木(しゅもく)(かね)を鳴らすバチで、鉦は阿波踊りでリズムを先導する役割があるそうです。それが鳴る寸前というわけで、祭りが間もなく始まろうかとしています。

特課は徳島市を中心に捜索を開始。遙真と遙華の監禁場所として考えられそうな場所を片っ端から。

悠夏が今回の事件を考えるために、これまでのあれこれを臆測ありで整理してみました。

次回は、高知県警サイドの話になる予定です。

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