第263話 新たな捜査方針
捜査会議にて、宮森警部が捜査結果の報告を行っている。
「被疑者は”すずなでんき”という架空の会社名を掲げ、佐倉巡査の家族に接触していた模様です。故障したエアコンは被疑者が回収しており、故障原因は不明です。佐倉巡査からの情報によると、エアコンの右側から火災とのことで、偶然なのか何か仕掛けがあったのかかは分かりません。また、交換したエアコンについて、詳しい結果は科捜研の結果待ちになりますが、盗聴器が発見されました」
「宮森警部からの報告の通り、佐倉弟妹の誘拐は周到に準備された計画的な犯行であったと考えられる。インターホンの記録が消されていたが、修復が完了したそうだな?」
スクリーンやモニタにインターホンの動画と運転免許証の顔写真が表示され、
「はい。被疑者は高知県在住の八井田 諸誓、47歳男性。2年前に勤めていた電気工事会社が倒産しています。さらに、インターホンには45歳の女性、安瀨地 恋那も映り込んでいました。安瀨地も同じ電気工事会社に勤務していました」
「2人が佐倉弟妹を誘拐したかどうかは?」
「沢田班に情報を渡していますが、運転手などの映像がないため、そこまでは分かっていません」
「沢田班、報告は?!」
沢田巡査長が立ち上がり、映像の捜査状況を報告する。
「犯人グループの乗車した車を追っていますが、途中で乗り換えている可能性が出てきました。その乗り換えが考えられるエリアですが、三好市池田町の」
住所を報告する最中、沢田巡査長の携帯電話が震える。沢田巡査長は「失礼」と断って、携帯電話の通知を確認する。
「現場から連絡です。排水溝から壊れたスマホが2つ見つかったそうです」
*
新町小学校の臨時駐車場に車を駐めて早々、悠夏のもとに電話がかかってきた。車から降りずに後部座席で電話を取る。
電話の用件は、同時刻に捜査本部でも報告されているスマホについて。
「犯人グループは、住宅街から出たワゴン車から別の車に乗り換えた可能性から、乗り換えたと考えられる場所を捜索していたところ、排水溝から壊れたスマホが2台発見されました」
1台のスマホは黒いケースでガラスフィルムを貫通するように鋭利なもので壊されている。もう1台のスマホは薄い赤色のケースでケース裏にはシールが貼られている。同級生4人で撮ったプリクラである。かなり加工しているが、捜査員は遙華ではないかと考え、悠夏に確認の依頼がきたのだ。こちらも保護フィルムを貫通するように鋭利なもので壊されていた。
6枚の写真が悠夏のもとに送られると
「2人のスマホで間違いないです」
黒いケースは遙真のスマホ。薄い赤色のケースは遙華のスマホだ。
「ご確認ありがとうございます。故障したスマホは科捜研に回します」
故障して電源が入らない状態かつ基板ごと壊されているが、どのくらい復旧できるのだろうか。
電話を切ると、悠夏は一呼吸する。少しずつ遙真と遙華の手がかりが掴めている。犯人の足取りが隣町まで追えている。
「排水溝に破棄か、杜撰だな」
倉知副総監がそう呟いた。車のエンジンを切り、車外に出る支度を始める。
「ワイヤレスイヤホンは遙真くんの機転でしたけど、スマホの破棄は犯人グループが行ったこと。持ち帰って処分せず、途中で捨てるのは浅はか……」
鐃警も犯人がスマホを捨てたことに引っ掛かるようだ。
「壊したから大丈夫だと思った? 捨てるなら川とか山の中とか見つかりにくいところではなく、もしかしたら発見されそうな排水溝……」
2人が考えていると、悠夏は
「意図していない捨て方になった可能性は?」
思いつくのは、犯人グループが揉めてスマホを落とした可能性。人の手で壊されていることから、遙真が意図して落とした可能性は低いだろう。もしくは発見されても問題ないと軽く考えている?
「初犯、犯罪はあまりしたことのない人物か。将又、軽視した素人か」
倉知副総監の考えには、悠夏も感じている。だからこそ
「……嫌な感じがします。そうあってほしくないと思いたいですが」
「そうあってほしくないか。私情は捜査を惑わせるぞ」
倉知副総監に注意されるが、今更かもしれない。特課の捜査方針は他の捜査と異なる。私情を挟んだこともある。いや、数分前までの悠夏がそうだったのかもしれない。自分の家族を誘拐した犯人は、倉知副総監の家族を誘拐した犯人と同じだと考えていた。倉知副総監の態度が途中から変わったのは、そこに気付いたのかもしれないと今になって思う。
「いえ、だからこそ……。それを否定する判断材料が出てくれば」
嫌な予感は当たるものだ。この事件の犯人像が見えてきた。捜査本部からの追加情報が悠夏のタブレットに届く。
「倒産した電気工事会社は、高知県の遠賀電工電気商会。当時の社長は遠賀 里一さん。土佐島の誘拐事件被害者家族です」
捜査本部は遠賀 里一さんが本件に関わっている可能性を考え、重要参考人として手配。情報がここまで出てくると、捜査本部の方針は決まった。
「捜査本部の捜査方針ですが、誘拐被害者またはその関係者による犯行……とのことです」
「まだ決まった訳ではないが、状況から見てそうなるだろうな」
そう簡単に言うが、このときの倉知副総監の心情はどうだろうか。自分も被害者家族であり、捜査により犯人を捕まえられなかった。もし捕まえることができれば、その後の事件が新しく起きなかっただろう。それに、自分の妻子も生きて帰ってきたかもしれない。倉知副総監にとって、それは”たられば”の話だと痛感している。犯人の輪郭も尻尾も掴めなかった。
「仮に被害者が加害者になったとして、どうして私の家族を……」
「……犯人を逮捕できずにいる警察への当て付けと考えるのが自然か。失った命は返ってこない。犯人が全く分からないまま時が過ぎ、ぽっかりと空いた穴を埋めることが……、いやこの話はやめよう。私情を挟むなと言った自分が言うことではないな」
私情。犯人の動機について考えることも捜査の1つだが、今の状況では臆測でどうこう言えてしまう。確実な証拠がもっと揃ってから考えるとして、この後犯人はなにを仕掛けようとしているのか。
悠夏はタブレットを操作し、過去のニュースアーカイブから遠賀電工電気商会について検索する。倒産の情報や地域の町おこしに参画していたなど、様々な記事が出てくる。その中で気になった記事は……
「地域の中小企業がダム建設に挑む……。四万十川の支流、八万十川のダム建設に中小企業が協力して、小規模のダム建設を計画。仮称八万十ダム……」
今度は仮称の八万十ダムで検索する。すると、計画中止や関係会社の倒産相次ぐといった暗いニュースがヒットする。さらには
「調査作業を終え、建設着手直後に川が涸れた……? 警部、これを」
悠夏が当時の記事を鐃警に見せると
「何か直接かかわるような話でも……?」
記事を一通り読んで気付いた。それは記事の一番後に記載された記者の名前。
「記者、虎和希 剛美」
「彼女に聞かないといけないことが1つ増えましたよ」
To be continued…
22時更新5分前脱稿。今週はぎりぎりで更新となりました。一回途切れたらまた途切れ途切れになりそうだなと思いつつ……。
さて、長かったあやふやな犯人像がここに来て一気に分かってきました。ただし、まだ確定ではないです。この後の捜査で犯人にいかに近づけられるか。狸人や倒産した会社、共犯者との関係性、犯人の所在などまだまだ明らかになっていないことだらけ。しかし、四国各地の祭りがそろそろ始まりそうです……。犯人の次の行動とは?




