第262話 事件の捉え方と考え方
特課は倉知副総監の運転で、県道136号宮倉徳島線を北上し、駐車場として開放されている新町小学校を目指している。悠夏と鐃警は後部座席で次々と展開される捜査資料から事件を整理し、推理していた。しかし、首魁のところにまで達しないどころか糸口が見当たらない。
倉知副総監はバックミラー越しに2人の様子を確認する。
信号待ちと渋滞で車も進みにくい状況だ。少し肩を回すなどの体を動かしながら
「突拍子もない推理は出てこなさそうか?」
「『狭霧の鍵』みたいな話は出てこなさそうですね」
鐃警の言う『狭霧の鍵』とは、悠夏が今回の事件と関連があるかもしれないと言い出した件だ。結局、誰もが期待薄で調べたら、まさかのビンゴだった。
「倉知副総監はどう考えていますか?」
「そうだな……」
自分の考えを述べると、2人の推理が大きく引っ張られて別の視点からの紐解きができなくなると思い、特に否定も肯定もしなかった。聞かれた上には答える。ただ結論から述べるわけではなく
「秋田の事件、解決したと思うか?」
「湖舞さんを救出し、犯人も逮捕されたので一段落したかと……」
「一段落はしただろうが、過去の事件の法則性に則ると……」
「2度目の誘拐がまだない……?」
「先に救出をできたとは言え、まだ安心はできないだろう。それは参事官も同じ考えだろう。紅警視長を警視庁の会議室に留めているのがそういう理由だ。本人は秋田に向かいたいだろうが……」
倉知副総監の考えでは、秋田の事件は中断状態ということだ。1度目の誘拐をすでに解決したが、2度目の誘拐として紅警視長が狙われていると。
「そうなると、四国の事件と秋田の事件を同時並行……。それともそれぞれ別?」
「捜査本部の捜査方針は確認しているか?」
「はい。犯人を四国から出さないこと。さらなる被害増加を抑止する。被害者救出に尽力」
「捜査会議だと、秋田の事件は付随情報に過ぎない。誘拐犯が四国での事件を仄めかしたという情報から、同一犯の可能性は捨てきれないが」
「倉知副総監は、それぞれ別の犯人が手引きしたと?」
「正直に言えば、分からない。警視庁捜査一課の考えは、秋田の事件と四国の事件は多少の関連はあれども別と考えている。県警の考えは、各地の個別対応と四国での関連対応で手が回っていない。秋田の事件まで考える余裕はないと。特課としては、その両方とは違う考えで動くこうが捜査方針に則ろうが、事件の手がかりが増えればいい」
特課は自由に捜査する。各部署に協力を仰ぎ、捜査本部とは別の視点で。倉知副総監と悠夏の会話が続き、しばらく黙っていた鐃警は、バックミラー越しに倉知副総監の目を見てあることを聞く。
「倉知さんは、考えていないんですか?」
「……何をだ?」
「酷なことを言いますけど、紅警視長から情報を得て早々に四国入りしたのは、事件を防ぐため? 犯人を逮捕するため? それとも、復讐するためですか?」
倉知副総監の心情は気になるが、そう簡単に聞けない。悠夏も被害者の1人で、家族が危機が迫っている。とはいえ、そんなストレートに聞くのか?
「仮に復讐するためと答えたらどうするつもりだ?」
「そうですね……、僕が先に犯人を捕まえますよ」
「で、それを聞いてどうするんだ?」
「倉知さん、何か隠していたりしないですよね?」
「隠し事?」
「無さそうですね」
鐃警は自己解決して、それ以上は聞かなかった。
「さて、佐倉巡査。これからどうしますか?」
車はもうすぐ新町小学校に到着する。鐃警に特課の方針を振られるが、結局暗中模索になりそうだ。それならば、
「空振ってもいいですか?」
そう前置きして、これまでとは違う切り口を考えた。
「これまでの事件被害者、全員を洗いたいです」
「加害者ではなく、被害者?」
「たまに警部が口にしていた”被疑者が被害者”。そうなる条件として有力なのは……、事件被害者が被疑者を狙った」
鐃警の倉知副総監に言った突拍子もない”復讐”というワードに引っ張られた感は否めないが、ここまで1つの事件としてまとまらないのなら……
「警部もそう思って、倉知副総監に聞いたんですよね?」
「なるほど。自分も被疑者の1人になるわけか」
その場合、何に対する復讐になるのだろうか。悠夏の家族を誘拐してまで為し得ようとしたこととは?
「いえ、倉知さんが主犯なら色々と考えが楽になって腑に落ちるかなと」
「……警部、恐ろしいことを平然と言いましたけど」
「過去に妻子を誘拐された副総監は、何のためにこんな事件を起こすと?」
「腹癒せですか?」
「よく本人の前で言えますね……」
悠夏は鐃警の思考が読めない。自分の上司を犯人扱いしているのだ。名誉毀損で訴えられたり降格の処分を受けたりしても文句は言えまい。
「大丈夫ですよ、倉知さんはそんなことで怒らないですから」
その自信満々な態度はどこから来るのだろうか。頭のネジが緩まっているのならば、ガチガチに締めてやるべきか。一応、鐃警は悠夏より上の階級なので、そんなことは口に出せない。
「それで、早々に四国に来た理由だったな」
この流れで説明するのか。倉知副総監は鐃警の発言を見逃しているが、叱らないのだろうか。
「海翔の担任だった引田先生が亡くなったと聞いて、葬儀に参列しようとした。引田先生は、何も悪くないのだが、親戚からは謝罪を受け、丁重に参列を断られた。少人数の家族葬儀だからと。とんぼ返りしても良かったが、四国に来たからにはと、奏空のご家族の墓参りに寄った」
奏空の母親は香川県出身で、香川県と徳島県の県境近くに位置する霊園で墓参りをしたそうだ。
「そして、備讃島の件で連絡が来た」
上司に判断を仰ぐため、悠夏が電話したタイミングである。
(備讃島……。確か、事の発端は新種のオリーブが盗難に遭ったって話を警部から聞いて……)
備讃島という単語を聞いて、数日前のことを思い出した。鐃警から備讃島の話を聞いたとき……
「あっ!」
「どうしました?」
鐃警は、急に声を上げた悠夏に少し驚いたようだった。
「避難訓練の日、遙真の部屋のクーラーが壊れて、備讃島の事件の日に電気屋に依頼して修理交換をしたんですが……」
「その電気屋、どこのですか?」
「平仮名で”すずなでんき”。この時期、どこの電気屋もクーラーの修理に数日待ちの中、そこは翌日対応できるって言われたらしく……」
悠夏はタブレットで電気屋の名前を検索する。しかし、平仮名で完全一致するホームページは見当たらない。
「母の話だと、チラシを見て電話したとか……」
携帯電話の通信履歴は誘拐事件のときに入手済みだ。捜査資料から履歴を辿り、その電話番号を照会する。会社の名前など出てこない。
「飛ばし携帯かも……」
To be continued…
特課の長い推理が新町小学校への到着と共に、一区切りを迎えそうです。
避難訓練は第201話です。そこからクーラー故障と備讃島の話へ。
さて、鐃警が冗談なのか本気なのか天然なのか分かりませんが、自分の上司を犯人と仮定するどころか、本人の前でそれを言うのか。
次回以降、クーラー修理の件からどんな情報を得られるのか。阿波踊りの開演までもう少し……




