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第259話 剣山動植物園

 1980年代。徳島県那賀郡(なかぐん)那賀村(なかそん)の山奥に位置する剣山(つるぎさん)動植物園。朝9時前。園長の目駒(めこま) 新亥(あらい)は開園の準備をしていた。御年70になる目駒は日課の掃除を始めると、竹箒が破損していることに気付く。

「おやおや、困ったもんだ」

「おはようございます」

 飼育員の蜂六科(はちむじな) 沢井(さわい)がクーラーボックスを持って出勤してきた。クーラーボックスの中には、動物たちの食事が入っている。

「おはよう、沢井くん。すまないが、竹箒が壊れてしまってね」

「おっと、代わりがあったかなあ。ちょっと奥の倉庫を見てきますね」

「悪いね」

「いえいえ」

 蜂六科はクーラーボックスを冷蔵庫の前に置いて、倉庫へ。この動植物園は、個人経営というかボランティアに近しく、目駒さんが自分の土地を開拓して開園した。入園料は設定されていない。この辺りはみな自給自足で生活しており、週1回やってくる移動スーパーで必要な物を買っているそうだ。とはいえ、どの家にも2台以上車を持っており、街まで出ることもある。

 もともとは目駒さんの亡き妻が集めていた植物で、春夏秋冬それぞれ違った植物が花咲くそうだ。低木やサボテン、パンジーやチューリップなどなど。

 動物は狸のみ。12頭おり、もうすぐ赤ちゃんが生まれる予定だ。ただ、普通の狸ではない。彼らは上手く化けることができない狸人たちである。蜂六科は1年前に人に変化することに成功し、以降は目駒の仕事を手伝っている。

「倉庫を探したんですけど、代わりになりそうなのはないですね……。今度買ってきますよ」

左奈田(さなだ)さんに相談すれば、修理してくれるだろう。あの人は道具や工作が上手いからな」

 ご近所……といっても2キロくらい離れた家に住んでいる左奈田という67歳のおばあさんだ。狸人ではないが、目駒の正体を知っている数少ない人で持ちつ持たれつの関係らしい。


 1990年代。約10年経過し、動植物園のフェンスには猪に突撃された痕がいくつか残っている。狸人は増え、変化して幼稚園児くらいの子ども達が園内で遊んでいる。園長は日課の掃除を始め、蜂六科が狸に朝食を与えている。

「おなかすいたー」

 園児の1人が蜂六科のもとへやってきた。

「朝食はさっき食べたでしょ?」

 園児に変化できる子達には、人間と同じ朝食を準備している。人間と同じ生活が出来るように、箸やスプーンなどを使えるようにトレーニングをしているのだ。

 お客など滅多に来ない動植物園。ホームページや電話番号などもなければ、口コミぐらいしかない。砂利道をタイヤが走る音がして、蜂六科は目駒の方を見る。目駒は掃除の手を止めて迎える支度をしている。軽自動車が1台動植物園の前で止まると

「目駒さん、お久しぶりです」

「おや、剛美(こわみ)ちゃんかい。大きくなったね」

 尋ねてきたのは虎和希(とらわき) 剛美。狸人の女性である。

「車、どこに駐めていい?」

「どこでもええよ」

「いや、生活道路に駐めちゃだめでしょ」

「そこの庭に駐めなさい」

「ありがとう」

 虎和希は軽自動車を目駒の所有する庭に駐めて、後部座席から一眼レフカメラを取り出す。

「立派なカメラやな」

「仕事でカメラマンをやってまして」

「そうかい」

 目駒は頷いてそれ以上は聞かずに日課の掃除に戻る。蜂六科と虎和希は初対面のため、簡単に挨拶をすませて、蜂六科は朝食の準備に戻る。狸たちが列を成して待っている。

「目駒さん、ここの写真を撮ってもいい?」

「いいよ」

 目駒は特に聞くこともなく了承した。虎和希は植物の写真や園内の様子を撮影する。

「あれ? みんな尻尾が生えてるけど」

「変化が完璧ではないからの。沢井くんは街に出るとき、服の中に隠しているそうじゃし」

「それ不審がられて見つからないの……?」

 虎和希に心配される蜂六科だが

「バレてないから大丈夫」

「……バレたら終わりだよ」

「大丈夫」

 蜂六科の大丈夫じゃなさそうな大丈夫を聞いて、虎和希は何を言っても無駄だと直感した。それでも危ない橋を渡っていることは注意すべきであり、

「ここの同胞として、先輩としての忠告。何かで目をつけられたら、みんなに迷惑がかかるからね。この辺りはいい人ばかりかもしれないけど、悪い人もいるんだから。それに狸人同士なら変化の瞬間を見てもなにもないけど、人間に見られたら大変なんだからね」

「はい、わかりました」

 なぜか敬礼のポーズを取る蜂六科を見て、虎和希が落胆したのは言うまでも無い。いつかやらかしそうで少し怖い。


    *


 瀧元(たきもと)巡査長から届いた情報を悠夏(ゆうか)が読み上げると

「結局、剣山動植物園に関する情報は見つからなかった。3人に関しては、次の通り。園長の目駒 新亥さんは1997年3月に亡くなっており、目駒さんが所有していた土地は相続人がいないため国庫に帰還。動植物園の土地も含まれているそうです。ちなみに那賀村は平成の大合併で、今は那賀町になってますね。次に、飼育員だった蜂六科 沢井さん。1996年に事故死。当時の捜査資料によると、住宅火災に巻き込まれたそうです……」

 火災というのが気になるけれども、資料を読み進める。

「虎和希 剛美さん。1994年4月に阿波新聞に入社するも、97年に退職。2004年に上京し、神奈川県横浜市の賃貸物件を5年。その後、住まいを都内に移し、フリーの記者として働いているそうです。人員次第ですが、直接話を聞けるかもしれないとのことです」

「聞くべきでしょう。佐倉巡査もそう思いますよね?」

「警視庁で今手が空いているのが、千石(せんごく)警部とのことですが」

「……人選としてはあまり良くないですけど、致し方ないかと」

 千石警部は勘で動く人だ。特課と関わったのは、千帝(せんみかど)小学校の事件が最初で最後だろうか。もともと公安にいた人で、4月に捜査一課へ戻ってきた。事件の指示をするのは適しているが、聴取はあまり期待できない気がする。他にいない以上、千石警部に頼むしかあるまい。

「必要なら、名前を貸すぞ。紅警視長の名前も出していいだろう。成果を上げる人だとは思うが」

 倉知副総監にそこまで言われたので、瀧元巡査長に倉知副総監や紅警視長の名前を出してもいいと了承を得ていますので、聴取をお願いしますと返信した。

「それで蜂六科さんの死因に関して、気になりますよね?」

 鐃警(どらけい)に言われなくとも、火災という単語が気になった。

「狸火ですかね? 今となっては調べようがないですが……」

「住宅火災に巻き込まれたと書かれていたのであれば、その住宅は誰の所有物件なのか、他に被害者がいなかったとか。調べることは多いですよ。といっても、依頼せずとも瀧元さんがすでに着手してそうですが」

「念のため確認します」

 悠夏は、続けて火災に関する確認も依頼をする。

「目駒さんが亡くなったとしたら、そこにいた狸たちはどこへ行ったんでしょうね?」

「そうですね」

 剣山動植物園についてはこれ以上調べられそうにないため、虎和希さんからその辺りの事情も聞ければいいのだが……


To be continued…


年明け早々、第258話から第260話までの3話が脱稿。2025年は幸先の良いようです。

千石警部は第82話あたりに出てきた人ですね。作中は6月だったので2ヶ月前の事件で関わった警部ということになります。ちなみに投稿に関して言えば2020年なので4~5年前ですね……

特課の推理パートは次回に続く。当たっているのか外れているのか……

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