第256話 県道からの逃亡
秋田県北出羽町。踏切がカンカンと鳴り始め、遮断機が下がっていく。秋田新幹線が走る路線は、ゲートのように高さ制限の表示が備わっており、進行方向に対して遮断機が2段になっている。パトカーの助手席に座る大張野警部補は腕を組んで正面を見ている。ハンドルを握る相野々巡査長はチラリと大張野警部補を見るが、どこを見ているのか分からない。会話の無い空間で、踏切の警報音だけが聞こえ、無線も静かだ。
何か喋ろうかと、捜査について話していたが大張野警部補は短い相槌だけで話は膨らまない。
しばらくして、右から秋田新幹線が踏切を通過する。
「高六科さんが脱出する際、湖舞さんに化けた理由ってなんですかね?」
当初、警察は紅 湖舞さんを無事に救出したと思っていた。しかし、湖舞さんの姿で助けを求めてきた。秋田県警は状況が分からず、紅警視長に電話で連絡を取った。姿はメールに写真を添付し、紅警視長は電話越しで湖舞さんと思われる人物の声を聞く。
ところで、2019年当時、Web会議やカメラ通話などはそれほど使われていなかった。リモート会議は、2020年のコロナ禍以降、在宅ワークとともに一気に普及した。捜査会議や聞き込みなどで、リモート会議やカメラ通話が出てこないのはそのためだ。
紅警視長は湖舞さんの姿をした高六科さんから、2人で協力して逃げてきた旨を伝えた。しかしながら、湖舞さんは脱出できずに、再び犯人に捕まったそうだ。
「化けた理由? 早く発見されるために取った行動かもな」
相槌だけだった大張野警部補が喋り、相野々巡査長は驚き目をパチパチとした。
踏切の警報音は鳴り続け、先刻通過した新幹線とは逆の方向からも電車がくるようだ。
「高六科さんは、湖舞さんを助けるために一刻も早く警察に発見される必要がある。高六科さん本人の姿よりも、捜索対象になっているであろう湖舞さんの姿に化けた方が、警察がすぐに見つけてくれると踏んだのだろう」
「なるほど。確かに合理的ですね。まさか警視長のご家族だったとは、露知らずかもしれませんが」
「いや、相野々。湖舞さんから”自分の息子が警察だ”と聞いていれば、さらに化ける理由になる。そのあたりは、聴取で話していると思うが」
先程とは反対側から、田沢湖線の電車が2両編成で踏切を通過する。この区間は、新幹線と通勤電車が同じ単線を走る。
無線からプツッというノイズ音がして
「こちら秋田県警本部より各局。県道101号線の高校南交差点を白いワンボックスカーが信号無視し逃走中。誘拐犯と被害者が乗車とみられる」
踏切の警報音が止まり、遮断機が上がる。
「近いな」
大張野警部補は無線を取り
「こちら機捜02。出羽川西詰第三踏切前より向かいます」
「こちら本部。機捜02、了解」
パトカーのサイレンを鳴らし、踏切を渡ると県道101号線との丁字路だ。
「緊急車両、右折します!」
車通りの少ない点滅信号を右折し、急行する。
*
秋田県警のパトカーで聴取を受ける高六科は、誰も見ていない状況で変化し、高六科の姿で応じていた。特課から変化の条件と高六科本人から聞いたことで、誰も見ていないところで変化し、声や姿が変わっている。
「白いワンボックスカーでナンバーは……」
自分が犯人と乗ってきた車の情報を捜査員に伝え、それが先程の無線に繋がる。自転車でパトロールしていた警察官が、無理な追い越しをしようとする車を発見し、ナンバープレートが一致することに気付いた。すぐに本部に連絡すると、赤信号で交差点を突っ切ったそうだ。
*
「チッ。また増えやがったか」
伊島 陞は、白いワンボックスカーのハンドルを握り、車を縫うように危険な運転を行う。バックミラーを見ると、パトカーの赤いサイレンが3台見える。
「おい、甲森っていったか? このままじゃ逃げ切れない。ナイフ準備しろ」
助手席で座る甲森 英丈は、伊島の乱暴な運転に耐えられず、アシストグリップと呼ばれるつり革を左手で持ち、右手は中央の膝掛けをガッツリ掴み、踏ん張っている。少し小太りな甲森は、発進前にシートベルトを締める時間がなかったとは言え、シートベルト未着用の状態でこの乱暴な運転に付き合うことを後悔していた。
「おい! 準備できたか?!」
伊島が高圧的な態度で聞いてくるが、甲森はシートにしがみつくので必死だ。
「こんな運転で準備なんてできるか!」
「最後まで使えない奴だな」
前方の踏切の警報音が鳴り始め、伊島は舌打ちをしてアクセルを深く踏み込む。遮断棒が下がる中、速度を上げる白いワンボックスカーは遮断棒を破壊し、遮断棒は線路内に飛んで行く。
相野々巡査長は、踏切で急停車すると、大張野警部補が踏切の非常ボタンを素早く押し込む。すぐに特殊発光信号灯が点滅し、電車の運転手に対し踏切支障を示す。
同時に、相野々巡査長が無線で状況を報告する。
「こちら機捜02。犯人は踏切の遮断機を破壊し、なおも逃走」
伊島は踏切でパトカーを撒くことに成功したが、前方から別のパトカーが迫ってくるのが見える。
「こういうのは深追いしないもんだろ?」
二次災害になる可能性を考え、追跡を中断することはあるが、人質が乗っており、見失うわけにはいかない。ここで雲隠れされると、追跡が困難になる。
伊島は急ハンドルを切って、舗装されていない私道へ。その先は……
「やめろ! 川だぞ!」
甲森は必死にしがみ付き、目を瞑る。ワンボックスカーはフェンスを破り、宙を舞い川へ。バウンドして浅い川を走行。浅いと言っても、タイヤの3分の1が川の中だ。ドアの隙間から、浸水し甲森は足を上げる。
「無理だ無理だ無理だ」
「うるせぇ!」
川を遡上するワンボックスカー。川沿いの県道をパトカーがサイレンを鳴らして追跡する。
しばらく走ると、釣りスポットがあり、川岸の両サイドで釣り人が釣り糸を垂らしている。すると、狙いの鮎ではなく、車が遡上してきたではないか。
「おじいちゃん。あれなに?」
釣りに来ていた子どもが祖父に聞くと、
「危険な外来種じゃな」
さらに「まるでブラックバスのようだ」と呟くが、
「おじいちゃん、あれバスじゃなくて、ワゴン車だよ」
と、魚ではなく乗り物違いで喋る平和な一面が垣間見える。しかし、実際は複数台のパトカーのサイレンが鳴り響き、波風を立てる車の乱入。穏やかではない。
「あの先は川底が深いというのに……」
おじいちゃんはなおも釣りを続ける。当然ながら、釣り人全員がそんな暢気なわけじゃない。危険な乱入で、釣りに水を差されたと感じた釣り人は中断して、去る車の方を見る。
その車は、次第に川の中へと進んでいく。水深が深くなり、タイヤが水に隠れたかと思えば、ものの十数秒で車の半分まで隠れる。
同時にエンジンが止まったようだ。
消防車と救急車の音が遠くから聞こえてくる。
犯人グループの無謀な逃走劇は、川の流れによって堰き止められたのだった。
To be continued…
作中は2019年ということで、もう5年前なんですね。
遡上する鮎ではなく外来のワゴン車が遡上して釣りを妨害したようです。危ないけど逃げないのかね。
秋田の事件はこれで一区切りになるのでしょうか。あとは湖舞さんの無事が確認できれば。
さて2024年も残すところあとわずかです。今年最後の更新はメインのメンバーが出ていない回になりましたが、今年もう一回くらい更新できればいいなと思いつつも、断言はできず。
昨年といい今年も更新頻度は停滞気味でしたが、ここ最近は毎週更新できているので、このまま来年も続けていきたいな。来年もよろしくお願いします。
ちなみに今回は更新7分前に脱稿です。




